万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2395)―

■くぬぎ■

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「紅はうつろふものぞ橡のなれにし衣になほしかめやも」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)(大伴家持) 20230926撮影

●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆久礼奈為波 宇都呂布母能曽 都流波美能 奈礼尓之伎奴尓 奈保之可米夜母

       (大伴家持 巻十八 四一〇九)

 

≪書き下し≫紅(くれなゐ)はうつろふものぞ橡(つるはみ)のなれにし衣(きぬ)になほしかめやも

 

(訳)見た目鮮やかでも紅は色の褪(や)せやすいもの。地味な橡(つるばみ)色の着古した着物に、やっぱりかなうはずがあるものか。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)紅:紅花染。ここでは、遊女「左夫流子」の譬え。(伊藤脚注)

(注)橡(つるはみ)のなれにし衣(きぬ):橡染の着古した着物。妻の譬え。(伊藤脚注)。

(注の注)つるばみ【橡】名詞:①くぬぎの実。「どんぐり」の古名。②染め色の一つ。①のかさを煮た汁で染めた、濃いねずみ色。上代には身分の低い者の衣服の色として、中古には四位以上の「袍(はう)」の色や喪服の色として用いた。 ※ 古くは「つるはみ」。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 ここでは、不倫相手の佐夫流子を「紅花染めの衣」に喩え、古女房のことを「橡染の着古した着物」に喩えている。

 

 四一〇六から四一〇九歌の題詞は、「教喩史生尾張少咋歌一首并短歌」<史生尾張少咋(ししやうをはりのをくひ)を教へ喩(さと)す歌一首幷(あは)せて短歌>である。

 前文と長歌反歌三首で構成されている。

 

 前文と長歌反歌三首については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その123改)」で紹介している。

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■■紅と橡■■

■紅■

 「紅」を詠った歌をみてみよう。

 

■六八三歌■①

題詞は、「大伴坂上郎女歌七首」<大伴坂上郎女が歌七首>である。

◆謂言之 恐國曽 之 色莫出曽 念死友

       (大伴坂上郎女 巻四 六八三)

 

≪書き下し≫言(い)ふ言(こと)の畏(かしこ)き国ぞ紅(くれなゐ)の色にな出(い)でそ思ひ死ぬとも

 

(訳)他人(ひと)の噂のこわい国がらです。だから思う気持ちを顔色に出してはいけません、あなた。たとえ思い死にをすることがあっても。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)紅の:「色に出づ」の枕詞。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1911)」で紹介している。

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■八六一歌■②

◆麻都良河波 可波能世波夜美 久礼奈為能 母能須蘇奴例弖 阿由可都流良武

      (大伴旅人 巻五 八六一)

 

≪書き下し≫松浦川(まつらがは)川の瀬早み紅(くれない)の裳(も)の裾(すそ)濡(ぬ)れて鮎か釣るらむ 

 

(訳)松浦川の川の瀬が早いので、娘子たちは紅の裳裾をあでやかに濡らしながら、今頃、鮎を釣っていることであろうか。(同上) 

 

この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1812)」で紹介している。

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■一〇四四歌■③

尓 深染西 情可母 寧樂乃京師尓 年之歴去倍吉

       (作者未詳 巻六 一〇四四)

 

≪書き下し≫紅(くれなゐ)に深く染(し)みにし心かも奈良の都に年の経(へ)ぬべき

 

(訳)紅に色深く染まるように都に深くなじんだ気持ちのままで、私はこれから先、ここ奈良の都で年月を過ごせるのであろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)紅:ベニバナのことである。花は紅色の染料に、種子は食用油にと利用価値の高い植物であった。別名を「呉藍(くれあい)」という。呉の国から来た藍を意味する。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1097)」で紹介している。

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■一二一八歌■➃

◆黒牛乃海 丹穂経 百礒城乃 大宮人四 朝入為良霜

         (藤原卿 巻七 一二一八)

(注)藤原卿:藤原不比等のことか

 

≪書き下し≫黒牛(くろうし)の海(うみ)紅(くれなゐ)にほふももしきの大宮人(おおみやひと)しあさりすらしも

 

(訳)黒牛の海が紅に照り映えている。大宮に使える女官たちが浜辺で漁(すなど)りしているらしい。(同上)

 

(注)黒牛の海:海南市黒江・船尾あたりの海。

(注)あさり【漁り】名詞 <※「す」が付いて他動詞(サ行変格活用)になる>:①えさを探すこと。②魚介や海藻をとること。(学研)

