万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2416)―

■つばき■

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)(坂門人足) 20230926撮影

●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 題詞は、「大寳元年辛丑秋九月太上天皇幸于紀伊國時歌」<大宝(だいほう)元年辛丑(かのとうし)の秋の九月に、太上天皇(おほきすめらみこと)、紀伊の国(きのくに)に幸(いでま)す時の歌>である。

 左注は「右一首坂門人足」<右の一首は坂門人足(さかとのひとたり)>である。

(注)太上天皇:持統上皇

 

◆巨勢山乃 列ゝ椿 都良ゝゝ尓 見乍思奈 許湍乃春野乎

       (坂門人足 巻一 五四)

 

≪書き下し≫巨勢山(こせやま)のつらつら椿(つばき)つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を

 

(訳)巨勢山のつらつら椿、この椿の木をつらつら見ながら偲ぼうではないか。椿花咲く巨勢の春野の、そのありさまを。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)こせやま【巨勢山】:奈良県西部、御所(ごせ)市古瀬付近にある山。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

(注)つらつらつばき 【列列椿】名詞:数多く並んで咲いているつばき。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)「偲ふ」はここは眼前の物を通して眼前にない物を偲ぶ意。(伊藤脚注)

(注の注)しのぶ 【偲ぶ】:①めでる。賞美する。②思い出す。思い起こす。思い慕う。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その441)」で、奈良県御所市古瀬の阿吽寺の歌碑と共に紹介している。

 ➡ こちら441

 

 

 

 

                                      

 

 紀伊行幸時の五五歌は、ならびに五四歌の原歌とされる五六歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(940)」で紹介している。

 ➡ こちら940

 

 

 

「万葉神事語辞典(國學院大學デジタルミュージアム)」の「つばきの項」にこの歌に関する記述が次のようにあるので一部引用させていただきます。

「・・・万葉集の『つらつら椿』のように『つらつらに』(1-54、56、20-4481)というのは、花が連なり咲く習性を詠んだもので、これらの3首が行幸歌や宴席歌であることから、天皇の治世が永遠であることや宴の場を讃美する表現として用いられる。また『みもろは 人の守る山 本辺は 馬酔木花咲き 末辺は 椿花咲く うらぐはし 山ぞ 泣く子守る山』(13-3222)とも詠まれ、神が降臨して依り付くところに咲く神聖な花として捉えられていたのである。」

 

 神事語辞典にある三二二二歌をみてみよう。

◆三諸者 人之守山 本邊者 馬酔木花開 末邊方 椿花開 浦妙山曽 泣兒守山

(作者未詳 巻十三 三二二二)

 

≪書き下し≫みもろは 人の守る山 本辺(もとへ)は 馬酔木(あしび)花咲く 末辺(すゑへ)は 椿花咲く うらぐはし 山ぞ 泣く子守る山 

 

(訳)みもろの山は、人がたいせつに守っている山だ。麓(ふもと)のあたりには、一面に馬酔木の花が咲き、頂のあたりには、一面に椿の花が咲く。まことにあらたかな山だ。泣く子さながらに人がいたわり守、この山は。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)みもろ:神の降臨する所。ここは、明日香村橘寺南東のミハ山らしい。(伊藤脚注)

(注の注)みもろ 【御諸・三諸・御室】:名詞 神が降臨して宿る神聖な所。磐座(いわくら)(=神の御座所)のある山や、森・岩窟(がんくつ)など。特に、「三輪山(みわやま)」にいうこともある。また、神座や神社。「みむろ」とも。

(注)守る山:大切に見守る山だ。(伊藤脚注)

(注)もとへ【本方・本辺】:名詞 ①もとの方。根元のあたり。②山のふもとのあたり。(学研)

(注)すゑへ【末方・末辺】:名詞 ①末の方。先端。②山の頂のあたり。 ※上代語。(学研)

(注)うらぐはし 【うら細し・うら麗し】:形容詞 心にしみて美しい。見ていて気持ちがよい。すばらしく美しい。(学研)

(注)泣く子守る山:「泣く子」は「守る山」を強調する表現。(伊藤脚注)

 

 この歌については、奈良県高市郡明日香村 飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)の歌碑と共に、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その143)」で紹介している。

 ➡ こちら143

 

 



 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「万葉神事語辞典」 (國學院大學デジタルミュージアム

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 小学館デジタル大辞泉