万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その363、364,365)―東京都 めぐろ区民キャンパス(1,2,3)―

―その363―

●歌は、「白玉を手に取り持して見るのすも家なる妹をまた見ても」である。

 

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めぐろ区民キャンパス万葉歌碑(1)(物部歳徳)

●歌碑は、東京都 めぐろ区民キャンパス(1)である。          

 

前回で、滋賀県東近江市市辺町 万葉の森・船岡山の歌碑、全103基の紹介が終わった。

それ以降も歌碑めぐりを続けているので順次紹介させていただく。

 

 令和元年11月30日、都内某大学で特別講義をする機会(万葉集がテーマではなく、プラスチックに関する講義)があったので、講義のはじまる前の時間を利用して、めぐろ区民キャンパスと文京区小日向の鷺坂の万葉歌碑を巡った。

 めぐろ区民キャンパスは、1991年に八王子市に移転した都立大学(現在の首都大学東京)の跡地が整備され公園となっている。ホールや図書館などもある。

 東急東横線の駅名は変わらず「都立大学前」である。そこから歩いて5,6分のところにあった。駅側の入り口からは、広場があり、親子連れが遊んでいた。

 万葉歌碑は、同キャンパス北西の角のコーナー的な広場に三基あった。解説碑を含め円形に作られていた。これらは、当時、荏原郡と呼ばれた目黒区を含む東京西南部の地域の防人とその妻によって詠まれたものである。

 

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めぐろ区民キャンパス案内図(左上に「万葉歌碑」)

●歌をみていこう。

 

◆志良多麻乎 弖尓刀里母之弖 美流乃須母 伊弊奈流伊母乎 麻多美弖毛母也

              (物部歳徳 巻二十 四四一五)

 

≪書き下し≫白玉(しらたま)を手に取(と)り持(も)して見るのすも家(いへ)なる妹(いも)をまた見てももや

 

(訳)白玉をこの手に取り持ってしげしげ見るように、家に待つ人、いとしいあの子を、またしげしげ見たいものだ。

(注)持して:持ちての東国形。

(注)のす ( 接尾 ):〔「如(な)す」の上代東国方言〕 ※名詞、あるいは動詞の連体形に付いて、…(の)ような、…(の)ように、の意を表す。 (weblio辞書 三省堂大辞林第三版)

(注)見てももや:「ても」は「てむ」の東国形。「もや」は詠嘆の終助詞。

 

左注は、「右一首主帳荏原郡物部歳徳」<右の一首は主帳(しゆちやう)荏原郡(えばらのこほり)の物部歳徳もののべのとしとこ)>である。

(注)主帳:郡の四等官。公文に関する記録等を司る。

 

―その364―

●歌は、「草枕旅行く背なが丸寝せば家なる我は紐解かず寝む」である。

 

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めぐろ区民キャンパス万葉歌碑(2)(妻椋橋部刀自売)

●歌碑は、東京都 めぐろ区民キャンパス(2)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆久佐麻久良 多比由苦世奈我 麻流祢世婆 伊波奈流和礼波 比毛等加受祢牟

               (妻椋椅部刀自賣 巻二十 四四一六)

 

≪書き下し≫草枕(くさまくら)旅行く背(せ)なが丸寝(まるね)せば家(いは)なる我は紐(ひも)解(と)かず寝(ね)む

 

(訳)草を枕の旅に行くあなたがごろ寝をするのなら、家に待つ私は、着物の紐を解かずに寝よう。(同上)

(注)せな【夫な】名詞:あなた。▽女性が、夫または恋人を親しんで呼ぶ語。「せなな」「せなの」「せろ」とも。 ※「な」は親愛の意を表す接尾語。

(注)まるね【丸寝】名詞:「まろね」に同じ。:衣服を着たまま寝ること。独り寝や旅寝の場合にいうこともある。(学研)

 

左注は、「右一首妻椋椅部刀自賣」<右の一首は妻(め)の椋椅部刀自売(くらはしべのとじめ)>である。

 

四四一五歌は夫の、四四一六歌は妻の歌である。

 

 

―その365―

●歌は、「吾が門の片山椿まこと汝れ我が手触れなな地に落ちもかも」である。

 

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めぐろ区民キャンパス万葉歌碑(3)(物部広足)

●歌碑は、東京都 めぐろ区民キャンパス(3)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆和我可度乃 可多夜麻都婆伎 麻己等奈礼 和我弖布礼奈ゝ 都知尓於知母加毛

             (物部廣足 巻二十 四四一八)

 

≪書き下し≫吾が門の片山椿(かたやまつばき)まこと汝(な)れ我が手触(ふ)れなな地(つち)に落ちもかも

 

(訳)おれの家の門口に近くの片山椿よ、本当にお前、お前さんにはおれは手を触れないでいたい。しかしこのままにしておいたのでは、地に落ちてしまうかな。(同上)

(注)吾が門の片山椿(かたやまつばき):近所に住む「女」お喩え。

(注)かたやま【片山】:一方が崖(がけ)になっている山。一説に、孤立した山。 (weblio辞書 三省堂大辞林第三版)

(注)なな 分類連語:…ないで。…(せ)ずに。 ※ 活用語の未然形に接続する。上代の東国方言。

 

左注は、「右一首荏原郡上丁物部廣足」<右の一首は荏原郡(えばらのこほり)の上丁(じゃうちゃう)物部広足(もののべのひろたり)>である。

この三首を含む四四一三~四四二四歌は、武蔵国の歌である。次のように記されている。

「二月廿九日武蔵國部領防人使掾正六位上安曇宿祢三國進歌數廿首 但拙劣歌者不取載之」<二月の二十九日、武蔵(むさし)の国(くに)の部領防人使掾(さきもりのことりづかひじょう)正六位上安曇宿祢三國(あづみのすくねみくに)。進(たてまつ)る歌の数二十首。 ただし、拙劣(せつれつ)の歌は取り載せず。>

 

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解説碑(手前)と万葉歌碑3基

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めぐろ区民キャンパス


 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「めぐろ区民キャンパス」 (目黒区HP)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂大辞林第三版」