 

 赤裳ではしゃぐ女官たちを詠った歌である。色っぽさを感じさせる。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その992)」で紹介している。

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■一二九七歌■⑤

衣染 雖欲 著丹穗哉 人可知

       (作者未詳 巻七 一二九七)

 

≪書き下し≫に衣染めまく欲しけども着てにほはばか人の知るべき

 

(訳)紅色に衣を染めたいと思うけれども、その着物を着て色が目立ったら、人に気づかれてしまうだろうか。(同上)

(注)紅に衣染めまく欲しけども:求婚を受け入れたいと思うが、の譬喩

(注)にほふ【匂ふ】自動詞:①美しく咲いている。美しく映える。②美しく染まる。(草木などの色に)染まる。③快く香る。香が漂う。④美しさがあふれている。美しさが輝いている。⑤恩を受ける。おかげをこうむる。(学研)

(注の注)赤系統の色には「にほふ」がよくつかわれている。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1155)」で紹介している。

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■一三一三歌■⑥

之 深染之衣 下著而 上取著者 事将成鴨

       (作者未詳 巻七 一三一三)

 

≪書き下し≫紅(くれなゐ)の深染(ふかそ)めの衣(きぬ)下(した)に着て上(うへ)に取り着ば言(こと)なさぬかも

 

(訳)濃い紅色(べにいろ)で染めた着物、それを肌着にしていた後で、改めて外行(よそゆ)きとして着たりしたら、世間がとやかく言立てるであろうかなあ。(同上)

(注)紅:相手の女性の譬え

(注)ことなす【言成す】他動詞:言葉に出す。あれこれ取りざたする。(学研)

(注)上に取り着ば:正式に結婚することの譬え

 

 

 

 

■一三四三歌■⑦

◆事痛者 左右将為乎 石代之 野邊之下草 吾之苅而者 <一云 之 寫心哉 於妹不相将有

       (作者未詳 巻七 一三四三)

 

≪書き下し≫言痛(こちた)くはかもかもせむを岩代(いはしろ)の野辺(のへ)の下草(したくさ)我(わ)れし刈りてば<一には「の現(うつ)し心や妹に逢はずあらむ」といふ

 

(訳)世間の口が気になるというのであれば、ああもこうもしよう。岩代の野辺の下草、その下草を私が刈ってしまったそのあとでなら。<正気のままであなたに逢わないでいられようか、とてもいられない>(同上)

 

 この歌については、一三一三歌とともに拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その568)」で紹介している。

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■一五九四歌■⑧

◆思具礼能雨 無間莫零 尓 丹保敝流山之 落巻惜毛

       (作者未詳 巻八 一五九四)

 

≪書き下し≫しぐれの雨間(ま)なくな降りそ(くれなゐ)ににほへる山の散らまく惜しも

 

(訳)しぐれの雨よ、そんなに絶え間なく降らないでおくれ。紅色に美しく照り映える山のもみじが散ってゆくのは、何とも残念でたまらない。(同上)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1771)」で紹介している

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■一六七二歌■⑨

◆黒牛方 塩干乃浦乎 玉裾須蘇延 徃者誰妻

       (作者未詳 巻九 一六七二)

 

≪書き下し≫黒牛潟(くろうしがた)潮干(しほひ)の浦を紅(くれない)の玉裳(たまも)裾引(すそび)き行くは誰が妻

 

(訳)黒牛潟の潮の引いた浦辺、この浦辺を、紅染(べにぞ)めのあでやかな裳裾を引きながら行く人、あれはいったい誰の妻なのか。(同上)

(注)黒牛潟:海南市黒江海岸

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その742)」で紹介している。

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■一七四二歌■⑩

◆級照 片足羽河之 左丹塗 大橋之上従  赤裳數十引 山藍用 摺衣服而 直獨 伊渡為兒者 若草乃 夫香有良武 橿實之 獨歟将宿 問巻乃 欲我妹之 家乃不知久

       (高橋虫麻呂 巻九 一七四二)

 

≪書き下し≫しなでる 片足羽川(かたしはがは)の さ丹(に)塗(ぬ)りの 大橋の上(うへ)ゆ 紅(くれなゐ)の 赤裳(あかも)裾引(すそび)き 山藍(やまあゐ)もち 摺(す)れる衣(きぬ)着て ただひとり い渡らす子は 若草の 夫(つま)かあるらむ 橿(かし)の実の ひとりか寝(ぬ)らむ 問(と)はまくの 欲(ほ)しき我妹(わぎも)が 家の知らなく

