万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2552)―

●歌は、「あしひきの八つ峰の椿つらつらに見とも飽かめや植ゑてける君」である。

大阪府柏原市高井田 高井田横穴公園万葉歌碑(プレート)(大伴家持) 20240307撮影

●歌碑(プレート)は、大阪府柏原市高井田 高井田横穴公園にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「三月四日於兵部大丞大原真人今城之宅宴歌一首」<三月の四日に、兵部大丞大原真人今城が宅(いへ)にして宴(うたげ)する歌一首>である。

 

◆安之比奇能 夜都乎乃都婆吉 都良々々尓 美等母安可米也 宇恵弖家流伎美

       (大伴家持 巻二十 四四八一)

 

≪書き下し≫あしひきの八(や)つ峰(を)の椿(つばき)つらつらに見とも飽(あ)かめや植ゑてける君

 

(訳)山の尾根尾根に咲く椿、そのつらなる椿ではないが、つらつらと念入りに拝見してもとても見飽きるものではありません、これを移し植えられたあなたというお方は。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)上二句は序。「つらつらに」を起す。「椿」に今城を言寄せている。(伊藤脚注)

(注)つらつら(に・と)副詞:つくづく。よくよく。▽念を入れて見たり考えたりするようす。(学研)

 

左注は、「右兵部少輔大伴家持属植椿作」<右は、兵部少輔大伴家持、植ゑたる椿に属(つ)けて作る>である。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1995)」で、坂門人足の巻一 五四のつらつら椿とともに紹介している。

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 椿は集中では九首に詠われている。改めて椿の歌を全てつらつらながめてみよう。

 

■五四歌■

◆巨勢山乃 列ゝ椿 都良ゝゝ尓 見乍思奈 許湍乃春野乎

        (坂門人足 巻一 五四)

 

≪書き下し≫巨勢山(こせやま)のつらつら椿(つばき)つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を

 

(訳)巨勢山のつらつら椿、この椿の木をつらつら見ながら偲ぼうではないか。椿花咲く巨勢の春野の、そのありさまを。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)こせやま【巨勢山】:奈良県西部、御所(ごせ)市古瀬付近にある山。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

(注)つらつらつばき 【列列椿】名詞:数多く並んで咲いているつばき。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)しのぶ 【偲ぶ】:①めでる。賞美する。②思い出す。思い起こす。思い慕う。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その441)」で、御所市古瀬の 阿吽寺の歌碑とともに紹介している。

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■五六歌■

題詞は、「或本の歌」である。

 

◆河上乃 列ゝ椿 都良ゝゝ尓 雖見安可受 巨勢能春野者

        (春日蔵首老 巻一 五六)

 

≪書き下し≫川の上(うへ)のつらつら椿(つばき)つらつらに見れども飽(あ)かず巨勢の春野は 

 

(訳)川のほとりに咲くつらつら椿よ、つらつらに見ても見飽きはしない。椿花咲くこの巨勢の春野は。伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)この歌、五四歌の原歌か。(伊藤脚注)

 

左注は、「右一首春日蔵首老」<右の一首は春日蔵首老(かすがのくらびとおゆ)>である。

(注)春日蔵首老:もと僧弁基で、大宝元年(701年)に還俗している。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1022)」で春日蔵首老の歌とともに紹介している。

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■七三歌■

題詞は、「長皇子御歌<長皇子(ながのみこ)御歌>である。

 

◆吾妹子乎 早見濱風 倭有 吾松椿 不吹有勿勤

       (長皇子 巻一 七三)

 

≪書き下し≫我妹子(わぎもこ)を早見(はやみ)浜風(はまかぜ)大和なる我れ松椿(まつつばき)吹かざるなゆめ    

 

(訳)我がいとしき子を早く見たいと思う、その名の早見浜風よ、大和で私を待っている松や椿、そいつを吹き忘れるでないぞ。けっして。(同上)

