万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2394)―

■からたち■

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「からたちの茨刈り除け倉建てむ尿遠くまれ櫛造る刀自」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)(忌部首) 20230926撮影

●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。                                        

 

題詞は、「忌部首詠數種物歌一首 名忘失也」<忌部首(いむべのおびと)、数種の物を詠む歌一首 名は、忘失(まうしつ)せり>である。

 

◆枳 棘原苅除曽氣 倉将立 尿遠麻礼 櫛造刀自

        (忌部黒麻呂 巻十六 三八三二)

 

≪書き下し≫からたちの茨(うばら)刈り除(そ)け倉(くら)建てむ屎遠くまれ櫛(くし)造る刀自(とじ)

 

(訳)枳(からたち)の痛い茨(いばら)、そいつをきれいに刈り取って米倉を建てようと思う。屎は遠くでやってくれよ。櫛作りのおばさんよ。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)いばら【茨・荊】名詞:とげのある低木の総称。特に野いばら。 ※古くは「うばら」「むばら」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)まる【放る】他動詞:(大小便を)する。(学研)

(注)とじ【刀自】名詞:①主婦。「とうじ」とも。②…様。…君。▽夫人の敬称。③宮中の「内侍所(ないしどころ)」「御廚子所(みづしどころ)」「台盤所(だいばんどころ)」などに勤めて雑役に従う女官。 ※「刀自」は万葉仮名に基づく表記。(学研)

 

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感想(1件)

 この歌については、万葉時代のトイレとともに、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1227)」で紹介している。

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 万葉集にあって「刀自」が使われている歌や題詞などをいくつかみてみよう。

■二二歌題詞・左注■

 題詞は、「十市皇女参赴於伊勢神宮時見波多横山巌吹芡刀自作歌」<十市皇女(とをちのひめみこ)伊勢の神宮に参赴(まゐおもむ)く時、波多(はた)の横山の巌を見て、吹芡刀自(ふきのとじ)作る歌>である。

(注)吹芡刀自:伝未詳。「刀自」は女性の尊称。十市皇女の立場で詠んだもの。(伊藤脚注)

 

◆河上乃 湯都岩盤村二 草武左受 常丹毛冀名 常處女煮手

       (吹芡刀自 巻一 二二)

     ※「煮」は「者+火で」あるが字が見つからないので「煮」で代用した

 

≪書き下し≫川の上(うへ)のゆつ岩群(いはむら)に草生(む)さず常(つね)にもがな常処女(とこをとめ)にて

 

(訳)川中(かわなか)の神々しい岩々に草も生えはびこることがないように、いつも不変であることができたらなあ。そうしたら、永遠(とこしえ)に若く清純なおとめでいられように。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)ゆついはむら【斎つ磐群】名詞:神聖な岩石の群れ。一説に、数多い岩石とも。 ※「ゆつ」は接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注の注)ゆつ【斎つ】接頭語:〔名詞に付いて〕神聖な。清浄な。「ゆつ桂(かつら)」「ゆつ磐群(いはむら)」「ゆつ真椿(まつばき)」。 ※「つ」は「の」の意の上代の格助詞。「五百箇(いほつ)」の変化した語で、数が多いこととする説もある。(学研)

(注)もがもな 分類連語:…だといいなあ。…であったらなあ。 ⇒なりたち 願望の終助詞「もがも」+詠嘆の終助詞「な」(学研)

 

 左注は「吹芡刀自未詳也 但紀日 天皇四年乙亥朔春二月乙亥朔丁亥十市皇女阿閇皇女参赴伊勢神宮」<吹芡刀自はいまだ詳(つまび)らかならず。但し紀に曰く 天皇四年乙亥の春二月、乙亥の朔の丁亥、十市皇女、阿閇皇女(あへのひめみこ)伊勢の神宮に参り赴く>とある。

 

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感想(1件)