 

(訳)ここ片足羽川のさ丹塗りの大橋、この橋の上を、紅に染めた美しい裳裾を長く引いて、山藍染めの薄青い着物を着てただ一人渡って行かれる子、あの子は若々しい夫がいる身なのか、それとも、橿の実のように独り夜を過ごす身なのか。妻どいに行きたいかわいい子だけども、どこのお人なのかその家がわからない。(同上)

(注)「しなでる」は片足羽川の「片」にかかる枕詞とされ、どのような意味かは不明です。(「歌の解説と万葉集柏原市HP)

(注)「片足羽川」は「カタアスハガハ」とも読み、ここでは「カタシハガハ」と読んでいます。これを石川と考える説もありますが、通説通りに大和川のことで間違いないようです。(同上)

(注)さにぬり【さ丹塗り】名詞:赤色に塗ること。また、赤く塗ったもの。※「さ」は接頭語。(学研)

(注)くれなゐの【紅の】分類枕詞:紅色が鮮やかなことから「いろ」に、紅色が浅い(=薄い)ことから「あさ」に、紅色は花の汁を移し染めたり、振り出して染めることから「うつし」「ふりいづ」などにかかる。(学研)

(注)やまあい【山藍】:トウダイグサ科多年草。山中の林内に生える。茎は四稜あり、高さ約40センチメートル。葉は対生し、卵状長楕円形。雌雄異株。春から夏、葉腋ようえきに長い花穂をつける。古くは葉を藍染めの染料とした。(コトバンク 三省堂大辞林 第三版)

(注)わかくさの【若草の】分類枕詞:若草がみずみずしいところから、「妻」「夫(つま)」「妹(いも)」「新(にひ)」などにかかる。(学研)

(注)かしのみの【橿の実の】の解説:[枕]樫の実、すなわちどんぐりは一つずつなるところから、「ひとり」「ひとつ」にかかる。(goo辞書)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1033)」で紹介している。

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■一九九三歌■⑪

◆外耳 見筒戀牟 乃 末採花之 色不出友

       (作者未詳 巻十 一九九三)

 

≪書き下し≫外(よそ)のみに見つつ恋ひなむ紅(くれなゐ)の末摘花(すゑつむはな)の色に出(い)でずとも

 

(訳)遠くよそながらお姿を見つつお慕いしよう。紅花の末摘花のように、あの方がはっきりと私への思いを面(おもて)に出して下さらなくても。(同上)

(注)三・四句は序。「色の出づ」をおこす。

(注)くれなゐの【紅の】分類枕詞:紅色が鮮やかなことから「いろ」に、紅色が浅い(=薄い)ことから「あさ」に、紅色は花の汁を移し染めたり、振り出して染めることから「うつし」「ふりいづ」などにかかる。(学研)

(注)すゑつむはな【末摘花】名詞:草花の名。べにばなの別名。花を紅色の染料にする。 ⇒ 参考 べにばなは、茎の先端(=末)に花がつき、それを摘み取ることから「末摘花」という(学研)

 

 

 

■二一七七歌■⑫

 ◆春者毛要 夏者緑丹 之 綵色尓所見 秋山可聞

     (作者未詳 巻十 二一七七)

 

≪書き下し≫春は萌え夏は緑に紅(くれなゐ)のまだらに見ゆる秋の山かも

 

(訳)春は木々がいっせいに芽を吹き、夏は一面の緑に色取られたが、今は紅がまだら模様に見える、こよなくすばらしい秋の山だ。(同上)

 

 この歌については、一九九三歌とともに拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その992)」で紹介している。

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■二五五〇歌■⑬

◆立念 居毛曽念 之 赤裳下引 去之儀乎

       (作者未詳 巻十一 二五五〇)

 

≪書き下し≫立ちて思ひ居(ゐ)てもぞ思ふ紅(くれなゐ)の赤裳(あかも)裾引(すそび)き去(い)にし姿を

 

(訳)立っても思われ、坐っても思われてならない。紅染(べにぞ)めの赤裳の裾を引きながら、歩み去って行ったあの姿が。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1155)」で紹介している。

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■二六二三歌■⑭

呉藍之 八塩乃衣 朝旦 穢者雖為 益希将見裳

        (作者未詳 巻十一 二六二三)

