万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2332)―

●歌は、「朝床に聞けば遥けし射水川朝漕ぎしつつ唱ふ舟人」である。

 

富山市松川べり 越中万葉歌石板⑩(大伴家持) 20230705撮影

●歌石板は、富山市松川べり 越中万葉歌石板⑩である。

 

●歌をみていこう。

 

 題詞は、「遥聞泝江船人之唱歌一首」<遥(はる)かに、江(こう)を泝(さかのぼ)る舟人(ふなびと)の唱(うた)ふを聞く歌一首>である。

 

◆朝床尓 聞者遥之 射水河 朝己藝思都追 唱船人

        (大伴家持 巻十九 四一五〇)

 

<書き下し>朝床(あさとこ)に聞けば遥けし射水川(いみずかは)朝漕(こ)ぎしつつ唄(うた)ふ舟人

 

(訳)朝床の中で耳を澄ますと遠く遥かに聞こえて来る。射水川、この川を朝漕ぎして泝(さかのぼ)りながら唱(うた)う舟人の声が。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)射水川:小矢部川の名前は、小矢部市の上流に小矢部という村があったことに由来し、(中略)射水川とは、庄川と合流していた小矢部川のことで、当時は今よりも水の量が多く、流れもゆったりしていたため、むかしから、舟の往来が盛んだったと考えられます。(国土交通省HP)

 

 雨が降ったり止んだりで、色が変わるので歌石板と認識できるが、文字ははっきりと読めない。ペットボトルの水でもあれば、克明に見えるだろう。

 歌番号と、部分的な文字で確認はできる。

 これもまた一興である。

 

 

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感想(1件)

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その819)」で、高岡市伏木古国府 伏木気象資料館万葉歌碑(大伴家持)<「越中国守館址」の碑の裏面に歌が刻されている>とともに、紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 上記向かって左の写真後方の建物が高岡市伏木気象資料館(旧伏木測候所)である。

高岡市伏木気象資料館(旧伏木測候所)については、「とやま観光ナビ」に「明治16年に藤井能三らの手によって、わが国初の私立測候所として伏木燈明台の一室に設立されました。その後二度の移転を経て、平成18年3月には、明治期から残る気象観測施設として高い評価を受け、庁舎及び測風塔が登録有形文化財に登録されました。数々の気象観測機器や気象観測が開始されて以来の観測データが残っており、気象観測がどのように行われていたのか紹介しています。」と書かれている。

 

 

 このような歌石板方式のような見せ方というのはあまりないが、三河安城駅北側舗道には、タイル1枚に一文字を刻し、歩道いっぱいに歌を表示している例があった。



 この歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1428~1430)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 このような形のものは、「踏み絵」のようなもので踏むのはためらってしまう。

 

 

 四一五〇歌は、夢うつつのなかで舟歌を聞いている、春ののんびりとしたけだるさをも感じる歌と思っていたが、中西 進氏は、その編著「万葉集の詩性 令和時代の心を読む」(角川新書)のなかで、次のようにするどい見方を示されている。

 「・・・事実は違う。射水川は水勢のはげしい富山の川、それを遡(さかのぼ)るために力をこめて歌う唱歌(しょうか)は、逞しく朝床に伝わってきたはずだ。この鄙(ひな)の力によって、家持は、おそらく都での政争の思惑に疲労したであろう身体の力を、回復できたにちがいない。一首に先立って『遥(はる)かに、江(かは)を泝(さかのぼ)る舟人(ふなびと)の唱(うた)ふを聞ける歌一首』とある。ここに甘美さを見てはいけない。家持は聞こえてきた歌を、わざわざ『唱』と記した。『歌』が文言で書かれた歌を意味するのとは別に、唇のリズムあることばを『唱』と区別して記したのだった。・・・唱は方言をもって綴(つづ)られた現地の労働歌だった。家持がそれを聞いたというだけで、内容は何もわからないが、記録された和歌の周辺に、残響となって鳴りつづけている地方の歌のひびきがあったのだ。」

 

 春、雪解け水、歌でなく「唱」、NHKではないが、「ボーと生きてんじゃねーよ」ってチコちゃんに叱られたような心境である。

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集の詩性 令和時代の心を読む」 中西 進 編著 (角川新書)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「富山観光ナビ」