万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2188)―富山県(4)高岡市<2>―

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高岡市伏木一宮 高岡市万葉歴史館万葉歌碑(巻十七 三九八五)■

高岡市伏木一宮 高岡市万葉歴史館万葉歌碑(大伴家持) 20201105撮影

●歌をみていこう。

 

 題詞は、「二上山賦一首  此山者有射水郡也」<二上山(ふたがみやま)の賦(ふ)一首  この山は射水の郡に有り>である。

 

◆伊美都河泊 伊由伎米具礼流 多麻久之氣 布多我美山者 波流波奈乃 佐家流左加利尓 安吉能葉乃 尓保敝流等伎尓 出立氐 布里佐氣見礼婆 可牟加良夜 曽許婆多敷刀伎 夜麻可良夜 見我保之加良武 須賣可未能 須蘇未乃夜麻能 之夫多尓能 佐吉乃安里蘇尓 阿佐奈藝尓 餘須流之良奈美 由敷奈藝尓 美知久流之保能 伊夜麻之尓 多由流許登奈久 伊尓之敝由 伊麻乃乎都豆尓 可久之許曽 見流比登其等尓 加氣氐之努波米

        (大伴家持 巻十七 三九八五)

 

≪書き下し≫射水川(いみづかは) い行き廻(めぐ)れる 玉櫛笥(たまくしげ) 二上山は 春花(はるはな)の 咲ける盛りに 秋の葉の にほへる時に 出で立ちて 振(ふ)り放(さ)け見れば 神(かむ)からや そこば貴(たふと)き 山からや 見が欲(ほ)しからむ 統(す)め神(かみ)の 裾廻(すそみ)の山の 渋谿(しふたに)の 崎(さき)の荒礒(ありそ)に 朝なぎに 寄する白波(しらなみ) 夕なぎに 満ち来(く)る潮(しほ)の いや増しに 絶ゆることなく いにしへゆ 今のをつつに かくしこそ 見る人ごとに 懸(か)けて偲(しの)はめ

 

(訳)射水川、この川がめぐって流れて行く、玉櫛笥二上山は、春の花の盛りの時にも、秋の葉の色づく時にも、外に出て立って振り仰いで見ると、国つ神の品格のせいであんなにも貴いのであろうか、山そのものの気品のせいで見たくてならないのであろうか。この統べ神二上山の麓(ふもと)の山渋谿(しぶたに)、その崎の荒磯に、朝凪(あさなぎ)の時にしずしずとうち寄せる白波、夕凪(ゆうなぎ)の時にひたひたと満ちてくる潮、その満潮(みちしお)のようにいよいよますます、絶えることとてなく、去(い)にし遠い時代から今の世に至るまで連綿と、こんなにも、見る人の誰も彼もが心に懸けてこの山を賞(め)で続けて行くことであろう。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)賦:中国の韻文の一つ。感じる所をそのままに詠じた韻文。ここでは長歌の意に当てたもの。(伊藤脚注)

(注)射水川:今の小矢部川(伊藤脚注)

(注)たまくしげ【玉櫛笥・玉匣】分類枕詞:くしげを開けることから「あく」に、くしげにはふたがあることから「二(ふた)」「二上山」「二見」に、ふたをして覆うことから「覆ふ」に、身があることから、「三諸(みもろ)・(みむろ)」「三室戸(みむろと)」に、箱であることから「箱」などにかかる。(学研)

(注)かむから【神柄】名詞:神の性格。神の本性。「かみから」とも。 ※多く副詞的に用いられて「神の性格がすぐれているために」の意。(学研)

(注)そこば【若干・許多】副詞:たいそう。たくさん。 ※「ば」は接尾語。(学研)

(注)みがほし【見が欲し】形容詞:見たい。 ※上代語。(学研)

(注)統(す)め神(かみ):二上山をこの地の支配神とみてこう言った。(伊藤脚注)

(注)渋谿(しぶたに):富山県高岡市太田(雨晴)の海岸。(伊藤脚注)

(注)をつつ【現】名詞:今。現在。「をつづ」とも。(学研)

 

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感想(1件)

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その824)」で紹介している。短歌二首も。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

万葉歌碑に関するブログを書く中で「高岡市万葉歴史館HP」に何度アクセスしたことであろうか。教えられ、是非一度は行って見たいと思っていたあこがれの歴史館、その歴史館の前についに、立ったのであった。

玄関の方に歩いていくと、「二上山の賦」の歌碑が、さらに玄関脇には家持と大嬢のブロンズ像が出迎えてくれる。

このような興奮状態は、万葉歌碑巡りのおかげであるといってよいだろう。

 

高岡市万葉歴史館入口家持・大嬢ブロンズ像と歌碑(巻十九  四一三九)■

高岡市万葉歴史館入口家持・大嬢ブロンズ像と歌碑(大伴家持) 20201105撮影

●歌をみていこう。

◆春苑 紅尓保布 桃花 下照道尓 出立▼嬬

大伴家持 巻十九  四一三九)

※▼は、「女」+「感」、「『女』+『感』+嬬」=「をとめ」

 

≪書き下し≫春の園(その)紅(くれなゐ)にほふ桃の花下照(したで)る道に出で立つ娘子(をとめ)

 

(訳)春の園、園一面に紅く照り映えている桃の花、この花の樹の下まで照り輝く道に、つと出で立つ娘子(おとめ)よ。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)この歌は、桃花の咲く月に入ってその盛りを幻想した歌か。春園・桃花・娘子の配置は中国詩の影響らしい。(伊藤脚注)