 

≪書き下し≫紅(くれなゐ)の八(や)しほの衣(ころも)朝(あさ)な朝(さ)ななれはすれどもいやめづらしも

 

(訳)紅の八(や)しほの衣、幾度も染めたその着物が朝ごとに褻(な)れ汚れてゆくように、朝ごと朝ごと馴れ親しんでいても、あなたはますますかわいい。(同上)

(注)呉藍(くれあい):古代より紅色染料として用いられた花。別名 紅花(べにばな)(weblio

辞書 歴史民俗用語辞典)

(注)上二句は序。「朝な朝なれ」を起こす。「八しほ」は幾度も染める意。(伊藤脚注)

(注の注)やしほ【八入】名詞:幾度も染め汁に浸して、よく染めること。また、その染めた物。 ※「や」は多い意、「しほ」は布を染め汁に浸す度数を表す接尾語。上代語。(学研)

(注)あさなあさな【朝な朝な】副詞:朝ごとに。毎朝毎朝。「あさなさな」とも。(学研)

(注)めづらし【珍し】形容詞:①愛すべきだ。賞美すべきだ。すばらしい。②見慣れない。今までに例がない。③新鮮だ。清新だ。目新しい。(学研)ここでは①の意

 

 

 

■二六二四歌■⑮

之 深染衣 色深 染西鹿齒蚊 遺不得鶴

       (作者未詳 巻十一 二六二四)

 

≪書き下し≫の深(ふか)染(そ)め(きぬ)色深く染(し)みにししかば忘れかねつる

 

(訳)紅の深(ふか)染(そ)め衣、念入りに染め上げたその着物のように、あの人が心の底深くにしみついてしまったせいか、忘れようにも忘れられない。(同上)

(注)上二句は序。「色深く染み」を起す。(伊藤脚注)

 

 二六二三、二六二四歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2373)」で紹介している。

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■二六五五歌■⑯

之 襴引道乎 中置而 妾哉将通 公哉将来座  <一云 須蘇衝河乎 又曰 待香将待> 

        (作者未詳 巻十一 二六五五)

 

≪書き下し>の裾引(すそび)く道を中に置きて我(わ)れは通(かよ)はむ君か来まさむ<一には「裾漬(つ)く川を」といふ また「待ちにか待たむ」といふ>

 

(訳)紅の裳裾を引いて歩き馴れた道、こんな道を中に隔てているだけなのに・・・、いっそ私の方から行きましょうか、それともあなたがおいでくださいますか。<裳の裾を濡らす川を><それともじっと待ちつづけていようかしら>(同上)

(注)中に置きて:中に置くだけなのに。(伊藤脚注)

 

 

 

■二七六三歌■⑰

之 淺葉乃野良尓 苅草乃 束之間毛 吾忘渚菜

       (作者未詳 巻十一 二七六三)

 

≪書き下し≫紅(くれなゐ)の浅葉(あさは)の野らに刈(か)る草(かや)の束(つか)の間(あひだ)も我(あ)を忘らすな

 

(訳)紅色(べにいろ)の浅いという、その浅葉の野で刈る萱(かや)の一束ではありませんが、つかの間も私のことを忘れない下さいね。(同上)

(注)くれなゐの【紅の】分類枕詞:紅色が鮮やかなことから「いろ」に、紅色が浅い(=薄い)ことから「あさ」に、紅色は花の汁を移し染めたり、振り出して染めることから「うつし」「ふりいづ」などにかかる。(学研)

(注)上三句は序。「束の間」を起こす。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1082)」で紹介している。

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■二八二七歌■⑱

 花西有者 衣袖尓 染著持而 可行所念

       (作者未詳 巻十一 二八二七)

 

≪書き下し≫紅(くれなゐ)の花にしあらば衣手(ころもで)に染(そ)め付け持ちて行くべく思ほゆ

 

(訳)お前さんがもし紅の花ででもあったなら、着物の袖に染め付けて持って行きたいほどに思っているのだよ。(同上)

(注)ころもで【衣手】名詞:袖(そで)。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その992)」で紹介している。

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■二八二八歌■⑲

之 深染乃衣乎 下著者 人之見久尓 仁寳比将出鴨

       (作者未詳 巻十一 二八二八)

 

≪書き下し≫紅(くれなゐ)の深染(ふかそ)めの衣(きぬ)を下(した)に着ば人の見らくににほひ出でむかも

 