 この歌については、奈良市高畑町の比賣(ひめ)神社の歌碑と共に拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その38改)」で紹介している。

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奈良市高畑町の比賣(ひめ)神社万葉歌碑(吹芡刀自) 20190411撮影

 

 

■四九〇・四九一歌題詞■

題詞は、「吹芡刀自歌二首」<吹芡刀自(ふふきのとじ)が歌二首>である。

 

◆真野之浦乃 与騰乃継橋 情由毛 思哉妹之 伊目尓之所見

       (吹芡刀自 巻四 四九〇)

 

≪書き下し≫真野(まの)の浦の淀(よど)の継橋(つぎはし)心ゆも思へや妹(いも)が夢(いめ)にし見ゆる

 

(訳)真野の浦の淀みにかかる継橋、その橋に切れ目がないように、切れ目なく心底私のことを思ってくださっているからなのか、あなたの顔が夢に見えます。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)上二句は序。「継ぎて」の意を下三句に及ぼす。(伊藤脚注)

(注)真野の浦:神戸市長田区の海岸(伊藤脚注)

(注)つぎはし【継ぎ橋】名詞:水中に柱を立て、板を何枚か継いで渡した橋。(学研)

 

四九一歌もみてみよう。

 

◆河上乃 伊都藻之花乃 何時ゝゝ 来益我背子 時自異目八方

         (吹芡刀自 巻四 四九一)

 

≪書き下し≫川の上(うへ)のいつ藻(も)の花のいつもいつも来ませ我が背子時じけめやも

 

(訳)川の水面に咲く厳藻(いつも)の花の名のように、夢といわず現実(うつつ)にいつもいつもおいでくださいな、あなた。私の方に折りが悪いなどということがあるものですか。(同上)

(注)上二句は序。同音で「いつも」を起こす。(伊藤脚注)

(注)いつも【いつ藻】:(イツは繁茂の意)葉の繁った藻。「何時も何時も」を導く序とする。(広辞苑無料検索)

(注)ときじ【時じ】形容詞:①時節外れだ。その時ではない。②時節にかかわりない。常にある。絶え間ない。 ⇒参考 上代語。「じ」は形容詞を作る接尾語で、打消の意味を持つ。(学研)

(注)めやも 分類連語:…だろうか、いや…ではないなあ。 ⇒なりたち 推量の助動詞「む」の已然形+反語の係助詞「や」+終助詞「も」(学研)

 

 四九〇・四九一歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1111)で紹介している。

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■一〇二二歌■

◆父公尓 吾者真名子叙 妣刀自尓 吾者愛兒叙 参昇 八十氏人乃 手向為等 恐乃坂尓 幣奉 吾者叙追 遠杵土左道矣

        (作者未詳 巻六 一〇二二)

 

≪書き下し≫父君(ちちぎみ)に 我(わ)れは愛子(まなご)ぞ 母(はは)刀自(とじ)に 我(わ)れは愛子ぞ 参(ま)ゐ上(のぼ)る 八十氏人(やそうぢひと)の 手向(たむけ)する 畏(かしこ)の坂に 弊(ぬさ)奉(まつ)り 我(わ)れはぞ追へる 遠き土佐道(とさぢ)を

 

(訳)父君にとって私はかけがえのない子だ。母君にとってわたしはかけがえのない子だ。なのに、都に上るもろもろの官人たちが、手向(たむ)けをしては越えて行く恐ろしい国境(くにざかい)の坂に、幣(ねさ)を捧(ささ)げて無事を祈りながら、私は一路進まなければならぬのだ。遠い土佐への道を。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)ははとじ【母刀自】名詞:母君。母上。▽母の尊敬語。(学研)

(注)参ゐ上る 八十氏人:都へと上る諸々の官人たち。(伊藤脚注)

(注)畏の坂:恐ろしい神のいる国境の坂。(伊藤脚注)

(注)「追ふ」は土佐へと向かって逆に進む。(伊藤脚注)

