万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その866,867,868)―射水市港町 奈呉の浦大橋、高岡市太田 つまま公園、道の駅 雨晴―万葉集 巻十九 四一五〇、巻十九 四一五九、巻十七 三九五四

―その866―

●歌は、「朝床に聞けば遥けし射水川朝漕ぎしつつ唱ふ舟人」である。

 

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射水市港町 奈呉の浦大橋(4)万葉歌碑(大伴家持

●歌碑(プレート)は、射水市港町 奈呉の浦大橋(4)にある。

 

●歌をみていこう。

この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その819)」で紹介している。

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◆朝床尓 聞者遥之 射水河 朝己藝思都追 唱船人

               (大伴家持 巻十九 四一五〇)

 

<書き下し>朝床(あさとこ)に聞けば遥けし射水川(いみずかは)朝漕(こ)ぎしつつ唄(うた)ふ舟人

 

(訳)朝床の中で耳を澄ますと遠く遥かに聞こえて来る。射水川、この川を朝漕ぎして泝(さかのぼ)りながら唱(うた)う舟人の声が。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

 

―その867―

●歌は、「磯の上のつままを見れば根を延へて年深くあらし神さびにけり」である。

 

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つまま公園万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、高岡市太田 つまま公園にある。

 

●歌をみていこう。

この歌は、直近ではブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その838)」で紹介している。

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◆礒上之 都萬麻乎見者 根乎延而 年深有之 神佐備尓家里

              (大伴家持 巻十九 四一五九)

 

≪書き下し≫磯(いそ)の上(うへ)のつままを見れば根を延(は)へて年深くあらし神(かむ)さびにけり

 

(訳)海辺の岩の上に立つつままを見ると、根をがっちり張って、見るからに年を重ねている。何という神々しさであることか。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)としふかし【年深し】( 形ク ):何年も経っている。年老いている。(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

(注)あらし 分類連語:あるらしい。あるにちがいない。 ※なりたち ラ変動詞「あり」の連体形+推量の助動詞「らし」からなる「あるらし」が変化した形。ラ変動詞「あり」が形容詞化した形とする説もある。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

題詞は、「過澁谿埼見巌上樹歌一首  樹名都萬麻」<澁谿(しぶたに)の埼(さき)を過ぎて、巌(いはほ)の上(うへ)の樹(き)を見る歌一首   樹の名はつまま>である。

 

この四一五九歌から四一六五歌までの歌群の総題は、「季春三月九日擬出擧之政行於舊江村道上属目物花之詠并興中所作之歌」<季春三月の九日に、出擧(すいこ)の政(まつりごと)に擬(あた)りて、古江の村(ふるえのむら)に行く道の上にして、物花(ぶつくわ)を属目(しょくもく)する詠(うた)、并(あは)せて興(きよう)の中(うち)に作る歌>である。

 

 他の六首をみてみよう。

 

題詞は、「世間無常歌一首幷短歌」<世間(よのなか)の無常を悲しぶる歌一首幷(あは)せて短歌>である。

(注)山上憶良の八〇四、八〇五歌を踏まえて詠っている。

 

 

◆天地之 遠始欲 俗中波 常無毛能等 語續 奈我良倍伎多礼 天原 振左氣見婆 照月毛 盈▼之家里 安之比奇能 山之木末毛 春去婆 花開尓保比 秋都氣婆 露霜負而 風交 毛美知落家利 宇都勢美母 如是能未奈良之 紅能 伊呂母宇都呂比 奴婆多麻能 黒髪變 朝之咲 暮加波良比 吹風能 見要奴我其登久 逝水能 登麻良奴其等久 常毛奈久 宇都呂布見者 尓波多豆美 流渧 等騰米可祢都母

                (大伴家持 巻十九 四一六〇)

  ▼は、「呉」の「口」が「日」である。「盈▼之家里」で「満ち欠けしけり」と読む

 

 

≪書き下し≫天地(あめうち)の 遠き初めよ 世間(よのなか)は 常なきものと 語り継(つ)ぎ 流らへ来れ 天(あま)の原(はら) 振り放(さ)け見れば 照る月も 満ち欠(か)けしけり あしひきの 山の木末(こぬれ)も 春されば 花咲きにほひ 秋づけば 露(つゆ)霜(しも)負(お)ひて 風交(まじ)り もみち散りけり うつせみも かくのみならし 紅(くれなゐ)の 色もうつろひ ぬばたまの 黒髪変(かは)り 朝の咲(ゑ)み 夕(ゆふへ)変らひ 吹く風の 見えぬがごとく 行く水の 止(と)まらぬごとく