(訳)紅の花で色濃く染め上げた衣、そんな着物を内側に重ね着したならば、人の目にかかった時に、色が外に透けて見えるのではなかろうか。(同上)

(注)「下に着る」は美しい女とひそかに契りを結ぶことの譬え。(伊藤脚注)

(注)にほひ出でむかも:その色が外に透けて見えはしないか。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2016)」で紹介している。

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■二九六六歌■⑳

◆紅 薄染衣 淺尓 相見之人尓 戀比日可聞

       (作者未詳 巻十二 二九六六)

 

≪書き下し>紅(くれなゐ)の薄(うす)染(そ)めの衣(きぬ)浅らかに相見(あひみ)し人に恋ふるころかも

 

(訳)紅(くれない)の薄染めの着物の色のように、ほんの軽い気持ちで逢った人に、恋い焦がれているこの頃だ。(同上)

(注)上二句は序。「浅らかに」を起す。紅染めは色が褪せやすい。(伊藤脚注)。

 

 

 

■三七〇三歌■㉑

◆多可思吉能 宇敝可多山者 久礼奈為能 也之保能伊呂尓 奈里尓家流香聞

        (大判官 巻十五 三七〇三)

 

≪書き下し≫竹敷(たかしき)の宇敝可多山(うへかた)山は紅(くれなゐ)の八(や)しおの色になりにけるかも

 

(訳)竹敷(たかしき)の宇敝可多山(うへかた)山は、紅花(べにばな)染の八しおの色になってきたな(同上)

(注)宇敝可多山(うへかた)山:竹敷西方の城山か。

(注)紅の八しおの色:紅花で何回も染めた色

 

 

 

■三八七七歌■㉒

題詞は、「豊後國白水郎歌一首」<豊後(とよのみちのしり)の国の白水郎(あま)の歌一首

 

尓 染而之衣 雨零而 尓保比波雖為 移波米也毛

       (作者未詳 巻十六 三八七七)

 

≪書き下し>紅(くれなゐ)に染(そ)めてし衣(ころも)雨降りてにほひはすともうつろはめやも

 

(訳)紅にしっぽり染め上げた着物だもの、雨に降られて色がいっそう照り映えることはあっても、色褪せるなんていうことがあるものですか。(同上)

(注)上二句は思いの深さの譬え。(伊藤脚注)

(注)雨降りて:雨が降ることによって。二人の仲が隔てられることの譬え。(伊藤脚注)

(注)にほひはすとも:一層照り映えることはあっても。二人の仲が深まることの譬え。(伊藤脚注)

(注)やも 分類連語:①…かなあ、いや、…ない。▽詠嘆の意をこめつつ反語の意を表す。②…かなあ。▽詠嘆の意をこめつつ疑問の意を表す。 ※上代語。 ⇒語法:「やも」が文中で用いられる場合は、係り結びの法則で、文末の活用語は連体形となる。 ⇒参考:「やも」で係助詞とする説もある。 ⇒なりたち:係助詞「や」+終助詞「も」。一説に「も」は係助詞。(学研)ここでは①の意

 

 

 

■三九六九歌■㉓

◆・・・乎登賣良我 春菜都麻須等 久礼奈為能 赤裳乃須蘇能 波流佐米尓 ゝ保比ゝ豆知弖・・・

       (大伴家持 巻十七 三九六九)

 

≪書き下し≫・・・娘子(をとめ)らが 春菜(はるな)摘(つ)ますと 紅(くれなゐ)の 赤裳(あかも)の裾(すそ)の 春雨(はるさめ)に にほひひづちて・・・

 

(訳)・・・娘子たちが春菜を摘まれるとて、紅の赤裳の裾が春雨に濡(ぬ)れてひときわ照り映(は)えながら・・・(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)摘ます:摘むの敬語形

(注)ひづつ【漬つ】自動詞:ぬれる。泥でよごれる。(学研)

(注の注)にほひひづちて:濡れて色が一層映える様をいう。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1155)」で紹介している。

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■三九七三歌■㉔

◆・・・春野尓 須美礼乎都牟等 之路多倍乃 蘇泥乎利可敝之 久礼奈為能 安可毛須蘇妣伎 乎登賣良婆・・・

        (大伴池主 巻十七 三九七三)

 

≪書き下し≫・・・春の野に すみれを摘むと 白栲(しろたへ)の 袖(そで)折り返し 紅(くれなゐ)の 赤裳(あかも)裾引(すそび)き 娘女(をとめ)らは・・・

 