 

 題詞は、「天平勝宝二年の三月の一日の暮(ゆうへ)に、春苑(しゆんゑん)の桃李(たうり)の花を眺矚(なが)めて作る歌二首」である。

 

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その825)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

高岡市伏木一宮 高岡市万葉歴史館屋上庭園万葉歌碑(巻十七 四〇〇〇)■

高岡市伏木一宮 高岡市万葉歴史館屋上庭園万葉歌碑(大伴家持) 20201105撮影

●歌をみていこう。

 

題詞は、「立山賦一首并短歌  此山者有新河郡也」<立山(たちやま)の賦(ふ)一首幷(あは)せて短歌   この山は新川の郡に有り>である。

(注)立山富山県の東南部に聳える立山連峰越中国府から眺望できる。

(注)新川郡:越中の東半分を占める大郡。

 

◆安麻射可流 比奈尓名可加須 古思能奈可 久奴知許登其等 夜麻波之母 之自尓安礼登毛 加波ゝ之母 佐波尓由氣等毛 須賣加未能 宇之波伎伊麻須 尓比可波能 曽能多知夜麻尓 等許奈都尓 由伎布理之伎弖 於婆勢流 可多加比河波能 伎欲吉瀬尓 安佐欲比其等尓 多都奇利能 於毛比須疑米夜 安里我欲比 伊夜登之能播仁 余増能未母 布利佐氣見都ゝ 余呂豆餘能 可多良比具佐等 伊末太見奴 比等尓母都氣牟 於登能未毛 名能未母伎吉氐 登母之夫流我祢

       (大伴家持 巻十七 四〇〇〇)

 

≪書き下し≫天離(あまざか)る 鄙(ひな)に名(な)懸(か)かす 越(こし)の中(なか) 国内(くぬち)ことごと 山はしも しじにあれども 川はしも 多(さは)に行けども 統神(すめかみ)の うしはきいます 新川(にひかは)の その立山(たちやま)に 常夏(とこなつ)に 雪降り敷(し)きて 帯(お)ばせる 片貝川(かたかひがは)の 清き瀬に 朝夕(あさよひ)ごとに 立つ霧(きり)の 思ひ過ぎめや あり通(がよ)ひ いや年のはに よそのみも 振(ふ)り放(さ)け見つつ 万代(よろづよ)の 語(かた)らひぐさと いまだ見ぬ 人にも告(つ)げむ 音(おと)のみも 名(な)のみも聞きて 羨(とも)しぶるがね

 

(訳)都遠い鄙の中でもとくに御名の聞こえた立山(たちやま)、この越の国の中には国の内至るところ、山はといへば山また山がしじに連なり、川はといえば川まら川がさわに流れているけれども、国の神が支配しておたれる、新川郡(にいかわこおり)のその名も高い立山には、夏も夏のまっ盛りだというのに雪がいっぱい降り積もっており、帯としてめぐらしておられる片貝川の清らかな瀬に、朝夕ごとに立ちこめている霧、その霧のように、この山への思いが消え去るなどということがあろうか。ずっと通い続けて次々と来る年来る年ごとに、遠くからなりとはるか振り仰いで眺めては、万代(よろずよ)の語りぐさとして、まだ見たことのない人にも語り告げよう。噂だけでも名だけでも聞いて羨ましがるように。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)しも [連語]《副助詞「し」+係助詞「も」》名詞、副詞、活用語の連用形および連体形、助詞などに付く。:上の語を特に取り立てて強調する意を表す。それこそ…も。…もまあ。(コトバンク デジタル大辞泉

(注)うしはく【領く】他動詞:支配する。領有する。 ※上代語。(学研)

(注)片貝川立山の北、猫又山に発し、魚津で富山湾に注ぐ川

(注)よそ【余所】名詞:離れた所。別の所。(学研)

(注)ともしぶ【乏しぶ・羨しぶ】自動詞:うらやましく思う。「ともしむ」とも。(学研)

 

 

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 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その826)」で紹介している。

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高岡市万葉歴史館屋上庭園万葉歌碑(巻十九 四一五一)■

高岡市万葉歴史館屋上庭園万葉歌碑(大伴家持) 20201105撮影

●歌をみていこう。

 

題詞は、「三日守大伴宿祢家持之舘宴歌三首」<三日に、守(かみ)大伴宿禰家持が館(たち)にして宴(うたげ)する歌三首>である。

 

◆今日之為等 思標之 足引乃 峯上之櫻 如此開尓家里

       (大伴家持 巻十九 四一五一)

 

≪書き下し≫今日(けふ)のためと思ひて標(し)めしあしひきの峰(を)の上(うえ)の桜かく咲きにけり

 

(訳)今日の宴のためと思って私が特に押さえておいた山の峰の桜、その桜は、こんなに見事に咲きました。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)しるす【標す】他動詞:目印とする。(学研)

 

宴席から桜が見えるのでこのように詠ったのであろう。

 

題詞にある、四一五一から四一五三歌の三首にはすべて「今日(けふ)」が詠み込まれている。

 

この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その827)」で紹介している。他の二首も。

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 高岡市万葉歴史館の四季の庭には、植物に因んだ万葉歌碑(プレート)が立てられている。




 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク デジタル大辞泉

★「高岡市万葉歴史館HP」