 常もなく うつろふ見れば にはたづみ 流るる涙 留(とど)めかねつも

 

(訳)天地の始まった遠き遥かなる時代の初めから、この俗世は常無きものだと、語り継ぎ言い伝えてきたものだが・・・。そのとおり、天空遠く振り仰いで見ると、照る月も満ちたり欠けたりしてきた。山々の梢(こずえ)も、春が来ると花は咲き匂うものの、秋ともなれば、冷たい露を浴びて、風交じりに色づいた葉がはかなく散る。この世の人の身もみんなこれと同じでしかないらしい。まさに、紅(くれない)の頬もたちまち色褪(あ)せ、黒々とした髪もまっ白に変わり、朝の笑顔も夕方には消え失せ、吹く風が見えないように、流れ行く水が止まらないように、あっけなく物すべてが移り変わって行くのを見ると、にわたずみではないが、溢(あふ)れ流れる涙は、止めようにも止めるすべがない。(同上)

(注)流らへ来たれ:ずっと言い伝えてきているが。

(注)ながらふ 自動詞:(一)【流らふ】流れ続ける。静かに降り続ける。 ※上代語。

参考⇒下二段動詞の「流る」に反復継続の意を表す上代の助動詞「ふ」の付いたものかという。「ふ」は、ふつう四段動詞に付いて四段に活用するが、下二段動詞に付いて下二段に活用するのは異例のことである。(学研)

(注)にはたづみ【行潦・庭潦】名詞:雨が降ったりして、地上にたまり流れる水。

(注)にはたづみ【行潦・庭潦】分類枕詞:地上にたまった水が流れることから「流る」「行く」「川」にかかる。(学研)

 

 

◆言等波奴 木尚春開 秋都氣婆 毛美知遅良久波 常乎奈美許曾  <一云 常无牟等曾>

               (大伴家持 巻十九 四一六一)

 

≪書き下し≫言(こと)とはぬ木すら春咲き秋づけばもみち散(ぢ)らくは常をなみこそ  <一には「常なけむとぞ」といふ>

 

(訳)物言わぬ木でさえ、春は花が咲き、秋ともなれば色づいて散るのは、物なべて常というものがないからだ。<物なべて、常でありようがないということなのだ>(同上)

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◆宇都世美能 常<无>見者 世間尓 情都氣受弖 念日曽於保伎 <一云 嘆日曽於保吉>

               (大伴家持 巻十九 四一六二)

 

≪書き下し≫うつせみの常なき見れば世間(よのなか)に心つけずて思ふ日ぞ多き <一には「嘆く日ぞ多き」といふ>

 

(訳)この世の人の身の常とてないのを見ると、こんな無常な世に心をかかわらせないでいたい、だが、物思いに耽(ふけ)る日ばかりが重なる。<嘆く日ばかりが重なる>(同上)

(注)こころつく【心尽く】分類連語:気がもめる。さまざまに思い悩む。 ※「つく」は上二段の自動詞。(学研)

 

 

 

題詞は「豫作七夕歌一首」<予(あらかじ)め作る七夕(しちせき)の歌一首>である。

 

◆妹之袖 和礼枕可牟 河湍尓 霧多知和多礼 左欲布氣奴刀尓

               (大伴家持 巻十九 四一六三)

 

≪書き下し>妹(いも)が袖(そで)我れ枕(まくら)かむ川の瀬に霧(きり)立ちわたれさ夜更(よふ)けぬとに

 

(訳)あのいとしい人の袖、その袖を私は枕にして寝よう。川の渡り瀬に、霧よ一面に立ち渡っておくれ。夜が深くなってしまわないうちに、(同上)

(注)夜更(よふ)けぬとに:夜が更けてしまわぬうちに。夜霧にまぎれて一刻も早く織姫のもとへ行きたいという心か。「と」は外。

 

 

題詞は、「慕振勇士之名歌一首 并短歌」<勇士の名を振(ふる)はむことを慕(ねが)ふ歌一首 幷(あは)せて短歌」である。

 

◆知智乃實乃 父能美許等 波播蘇葉乃 母能美己等 於保呂可尓 情盡而 念良牟 其子奈礼夜母 大夫夜 無奈之久可在 梓弓 須恵布理於許之 投矢毛知 千尋射和多之 劔刀 許思尓等理波伎 安之比奇能 八峯布美越 左之麻久流 情不障 後代乃 可多利都具倍久 名乎多都倍志母

