万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その819)―高岡市伏木古国府 伏木気象資料館―万葉集 巻十九 四一五〇 

●歌は、「朝床に聞けば遥けし射水川朝漕ぎしつつ唱ふ舟人」である。

 

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高岡市伏木古国府 伏木気象資料館万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、高岡市伏木古国府 伏木気象資料館にある。

 

●歌をみていこう。

 

 題詞は、「遥聞泝江船人之唱歌一首」<遥(はる)かに、江(こう)を泝(さかのぼ)る舟人(ふなびと)の唱(うた)ふを聞く歌一首>である。

 

◆朝床尓 聞者遥之 射水河 朝己藝思都追 唱船人

               (大伴家持 巻十九 四一五〇)

 

<書き下し>朝床(あさとこ)に聞けば遥けし射水川(いみずかは)朝漕(こ)ぎしつつ唄(うた)ふ舟人

 

(訳)朝床の中で耳を澄ますと遠く遥かに聞こえて来る。射水川、この川を朝漕ぎして泝(さかのぼ)りながら唱(うた)う舟人の声が。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

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越中国守館址」の碑(この裏に歌が刻されている)

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歌の解説案内板

 巻十九の巻頭歌は、「春の園紅(くれなゐ)にほふ桃の花下照(したで)る道に出で立つ娘子(おとめ)」(大伴家持 巻十九 四一三九)である。この題詞は、「天平勝宝(てんぴやうしようほう)二年の三月の一日の暮(ゆふへ)に、春苑(しゆんゑん)の桃李(たうり)の花を眺矚(なが)めて作る歌二首」である。そして四一五一から四一五三歌の歌群の題詞は、「三日に、守(かみ)大伴宿禰家持が館(たち)にして宴(うたげ)する歌三首」である。

 すなわち、三月一日から三日の間に、四一三九から四一五三歌、十五首も作っているのである。

 題詞と、歌の書き下しのみを書き記してみる。

 

 

題詞は「「天平勝宝(てんぴやうしようほう)二年の三月の一日の暮(ゆふへ)に、春苑(しゆんゑん)の桃李(たうり)の花を眺矚(なが)めて作る歌二首」」である。

◆四一三九歌

春の園(その)紅(くれなゐ)にほふ桃の花下照(したで)る道(みち)に出で立つ娘子(おとめ)

◆四一四〇歌

我が園の李(すもも)の花か庭に散るはだれのいまだ残りたるかも

 

題詞は、「飜(と)び翔(かけ)る鴫(しぎ)を見て作る歌一首」

◆四一四一歌

春まけてもの悲(がな)しきにさ夜(よ)更(ふ)けて羽振(はぶ)き鳴く鴫(しぎ)誰が田にか棲(す)む

 

題詞は、「二日に、柳黛(りうたい)を攀(よ)ぢて京師(みやこ)を思ふ歌一首」である。

◆四一四二歌

春の日に萌(は)れる柳を取り持ちて見れば都の大道(おほち)し思ほゆ

 

題詞は、「堅香子草(かたご)の花を攀(よ)ぢ折る歌一首」

◆四一四三歌

もののふの八十(やそ)娘子(をとめ)らが汲(く)み乱(まが)ふ寺井(てらゐ)の上(うへ)の堅香子(かたかご)の花

 

題詞は、「帰雁(きがん)を見る歌二首」

◆四一四四歌

燕(つばめ)来(く)る時になりぬと雁(かり)がねは国偲ひつつ雲隠(くもがく)り鳴く

 

◆四一四五歌

春まけてかく帰るとも秋風にもみたむ山を越え来(こ)ずあらめや

 

題詞は、「夜裏に千鳥の喧(な)くを聞く歌二首」

◆四一四六歌

夜(よ)ぐたちに寝覚(ねざ)めて居(を)れば川瀬(かわせ)尋(と)め心もしのに鳴く千鳥かも

 

◆四一四七歌

夜(よ)くたちて鳴く川千鳥(かはちどり)うべしこそ昔の人も思(しの)ひきにけれ

 

