万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その366)―東京都文京区小日向 鷺坂―

●歌は、「山背の久世の鷺坂神代より春は萌りつつ秋は散りけり」である。

 

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東京都文京区小日向 鷺坂万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、東京都文京区小日向 鷺坂にある。

 

●この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その195)」で紹介している。京都の鷺坂を訪れて、万葉歌碑に接し、これに関するブログを作成している時に、東京にも鷺坂があり、この歌碑があると知ったので、機会があれば是非訪れてみたいと思っていた。

 令和元年11月30日、東京某大学で特別講義(万葉集ではありませんが)をする機会をいただいたので、講義が始まる前の時間を利用して訪れた。

 

まず、歌をみていこう。

 

◆山代 久世乃鷺坂 自神代 春者張乍 秋者散来

              (作者未詳 巻九 一七〇七)

 

≪書き下し≫山背(やましろ)の久世(くせ)の鷺坂(さぎさか)神代(かみよ)より春は萌(は)りつつ秋は散りけり

 

(訳)山背の久世の鷺坂、この坂では、遠い神代の昔から、春には木々が芽吹き、秋には散って来たのである。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)はる【張る】①(氷が)はる。一面に広がる。②(芽が)ふくらむ。出る。芽ぐむ。

   ※ここでは②の意(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)さぎざか【鷺坂】: 京都府城陽市久世を南北に走る旧大和街道の坂。坂のある台地が鷺坂山であり、丘上に久世神社がある。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

 題詞は、「鷺坂作歌一首」<鷺坂にして作る歌一首>である。

 

 文京区の碑の側にある案内板によると、この坂の高台は、徳川幕府の老中職をつとめた、旧関宿藩主の久世大和守(くぜやまとのかみ)の下屋敷があり、地元の人たちは、「久世山」と呼んでいた。この久世山も大正以降住宅地となり、ここに住んでいた堀口大学三好達治佐藤春夫らが山城国の久世の「鷺坂」と結びつけて称していたところ、自然に定着していったとある。文学愛好者の発案による「昭和の坂名」として異色を放っている。

 

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「鷺坂」案内板

 場所は、文京区小日向2丁目19・20番と21番の間にある、途中に鋭角の曲がり角がある急な坂道である。有楽町線江戸川橋駅」から歩いて7,8分くらいである。携帯ナビに頼りながらたどり着いたのである。

 

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急坂である「鷺坂」と万葉歌碑

東西の「鷺坂」を巡ることができたのである。歴史の重みと今様のノリに近い「鷺坂」である。

 

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京都府城陽市久世「鷺坂万葉歌碑」




                          

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「鷺坂(さぎさか)」 (文京区HP)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典