万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2415)―

■つげ■

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「君なくはなぞ身装はむ櫛笥なる黄楊の小櫛も取らむとも思はず」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)(播磨娘子) 20230926撮影

●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆君無者 奈何身将装餝 匣有 黄楊之小梳毛 将取跡毛不念

        (播磨娘子 巻九 一七七七)

 

≪書き下し≫君なくはなぞ身(み)装(よそ)はむ櫛笥(くしげ)なる黄楊(つげ)の小櫛(をぐし)も取らむとも思はず

 

(訳)あなた様がいらっしゃらなくては、何でこの身を飾りましょうか。櫛笥(くしげ)の中の黄楊(つげ)の小櫛(をぐし)さえ手に取ろうとは思いません。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)くしげ【櫛笥】名詞:櫛箱。櫛などの化粧用具や髪飾りなどを入れておく箱。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)つげのをぐし【黄楊の小櫛】①黄楊の木で作った小櫛。つげぐし。②《「つげ」を「告げ」の意にとって》占いの一種。黄楊の櫛を持ち外へ出て、道祖神を念じ、来る人の言葉によって吉凶を占う。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉)ここでは①の意

 

 題詞は、「石川大夫遷任上京時播磨娘子贈歌二首」<石川大夫(いしかはのまへつきみ)、遷任して京に上(のぼ)る時に、播磨娘子(はりまのをとめ)が贈る歌二首>である。

 

 この歌ならびに一七七六歌については、姫路市本町 日本城郭研究センター前万葉歌碑と共に拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その691)」で紹介している。

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この一七七七歌に関して、中西 進氏は、その著「万葉の心(毎日新聞社)」のなかで、「名さえも伝えられない娘子だが、石川の某という官人が帰京するときに、こうした歌をよんだ。娘子階層のもので櫛を持っているなどというのは上等なことなのだが、その上に黄楊の小櫛という高級品を、娘子は大切に匣に入れて持っていた。せい一杯身を飾るときに、彼女はそのとっておきの櫛で髪をすくのである。石川某が訪れてくる時は、いつもそうであった。ところがもう帰ってしまうと、美しく装う必要はない。黄楊の小櫛も、もはや空しいのである。」と書いておられる。なんといういとおしい歌であろう。

播磨娘子は「遊行女婦」であろうと思われる。その立ち位置から、いつかは男の事情によって別れる日が来るのは判っていつつも、逢瀬をしいっぱい楽しんだのであろう。別れの現実が突き付けた非情さがこの歌にはにじみ出ている。

このような「遊行女婦」の歌には、切なくも、ある種その時が覚悟できていると思われる歌が心を打つ。

拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1721)」で紹介している。

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 「黄楊」を詠った歌六首については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1054)」で紹介している。

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「黄楊の櫛」に関して「なぶんけんブログ」(奈良文化財研究所)の「櫛(くし)の話」に書かれているので一部引用させていただきます。「(前略)櫛は化粧道具で、頭髪を手入れする梳櫛(すきぐし)や解櫛(ときぐし)、飾りとしての挿櫛(さしぐし)などいくつかの用途があります。日本では古く縄文時代以来、骨角製や竹製の竪櫛(たてぐし)がみられ、古墳時代になると、新たな形態の櫛が朝鮮半島から伝来しました。爪形や長方形をした素木の挽歯横櫛(ひきばよこぐし)(写真参照)で、7世紀後半藤原宮の時代ないし8世紀平城宮の時代に定着しました。そして、横櫛の普及は竪櫛をまたたく間に衰退させ、以後の櫛の起源となったのです。・・・平城宮跡からは250枚余りの横櫛が出土しており、実にその9割がイスノキ製です。・・・もうひとつ面白いのはツゲ属の横櫛が20点ほどあることです。黄楊櫛(つげぐし)といえば、現在では高級な伝統工芸品として有名でしょう。ただし、黄楊櫛を詠んだ歌が『万葉集(まんようしゅう)』にあり、斎王の『別れの小櫛』が黄楊製であるように、黄楊櫛は古くから知られていました。素直に理解すれば、奈良時代にはイスノキ製の横櫛が最高級の実用品であり、ツゲ製の横櫛はやや特殊であまり一般的ではなかったのかもしれません。・・・江戸時代には薩摩黄楊櫛が全国的に名を馳せたことも興味深いところです。いずれにせよ、イスノキもツゲも南九州でよく生育する樹木で、緻密で堅く適度な弾力性もあるので、櫛の製作に適しているのです。樹木への造詣の深さが伝わってきます。・・・」

「なぶんけんブログ」(奈良文化財研究所)の「櫛(くし)の話」より引用させていただきました。

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 小学館デジタル大辞泉

★「なぶんけんブログ」 (奈良文化財研究所)