(注)早見浜風:早見の地を吹く浜風よ。「早見」に早く見たいの意を懸ける。(伊藤脚注)

(注)松:待つ妻の意を懸けている。(伊藤脚注)

 

 

 

■一二六二歌■

◆足病之 山海石榴開 八峯越 鹿待君之 伊波比嬬可聞

       (作者未詳<古歌集> 巻一二六二)

 

≪書き下し>あしひきの山椿(やまつばき)咲く八(や)つ峰(を)越え鹿(しし)待つ君が斎(いは)ひ妻(づま)かも    

 

(訳)山椿の咲く峰々を越えては鹿を狙っているあの方、その帰りをいつまでも待っている斎妻(いわいづま)なのかなあ、私は。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)鹿待つ:鹿を狙う。漁色の譬え。(伊藤脚注)

(注)斎ひ妻かも:猟に出ている夫の無事を祈って、ずっと潔斎して待つ妻なのか。外の女を漁る夫を怨む妻の気持。(伊藤脚注)

 

 

 

■三二二二歌■

◆三諸者 人之守山 本邊者 馬酔木花開 末邊方 椿花開 浦妙山曽 泣兒守山

(作者未詳 巻十三 三二二二)

 

≪書き下し≫みもろは 人の守る山 本辺(もとへ)は 馬酔木(あしび)花咲く 末辺(すゑへ)は 椿花咲く うらぐはし 山ぞ 泣く子守る山 

 

(訳)みもろの山は、人がたいせつに守っている山だ。麓(ふもと)のあたりには、一面に馬酔木の花が咲き、頂のあたりには、一面に椿の花が咲く。まことにあらたかな山だ。泣く子さながらに人がいたわり守、この山は。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)みもろ:神の降臨する所。ここは、明日香村橘寺南東のミハ山らしい。(伊藤脚注)

(注の注)みもろ 【御諸・三諸・御室】:名詞 神が降臨して宿る神聖な所。磐座(いわくら)(=神の御座所)のある山や、森・岩窟(がんくつ)など。特に、「三輪山(みわやま)」にいうこともある。また、神座や神社。「みむろ」とも。

(注)守る山:大切に見守る山だ。(伊藤脚注)

(注)もとへ【本方・本辺】:名詞 ①もとの方。根元のあたり。②山のふもとのあたり。(学研)

(注)すゑへ【末方・末辺】:名詞 ①末の方。先端。②山の頂のあたり。 ※上代語。(学研)

(注)うらぐはし 【うら細し・うら麗し】:形容詞 心にしみて美しい。見ていて気持ちがよい。すばらしく美しい。(学研)

(注)泣く子守る山:「泣く子」は「守る山」を強調する表現。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2416)」で紹介している。

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■四一五二歌■

◆奥山之 八峯乃海石榴 都婆良可尓 今日者久良佐祢 大夫之徒

       (大伴家持 巻十九 四一五二)

 

≪書き下し≫奥山の八(や)つ峰(を)の椿(つばき)つばらかに今日は暮らさねますらをの伴(とも)

 

(訳)奥山のあちこちの峰に咲く椿、その名のようにつばらかに心ゆくまで、今日一日は過ごしてください。お集まりのますらおたちよ。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)上二句は序。「つばらかに」を起す。(伊藤脚注)

(注)やつを【八つ峰】名詞:多くの峰。重なりあった山々。(学研)

(注)つばらかなり 「か」は接尾語>つばらなり【委曲なり】形容動詞:詳しい。十分だ。存分だ。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その827)」で紹介している。

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■四一七七歌■

◆和我勢故等 手携而 暁来者 出立向 暮去者 授放見都追 念暢 見奈疑之山尓 八峯尓波 霞多奈婢伎 谿敝尓波 海石榴花咲 宇良悲 春之過者 霍公鳥 伊也之伎喧奴 獨耳 聞婆不怜毛 君与吾 隔而戀流 利波山 飛超去而 明立者 松之狭枝尓 暮去者 向月而 菖蒲 玉貫麻泥尓 鳴等余米 安寐不令宿 君乎奈夜麻勢

