万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1807)―愛媛県西予市 三滝公園万葉の道(19)―万葉集 巻九 一六九四

●歌は、「栲領布の鷺坂山の白つつじ我れににほはに妹に示さむ」である。

愛媛県西予市 三滝公園万葉の道(19)万葉歌碑(柿本人麻呂歌集)

●歌碑は、愛媛県西予市 三滝公園万葉の道(19)にある。

 

●歌をみていこう。

 

 題詞は、「鷺坂作歌一首」<鷺坂にして作る歌一首>である。

 

◆細比礼乃 鷺坂山 白管自 吾尓尼保波尼 妹尓示

      (柿本人麻呂歌集 巻九 一六九四)

 

≪書き下し≫栲領布(たくひれ)の鷺坂山の白(しら)つつじ我(わ)れににほはに妹(いも)に示(しめ)さむ

 

(訳)栲領布(たくひれ)のように白い鳥、鷺の名の鷺坂山の白つつじの花よ、お前の汚れのない色を私に染め付けておくれ。帰ってあの子の見せてやろう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)たくひれ【栲領巾】〘名〙 :楮(こうぞ)などの繊維で織った栲布(たくぬの)で作った領巾(ひれ)。女子の肩にかける飾り布。

(注)たくひれの【栲領巾の】( 枕詞 ):① 栲領巾をかけることから、「かけ」にかかる。② 栲領巾の白いことから、「白」または地名「鷺坂さぎさか山」にかかる。(コトバンク 三省堂大辞林 第三版)

(注)領布(ひれ): 古代の服飾具の一。女性が首から肩にかけ、左右に垂らして飾りとした布帛(ふはく)。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

(注)にほふ【匂ふ】他動詞:染める。色づける。(学研)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その219)」で紹介している。

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 「鷺坂にして作る歌一首」という題詞の歌は、一六八七、一七〇七歌にもある。この両歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その195改)」で紹介している。

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 東京都文京区にも「鷺坂」があり、一七〇七歌の歌碑がある。「鷺坂」の説明案内板によると、「この坂の高台は、徳川幕府の老中職をつとめた、旧関宿藩主の久世大和守(くぜやまとのかみ)の下屋敷があり、地元の人たちは、『久世山』と呼んでいた。この久世山も大正以降住宅地となり、ここに住んでいた堀口大学三好達治佐藤春夫らが山城国の久世の『鷺坂』と結びつけて称していたところ、自然に定着していったとある。文学愛好者の発案による『昭和の坂名』として異色を放っている。」と書かれている。

 ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その366)」で紹介している。

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 枕詞「栲領巾の」を使った歌をみてみよう。

 

題詞は、「丹比真人笠麻呂徃紀伊國超勢能山時作歌一首」<丹比真人笠麻呂(たぢひのまひとかさまろ)、紀伊の国(きのくに)に往(ゆ)き、背の山を越ゆる時に作る歌一首>である。

 

栲領巾乃 懸巻欲寸 妹名乎 此勢能山尓 懸者奈何将有 <一云 可倍波伊香尓安良牟>

     (丹比真人笠麻呂 巻三 二八五)

 

≪書き下し≫栲領巾(たくひれ)の懸(か)けまく欲(ほ)しき妹(いも)の名をこの背の山に懸(か)けばいかにあらむ <一には「替へばいかにあらむ」といふ>

 

(訳)栲領巾(たくひれ)を肩に懸けるというではないが、口に懸けて呼んでみたい“妹”という名、その名をこの背の山につけて“妹”の山と呼んでみたらどうであろうか。<この背の山ととり替えてみたらどうであろうか>(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)たくひれの【栲領巾の】分類枕詞:「たくひれ」の色が白いことから、「白(しら)」「鷺(さぎ)」に、また、首に掛けるところから、「懸(か)く」にかかる。(学研)

(注)かく【懸く・掛く】他動詞:①垂れ下げる。かける。もたれさせる。②かけ渡す。③(扉に)錠をおろす。掛け金をかける。④合わせる。兼任する。兼ねる。⑤かぶせる。かける。⑥降りかける。あびせかける。⑦はかり比べる。対比する。⑧待ち望む。⑨(心や目に)かける。⑩話しかける。口にする。⑪託する。預ける。かける。⑫だます。⑬目標にする。目ざす。⑭関係づける。加える。(学研)最初の「懸く」は⑩、次のは④の意

 

 この歌に対して春日蔵首老が和(こた)えた歌もみてみよう。

 

題詞は、「春日蔵首老即和歌一首」<春日蔵首老(かすがのくらびとおゆ)、即(すなは)ち和(こた)ふる歌一首>である。

(注)故郷の「妹」を持ちだした二八五歌に絡んで、あなたの奥様が「背の君」と呼ぶその「背」にちなみの山の名を替えるなどとはと、返した歌。(伊藤脚注)

 

◆宜奈倍 吾背乃君之 負来尓之 此勢能山乎 妹者不喚

      (春日蔵首老 巻三 二八六)

 

≪書き下し≫よろしなへ我(わ)が背(せ)の君(きみ)が負ひ来(き)にしこの背の山を妹(いも)とは呼ばじ

 

(訳)せっかくよい具合に、我が背の君(笠麻呂さま)が“背の君”と言われては背負って来た“背”、その“背”という名を負い持つ山ですもの、今さら”妹“などと呼びますまい。(同上)

(注)よろしなへ【宜しなへ】副詞:ようすがよくて。好ましく。ふさわしく。 ※上代語。(学研)

(注)負ひ来にしこの背の山を:名告って来た、「背」という名を持つこの山なのに。(伊藤脚注)

 

この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1412)」で紹介している。

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領布 白濱浪乃 不肯縁 荒振妹尓 戀乍曽居 <一云 戀流己呂可母>

       (作者未詳 巻十一 二八二二)

 

≪書き下し≫栲領巾(たくひれ)の白浜波(しらはまなみ)の寄りもあへず荒ぶる妹(いも)に恋ひつつぞ居(を)る<一には「恋ふるころかも」といふ>

         

 

(訳)栲領巾の白というではないが、その白浜にうちよせる波のようには、そばに近寄れもしないほどつっけんどんなあなたに、焦がれつづけています。<恋い焦がれているこのごろです>(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

 

◆加敝良末尓 君社吾尓 栲領巾之 白濱浪乃 縁時毛無

       (作者未詳 巻十一 二八二三)

 

◆かへらまに君こそ我(わ)れに栲領巾の白浜波の寄る時もなさ

 

(訳)あべこべに、あなたこそ私に、栲領巾の白浜にうちよせる波のように、近寄って来られる時などないではありませんか。(同上)

(注)かへらまに:逆に。(伊藤脚注)

 

 「天領巾」、「蜻蛉領巾」なども詠われている。「栲領巾」とともにブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1025)で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 三省堂大辞林 第三版」

★「コトバンク 小学館デジタル大辞泉

★「三滝自然公園 万葉の道」 (せいよ城川観光協会