万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1049、1050)―奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(9、10)―万葉集 巻一 五四、巻七 一三三八

―その1049―

●歌は、「巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を」である。

 

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奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(9)万葉歌碑<プレート>(坂門人足

●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(9)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆巨勢山乃 列ゝ椿 都良ゝゝ尓 見乍思奈 許湍乃春野乎

                (坂門人足 巻一 五四)

 

≪書き下し≫巨勢山(こせやま)のつらつら椿(つばき)つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を

 

(訳)巨勢山のつらつら椿、この椿の木をつらつら見ながら偲ぼうではないか。椿花咲く巨勢の春野の、そのありさまを。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)こせやま【巨勢山】:奈良県西部、御所(ごせ)市古瀬付近にある山。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

(注)つらつらつばき 【列列椿】名詞:数多く並んで咲いているつばき。

(注)しのぶ 【偲ぶ】:①めでる。賞美する。②思い出す。思い起こす。思い慕う。

 

 題詞は、「大寳元年辛丑秋九月太上天皇幸于紀伊國時歌」<大宝(だいほう)元年辛丑(かのとうし)の秋の九月に、太上天皇(おほきすめらみこと)、紀伊の国(きのくに)に幸(いでま)す時の歌>である。

(注)太上天皇:持統上皇

 

 左注は「右一首坂門人足」<右の一首は坂門人足(さかとのひとたり)>である。

 

  「ツバキ」の名の由来については、春日大社の植物解説板によると、「『厚葉(アツバ)の木』また『艶葉(ツヤバ)の木』から由来するといわれ、葉は濃い緑で常緑を保つ」と書かれている。

 また、五四歌の「巨勢(コセ)」は、現在の奈良県御所市古瀬(コセ)あたりを意味していると書かれている。

 

この歌については、2020年2月26日に御所市古瀬の阿吽寺(巨勢寺の子院)を訪れたブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その441)」で紹介している。

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 阿吽寺は、この地に椿が多いことから山号を「玉椿山」という。

 

 

 

―その1050―

●歌は、「  我がやどに生ふるつちはり心ゆも思はぬ人の衣に摺らゆな」である。

 

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奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(10)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(10)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆吾屋前尓 生土針 従心毛 不思人之 衣尓須良由奈

               (作者未詳 巻七 一三三八)

 

≪書き下し≫我(わ)がやどに生(お)ふるつちはり心ゆも思はぬ人の衣に摺らゆな

 

(訳)我が家の庭に生えているつちはりよ、お前は、心底お前を思ってくれぬ人の衣(きぬ)に摺られるなよ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)ゆ 格助詞 《接続》:体言、活用語の連体形に付く。〔起点〕…から。…以来。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)つちはり【土針】植物の名。メハジキとも、ツクバネソウとも、エンレイソウともいわれる。諸説があるが、メハジキが有力。シソ科の越年草。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

 

つちはりを自分の娘に喩え、「心ゆも思はぬ人」と結ばれることがないようにと、戒める親の気持ちを歌っている。

 

 この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その342)」で紹介している。

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 つちはりは、漢方の世界では、葉や茎を干し煎じて飲むと、めまい、腹痛、産前産後の婦人病に効くので「益母草(やくもそう)」と呼ばれている。

 

 養命酒製造株式会社のHPに「ヤクモソウの効果と効能」について次のように書かれている。「ヤクモソウは、お血(血流障害)を除いて血行を促す、月経を整える、利尿して水腫を除くなどの作用がある婦人薬です。浄血・新陳代謝・補精の薬として、婦人の産前産後や血の道といわれる症状に用いられます。中国では、ヤクモソウの種子をジュウイシと呼び、ヤクモソウと同様に血流改善効果を期待して、不正出血・月経過多などに用いられます。目の症状にも効果があり、視野を明るくするといわれています。

ヤクモソウには、ルチンや結晶性アルカロイドのレオヌリンなどの有効成分が含まれているため、腎臓炎によるむくみにも効果のあることが実証されています。熱に弱いヤクモソウの場合、煎じるのではなく薬酒にして取るのが効果的です。」

 さらに「ヤクモソウこぼれ話」として「ヤクモソウの名の由来は、婦人の病気に優れた効力があるからとされています。欧米でも、Mother wort(母の草)と呼んでいます。古書に『ヤクモソウを久しく服すれば子をもうけしめる』と記載されているように、子宝の薬草としても利用されてきました。ヤクモソウはメハジキの地上部のことで、茎をまぶたに挟んで遠くに飛ばす『目弾き』遊びから名付けられました。学名の『Leonurus』は、ギリシャ語の『ライオンの尾』が由来です。長い花穂がライオンの尾に見えるためと伝えられています。

西洋でも、古くはローマ時代からヤクモソウの仲間は重要な薬でした。心臓によいハーブとされ、『心臓の暗い気を取り去り、楽しく快活で陽気にするためにはこれ以上優れたハーブはない』と、ハーブ療法の古書にも記載されています。」

 

洋の東西を問わず、薬効に注目されていたことに驚かされる。

梅花の歌三十二首の歌い手にも「薬師張氏福子(くすりしちやうじのふくじ)」、「薬師高氏義通(くすりしかうじのよしみち)」の名がある。

 植物からの薬効を見定める試行錯誤を考えると、万葉の時代からのデータの蓄積が今日まで脈々と活かされてきていると考えると何と表現したらよいのかわからない。有り難いことである。

 

一三三八歌の作者も、薬効を知っていて、庭に植えていたのだろうか。大切に育てていたことには違いはない。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「養命酒製造株式会社HP」

★「春日大社神苑萬葉植物園植物解説板