(訳)・・・その春の野で菫を摘むとて、まっ白な袖を折り返し、色鮮やかな赤裳の裾を引きながら、娘子たちは・・・(同上)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その702)」で紹介している。

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■四一〇九歌■㉕

久礼奈為波 宇都呂布母能曽 都流波美能 奈礼尓之伎奴尓 奈保之可米夜母

       (大伴家持 巻十八 四一〇九)

 

≪書き下し≫紅(くれなゐ)はうつろふものぞ橡(つるはみ)のなれにし衣(きぬ)になほしかめやも

 

(訳)見た目鮮やかでも紅は色の褪(や)せやすいもの。地味な橡(つるばみ)色の着古した着物に、やっぱりかなうはずがあるものか。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)紅:紅花染。ここでは、遊女「左夫流子」の譬え

(注)橡(つるはみ)のなれにし衣(きぬ):橡染の着古した着物。妻の譬え

(注)つるばみ【橡】名詞:①くぬぎの実。「どんぐり」の古名。②染め色の一つ。①のかさを煮た汁で染めた、濃いねずみ色。上代には身分の低い者の衣服の色として、中古には四位以上の「袍(はう)」の色や喪服の色として用いた。 ※ 古くは「つるはみ」。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その834)」で紹介している

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■四一三九歌■㉖

◆春苑 尓保布 桃花 下照道尓 出立▼嬬

   (大伴家持 巻十九 四一三九)

        ※▼は、「女」+「感」、「『女』+『感』+嬬」=「をとめ」

 

≪書き下し≫春の園(その)紅(くれなゐ)にほふ桃の花下照(したで)る道に出で立つ娘子(をとめ)

 

(訳)春の園、園一面に紅く照り映えている桃の花、この花の樹の下まで照り輝く道に、つと出で立つ娘子(おとめ)よ。(同上)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その825)」で紹介している。

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■四一五六歌■㉗

◆荒玉能 年徃更 春去者 花耳尓保布 安之比奇能 山下響 墜多藝知 流辟田乃 河瀬尓 年魚兒狭走 嶋津鳥 鵜養等母奈倍 可我理左之 奈頭佐比由氣婆 吾妹子我 可多見我氐良等 紅之 八塩尓染而 於己勢多流 服之襴毛 等寳利氐濃礼奴

        (大伴家持 巻十九 四一五六)

 

≪書き下し≫あらたまの 年行きかはり 春されば 花のみにほふ あしひきの 山下(やました)響(とよ)み 落ち激(たぎ)ち 流る辟田(さきた)の 川の瀬に 鮎子(あゆこ)さ走(ばし)る 島つ鳥(とり) 鵜養(うかひ)伴(とも)なへ 篝(かがり)さし なづさひ行けば 我妹子(わぎもこ)が 形見(かたみ)がてらと 紅(くれなゐ)の 八(や)しほに染めて おこせたる 衣(ころも)の裾(すそ)も 通りて濡(ぬ)れぬ

 

(訳)年も改まって春がやって来ると、花々が一面に咲き匂う、山裾一帯を響かせて落ち激(たぎ)って流れる辟田川、その川の瀬には鮎がついついと走って飛び跳ねている。島つ鳥の鵜、その鵜飼の者どもを引き連れて篝火(かがりび)を焚き、流れにもまれて上(のぼ)って行くと、いとしい人が身代わりにもするようにと、紅花の八入(やしお)の色に念入りみ染め上げて、送ってくれた着物の裾も、底まで通って濡れてしまった。(同上)

(注)にほふ【匂ふ】自動詞:①美しく咲いている。美しく映える。②美しく染まる。(草木などの色に)染まる。③快く香る。香が漂う。④美しさがあふれている。美しさが輝いている。⑤恩を受ける。おかげをこうむる。(学研)ここでは①の意

(注の注)花のみにほふ:様々な花が一挙に咲き揃うことをいうか。

 

(注)流る辟田:「流るる辟田」に同じ。「辟田」は所在未詳。

(注)しまつとり【島つ鳥】分類枕詞:島にいる鳥の意から「鵜(う)」にかかる。 ※「つ」は「の」の意の上代の格助詞。(学研)

(注)かがり【篝】名詞:①かがり火をたくための鉄製のかご。②「かがりび」に同じ。(学研)