題詞は、「暁(あかとき)に鳴く雉(きざし)を聞く歌二首」

◆四一四八歌

杉(すぎ)の野にさ躍(をど)る雉いちしろく音(ね)にしも泣かむ隠(こも)り妻(づま)かも

 

◆四一四九歌

あしひきの八(や)つ峰(を)の雉鳴き響(とよ)む朝明(あさけ)の霞(かすみ)見れば悲しも

 

 

題詞は、「遥かに、江(かう)を泝(さかのぼ)る舟人(ふなびと)の唱(うた)ふを聞く歌一首」

◆四一五〇歌

朝床(あさとこ)に聞けば遥けし射水川(いみづかは)朝漕(こ)ぎしつつ唄(うた)ふ舟人

 

題詞は、「三日に、守(かみ)大伴宿禰家持が館(たち)にして宴(うたげ)する歌三首」

◆四一五一歌

今日(けふ)のためと思ひて標(し)めしあしひきの峰(を)の上(うへ)の桜かく咲きにけり

 

◆四一五二歌

奥山の八(や)つ峰(を)の椿(つばき)つばらかに今日は暮らさねますらをの徒(とも)

 

◆四一五三歌

漢人(からひと)も筏(いかだ)浮かべて遊ぶといふ今日ぞ我が背子(せこ)花(はな)かづらせな

 

 天平勝宝元年(749年)六月から同二年二月中旬の間のある時期に家持の妻の坂上大嬢が越中に来たのではないかと言われている。

 翌年には都に帰れるという気持ちと妻が越中にやってきたことで心の充実感が相乗効果となって、「苦労や苦悩というものとは全く別の世界の美のピークを作り出した」(犬養孝 著「万葉の人びと(新潮文庫)」のである。

 越中生活も見方を変えれば、都での権力争いの苦悩から好むと好まらずとにかかわらず、離れていたことも大きな要因であったと考えられる。

 「花」を愛でる美の境地もさることながら、「朝床に聞く」というフレーズから、緊張感や研ぎ澄まされ張りつめた感覚というのを全く感じさせない気持ちのゆとりすら漂う歌となっているように思えるのである。

 心満たされた境地がなせるわざなのであろう。

 

 

越中万葉歌碑巡り二日目である。

 実際に巡ったコースは次の通りである。

11月6日(高岡市

 伏木駅前観光駐車場➡伏木気象資料館(越中国守館址)➡勝興寺前ポケットパーク➡勝興寺➡寺井の跡➡高岡市万葉歴史館➡「万葉歴史館」交差点➡伏木一宮バス停➡「氣多神社口」交差点➡伏木中学校➡「伏木古府交差点」➡伏木駅前観光駐車場➡氣多神社・大伴神社➡旧二上山郷土資料館➡二上山山頂➡旧二上山まなび交流館➡いわせ野郵便局➡高岡駅➡荊波神社

 

 

 

 ◆◆◆伏木駅前観光駐車場➡伏木気象資料館(越中国守館址)◆◆◆

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JR伏木駅


 

 事前に先達たちのブログや各種資料を検索している中で、「越中万葉おすすめコース(伏木万葉歌碑満腹コース)」なるものを見つけた。それによると歩きで、所要時間80分となっておりコースや歌碑の位置が書かれている。駐車場を見つけたり、細い道に苦労することが多かった経験から、これはと、飛びついたのである。

実際は、略地図ベースで土地勘がない悲しさで無駄な歩きが結構あり、予想以上に時間をくってしまった。また、高岡市内は道路も比較的整備されており、また駐車場も充実していることから、車による移動の方が効率的だったように思った。

 

 伏木駅前観光駐車場(無料)に車を止め、資料に基づき、まず伏木気象資料館に向かう。坂を上る途中左手に資料館が見えて来る。資料館の前庭に「越中国守館址」の碑が建っている。

 この碑の裏面に歌が刻されている。歌碑巡り優先ということもあり、資料館はスキップする。

 

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高岡市伏木気象資料館

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉の人びと」 犬養 孝 著 (新潮文庫

★「大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯」 藤井一二 著 (中公新書

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「万葉歌碑めぐりマップ」 (高岡地区広域圏事務組合)

★「「越中万葉おすすめコース(伏木万葉歌碑満腹コース)」