 

 この歌については、海南市下津町 立神社・仁義児童館前万葉歌碑と共に拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その761)」で紹介している。

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海南市下津町 立神社・仁義児童館前万葉歌碑 20200915撮影

 

■一四六五歌題詞■

題詞は、「藤原夫人歌一首  明日香清御原宮御宇天皇之夫人也 字曰大原大刀自 即新田部皇子之母也」<藤原夫人(ふぢはらのぶにん)が歌一首  明日香の清御原の宮に天の下知らしめす天皇の夫人。 字を大原大刀自といふ。すなはち新田部皇子の母なり>である。

(注)藤原夫人:藤原鎌足の娘、五百重娘。(伊藤脚注)

(注)天皇は四〇代天武天皇。(伊藤脚注)

 

◆霍公鳥 痛莫鳴 汝音乎 五月玉尓 相貫左右二

       (藤原夫人 巻八 一四六五)

 

≪書き下し≫ほととぎすいたくな鳴きそ汝(な)が声を五月(さつき)の玉にあへ貫(ぬ)くまでに

 

(訳)時鳥よ、そんなにひどく鳴かないでおくれ。お前の声を五月の玉に交ぜて糸に通すことができるその日までは。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)さつき【五月】の玉(たま):五月の節供に飾る、不浄を払うための飾り。薬玉(くすだま)。一説に、橘の実を糸に通して輪にし、かずらなどにしたものともいう。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典精選版)

(注)あへぬく【合へ貫く】他動詞:合わせて貫き通す。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1819)」で紹介している。

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■四三四二歌

◆麻氣波之良 寶米弖豆久礼留 等乃能其等 已麻勢波々刀自 於米加波利勢受

       (坂田部首麻呂 巻二十 四三四二)

 

≪書き下し>真木柱(まけばしら)ほめて造れる殿(との)のごといませ母刀自(ははとじ)面(おめ)変(が)はりせず

 

(訳)真木柱、その立派な柱を寿(ことほ)いで建てた御殿のように、いついつまでも達者でいてください、母上。面やつれなされることなく。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)まきはしら【真木柱】名詞:杉や檜(ひのき)などの材木で作った、太くてりっぱな柱。宮殿や邸宅に用いた。「まけはしら」「まきばしら」とも。(学研)

(注)ほむ【誉む・褒む】他動詞:①(幸福・繁栄がもたらされることを)祈りたたえる。ことほぐ。祝う。②称賛する。ほめる。(学研)ここでは①の意

(注)殿:作者が建築に奉仕したことのある、土地の豪族などの屋敷であろう。(伊藤脚注)

(注)刀自:家の内をとりしきる主婦の尊称。(伊藤脚注)

(注)おもがはり【面変はり】名詞:①顔付きが変わること。②物のようすが変わること。(学研)ここでは①の意

 

左注は、「右一首坂田部首麻呂」<右の一首は坂田部首麻呂(さかたべのおびとまろ)>である。

 

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■四三七七歌■

阿母刀自母 多麻尓母賀母夜 伊多太伎弖 美都良乃奈可尓 阿敝麻可麻久母

       (津守小黒栖 巻二十 四三七七)

 

≪書き下し≫母刀自(あもとじ)も玉にもがもや戴(いただき)きてみづらの中(なか)に合(あ)へ巻かまくも

 

(訳)お袋様がせめて玉であったらよいのにな。捧(ささ)げ戴いて角髪(みずら)の中に一緒に巻きつけように。(同上)

(注)みづら【角髪・角子】名詞:男性の髪型の一つ。髪を頭の中央で左右に分け、耳のあたりで束ねて結んだもの。上代には成年男子の髪型で、平安時代には少年の髪型となった。(学研)

 

左注は、「右一首津守宿祢小黒栖」<右の一首は津守宿禰小黒栖(つもりのすくねをぐろす)>である。

 

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2285)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「広辞苑無料検索」