(注)なづさふ 自動詞:①水にもまれている。水に浮かび漂っている。②なれ親しむ。慕いなつく。(学研)

(注)おこす【遣す】他動詞:こちらへ送ってくる。よこす。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1135)」で紹介している。

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■四一五七歌■㉘

乃 衣尓保波之 辟田河 絶己等奈久 吾等眷牟

       (大伴家持 巻十九 四一五七)

 

≪書き下し≫の衣にほはし辟田川(さきたがは)絶ゆることなく我れかへり見む

 

(訳)紅の着物を色鮮やかに照り映えさせながら、辟田川、この川を、川の流れの絶えることのないように、われらはまたいくたびもやって来て見よう。(同上)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2016)」で紹介している

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■四一六〇歌■㉙

◆・・・宇都勢美母 如是能未奈良之能 伊呂母宇都呂比 奴婆多麻能 黒髪變 朝之咲 暮加波良比 吹風能 見要奴我其登久・・・

       (大伴家持 巻十九 四一六〇)

 

≪書き下し>・・・うつせみも かくのみならし 紅(くれなゐ)の 色もうつろひ ぬばたまの 黒髪変(かは)り 朝の咲(ゑ)み 夕(ゆふへ)変らひ吹く風の 見えぬがごとく・・・

 

(訳)・・・この世の人の身もみんなこれと同じでしかないらしい。まさに、紅(くれない)の頬もたちまち色褪(あ)せ、黒々とした髪もまっ白に変わり、朝の笑顔も夕方には消え失せ、吹く風が見えないように、・・・(同上)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その867)で紹介している

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■四一九二歌■㉚

◆桃花 紅色尓 ゝ保比多流 面輪乃宇知尓 青柳乃 細眉根乎・・・

 

≪書き下し≫桃の花 紅(くれなゐ)色(いろ)に にほひたる 面輪(おもわ)のうちに青柳(あをやぎ)の 細き眉根(まよね)を・・・

 

(訳)桃の花、その紅色(くれないいろ)に輝いている面(おもて)の中で、ひときは目立つ青柳の葉のような細い眉・・・(同上)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その856)」で紹介している。

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 以上見て来ただけで「紅」は三十首に詠われている。

 その色合いからしても、万葉びとに愛されていた色であることが分かる。いろの中では断トツに詠われているのである。

 

 次に、「橡」をみてみよう。

■橡■

「橡」について、「万葉神事語辞典(國學院大學デジタルミュージアム)」に、次のように書かれている。

上代では『つるはみ』と清音だったと考えられている。橡は、ブナ科の落葉高木のクヌギ。5月頃に花をつけ、秋に丸みのある大きなドングリをつける。ドングリの実を煮出して、鉄を媒染剤に用い紺黒色の染料として利用した。この染料で染めた衣服は、上代にはおもに庶民用で、衣服令に『家人奴婢、橡黒衣』とあり、身分の低い者の衣服の色であった。万葉集には6例あるが、植物としての橡はなく、すべて染料としての橡である。橡で染めた衣である『橡衣』(7-1311)は誰もが着易いというのを聞いたので着てみたいと望む歌があり、『橡衣』は身分の低い女を表し、その女との関係を望む意の歌であろう。また『橡の解き洗ひ衣』(7-1314)は、橡で染めた衣で解いて洗って仕立て直した衣、つまり気軽に着ることが出来る着馴れた衣のことで、昔なじみの身分の低い女を比喩していると考えられる。他に『うら』を起こす序として『橡染めの袷の衣』(12-2965)や『橡の一重の衣』(12-2968)が用いられていたり、『橡の衣解き洗ひ』(12-3009)が真土山の『まつ』を起こす序として用いられていたりする。洗うと硬くなる麻の衣を『また打ち』することからの連想らしい。大伴家持は歌の中で、『紅』は色あせるものだが、と美しい遊女を『紅』にたとえ、その美しさは変わりやすいものだと諭し、『橡のなれにし衣』(18-4109)には及ばない、つまり橡染めの着馴れて身になじんだ衣のような糟糠の妻は地味だが飽きがこなくて良いと詠んでいる。」

 

 

 この六首については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1811)」で紹介している。

 ➡ こちら1811

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「万葉神事語辞典」 (國學院大學デジタルミュージアム

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 歴史民俗用語辞典」

★「コトバンク 三省堂大辞林 第三版」

★「歌の解説と万葉集」 柏原市HP