       (大伴家持 巻十九 四一七七)

 

≪書き下し≫我が背子(せこ)と 手携(てたづさ)はりて 明けくれば 出で立ち向ひ 夕されば 振り放(さ)け見つつ 思ひ延(の)べ 見なぎし山に 八(や)つ峰(を)には 霞(かすみ)たなびき 谷辺(たにへ)には 椿(つばき)花咲き うら悲(がな)し 春し過ぐれば ほととぎす いやしき鳴きぬ ひとりのみ 聞けば寂(さぶ)しも 君と我(あ)れと 隔(へだ)てて恋ふる 礪波山(となみやま) 飛び越え行きて 明け立たば 松のさ枝(えだ)に 夕さらば 月に向ひて あやめぐさ 玉貫(ぬ)くまでに 鳴き響(とよ)め 安寐寝(やすいね)しめず 君を悩ませ

 

(訳)いとしいあなたと手を取り合って、夜が明けると外に出で立って面(めん)と向かい、夕方になると遠く振り仰ぎ見ながら、気を晴らし慰めていた山、その山に、峰々には霞がたなびき、谷辺には椿の花が咲き、そして物悲しい春の季節が過ぎると、時鳥がしきりに鳴くようになりました。しかし、たったひとりで聞くのはさびしくてならない。時鳥よ、君と私とのあいだをおし隔てて恋しがらせている、あの礪波山を飛び越えて行って、夜が明けそめたなら庭の松のさ枝に止まり、夕方になったら月に立ち向かって、菖蒲を薬玉(くすだま)に通す五月になるまで、鳴き立てて、安らかな眠りにつかせないようにして、君を悩ませるがよい。(同上)

(注)なぐ【和ぐ】自動詞:①心が穏やかになる。なごむ。②風がやみ海が静まる。波が穏やかになる。(学研)ここでは①の意

(注の注)見なぎし山:見ては心を慰めた山。二上山。(伊藤脚注)

(注)うらがなし【うら悲し】形容詞:何とはなしに悲しい。もの悲しい。 ※「うら」心の意。(学研)

(注)やすい【安寝・安眠】名詞:安らかに眠ること。安眠(あんみん)。 ※「い」は眠りの意。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2216)」で紹介している。

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■四四一八歌■

◆和我可度乃 可多夜麻都婆伎 麻己等奈礼 和我弖布礼奈ゝ 都知尓於知母加毛

        (物部廣足 巻二十 四四一八)

 

 

≪書き下し≫吾が門の片山椿(かたやまつばき)まこと汝(な)れ我が手触(ふ)れなな地(つち)に落ちもかも

 

(訳)おれの家の門口に近くの片山椿よ、本当にお前、お前さんにはおれは手を触れないでいたい。しかしこのままにしておいたのでは、地に落ちてしまうかな。(同上)

(注)上二句は近所に住む「女」の喩え。(伊藤脚注)

(注)かたやま【片山】:一方が崖(がけ)になっている山。一説に、孤立した山。 (weblio辞書 三省堂大辞林第三版)

(注)汝れ我が手触れなな。:お前には私は手を触れないままでいたい。ナナは打消の助動詞ナに願望の助詞ナが接した形。(伊藤脚注)

(注の注)なな 分類連語:…ないで。…(せ)ずに。 ※ 活用語の未然形に接続する。上代の東国方言。

 

左注は、「右一首荏原郡上丁物部廣足」<右の一首は荏原郡(えばらのこほり)の上丁(じゃうちゃう)物部広足(もののべのひろたり)>である。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その365)」で、東京都目黒区めぐろ区民キャンパスの万葉歌碑とともに紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 小学館デジタル大辞泉