               (大伴家持 巻十九 四一六四)

 

≪書き下し≫ちちの実の 父の命(みこと) ははそ葉(ば)の 母の命(みこと) おほろかに 心尽(つく)して 思ふらむ その子なれやも ますらをや 空(むな)しくあるべき 梓弓(あづさゆみ) 末(すゑ)振り起し 投矢(なげや)持ち 千尋(ちひろ)射(い)わたし 剣(つるぎ)大刀(たち) 腰に取り佩(は)き あしひきの 八(や)つ峰(を)踏(ふ)み越え さしまくる 心障(さや)らず 後(のち)の世(よ)の 語り継ぐべく 名を立つべしも

 

(訳)ちちの実の父の命も、ははそ葉の母の命も、通り一遍にお心を傾けて思って下さった、そんな子であるはずがあろうか。されば、われらますらおたる者、空しく世を過ごしてよいものか。梓弓の弓末を振り起こしもし、投げ矢を持って千尋の先を射わたしもし、剣太刀、その太刀を腰にしっかと帯びて、あしひきの峰から峰へと踏み越え、ご任命下さった大御心のままに働き、のちの世の語りぐさとなるよう、名を立てるべきである。(同上)

(注)ちちのみの【ちちの実の】分類枕詞:同音の繰り返しで「父(ちち)」にかかる。(学研)

(注)ははそばの【柞葉の】分類枕詞:「ははそば」は「柞(ははそ)」の葉。語頭の「はは」から、同音の「母(はは)」にかかる。「ははそはの」とも。(学研)

(注)おほろかなり【凡ろかなり】形容動詞:いいかげんだ。なおざりだ。「おぼろかなり」とも。(学研)

(注)や 係助詞《接続》種々の語に付く。活用語には連用形・連体形(上代には已然形にも)に付く。文末に用いられる場合は活用語の終止形・已然形に付く。 ※ここでは、文中にある場合。(受ける文末の活用語は連体形で結ぶ。):①〔疑問〕…か。②〔問いかけ〕…か。③〔反語〕…(だろう)か、いや、…ない。(学研) ここでは、③の意

(注)さし【差し】接頭語:動詞に付いて、意味を強めたり語調を整えたりする。「さし仰(あふ)ぐ」「さし曇る」(学研)

(注)まく【任く】他動詞:①任命する。任命して派遣する。遣わす。②命令によって退出させる。しりぞける。(学研) ここでは①の意

 

 

◆大夫者 名乎之立倍之 後代尓 聞継人毛 可多里都具我祢

              (大伴家持 巻十九 四一六五)

 

≪書き下し≫ますらをは名をし立つべし後の世に聞き継ぐ人も語り継ぐがね

 

(訳)ますらおたる者は、名を立てなければならない。のちの世に聞き継ぐ人も、ずっと語り伝えてくれるように。(同上)

 

 四一六四、四一六五歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その607)で紹介している。

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つまま公園歌碑説明案内板

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つまま公園

 

―その868―

●歌は、「馬並めていざ打ち行かな渋谿の清き磯廻に寄する波見に」である

 

●歌碑は、道の駅 雨晴にある。

 

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道の駅「雨晴」万葉歌碑(大伴家持

●歌をみていこう。

この歌は、直近では、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その847)」で紹介している。

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◆馬並氐 伊射宇知由可奈 思夫多尓能 伎欲吉伊蘇未尓 与須流奈弥見尓

               (大伴家持 巻十七 三九五四)

 

≪書き下し≫馬並(な)めていざ打ち行かな渋谿(しぶたに)の清き礒廻(いそみ)に寄する波見(み)に

 

(訳)さあ、馬を勢揃いして鞭打ちながらでかけよう。渋谿の清らかな磯べにうち寄せる波を見に。(同上)

(注)渋谿:富山県高岡市太田(雨晴)の海岸。

 

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雨晴海岸

 

 2泊3日の越中万葉歌碑を訪ねてのシリーズがちょうど大晦日に終わりました。

 今年1年、拙いブログにおつきあいいただき、まことにありがとうございました。

 来年も頑張ってまいりますのでよろしくお願い申し上げます。

 

 明日からは、大宰府を中心としたシリーズを書いていきます。

 あたたかく見守っていただけたらと思っております。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「古代史で楽しむ万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫

★「大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯」 藤井一二 著 (中公新書

★「万葉の人びと」 犬養 孝 著 (新潮文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「万葉歌碑めぐりマップ」 (高岡地区広域圏事務組合)