万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1140)―奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(100)―万葉集 巻四 四九六

●歌は、「み熊野の浦の浜木綿百重なす心は思へど直に逢はぬかも」である。

 

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奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(100)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂

●歌碑は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(100)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

題詞は、「柿本朝臣人麻呂歌四首」<柿本朝臣人麻呂が歌四首>である。

 

◆三熊野之 浦乃濱木綿 百重成 心者雖念 直不相鴨

               (柿本人麻呂 巻四 四九六)

 

≪書き下し≫み熊野の浦の浜木綿(はまゆふ)百重(ももへ)なす心は思(も)へど直(ただ)に逢はぬかも

 

(訳)み熊野(くまの)の浦べの浜木綿(はまゆう)の葉が幾重にも重なっているように、心にはあなたのことを幾重にも思っているけれど、じかには逢うことができません。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)み熊野:紀伊半島南部一帯

(注)はまゆふ【浜木綿】名詞:浜辺に生える草の名。はまおもとの別名。歌では、葉が幾重にも重なることから「百重(ももへ)」「幾重(いくかさ)ね」などを導く序詞(じよことば)を構成し、また、幾重もの葉が茎を包み隠していることから、幾重にも隔てるもののたとえともされる。よく、熊野(くまの)の景物として詠み込まれる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)上三句は「心は思へど」の譬喩

 

 この歌を含む「柿本朝臣人麻呂歌四首」についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その674)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

「浜木綿」を詠んだ歌は、万葉集ではこの一首のみである

 

 春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板によると、「『はまゆふ(浜木綿)』は海岸の砂地などに生える大型の常緑多年草で、葉がユリ科の『万年青(オモト)』に似ているので『浜万年青(ハマオモト)』とも呼ばれる。株が太くてたくましく、葉も肉が厚く、幾重にも重なり浜の強い潮風にも耐える。(中略)別の植物の『木綿(モメン)』のことを『木綿(ユウ)』とも呼ぶが、『浜木綿(ハマユウ)』の名の由来は、花が神に祈るときに使う『木綿(モメン)』の幣(ヌサ)に似ている事からこの名が付いたといわれる、(後略)」と書かれている。

 

 

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ハマユウ 「おおいたデジタルアーカイブ」(大分県HP)より引用させていただきました。」



 

 

 春日大社神苑萬葉植物園の歌碑(プレート)の紹介も今回で100回目となる。

 コロナ禍であるので、万葉歌碑巡りもままならない状況が続いている。ほとんどの歌は、これまでに巡った分と重複しているが、歌碑(プレート)にちなんだ事柄に関して書き続けている。

 4月27日に同園の歌碑(プレート)を撮影したのは145首であるから、ある意味手持ちの歌碑の在庫は2か月を切ったわけである。

 在庫がある間になんとか収束の方向性が見えてくれたらと祈るのみである。

 

 先日インスタグラムに、「平城京歴史公園」発の、「園内の中央区朝堂院南側オギの根元に、ナンバンキセルが咲いている」との投稿があった。

 8月19日も朝から雨である。ここ一週間連日の雨である。降る時は中途半端ではない。各地で川の氾濫などのニュースが流れている。午後に一旦雨が上がった。予報では1時間くらいしたらまた雨の予想となっている。

 今しかないと車を走らせる。20分ほどで到着。しかし、コロナ禍の影響で駐車場は閉鎖されていた。引き返し西大寺駅近辺の駐車場に車を留め歩くことに。歩きでの園内アプローチはOKである。

 

 時折、雨がぱらつく。平城宮跡資料館前を南下し朱雀門を目指す。オギやススキの根元に寄生するのでオギの群生しているあたりの根元を探しながら歩く。

 根元にチョコリンと可憐に咲いているイメージを描きながら探し回る。なかなか見つからない。紅の裳裾が濡れると言えば、色っぽいが、ズボンの裾も靴もびしょ濡れである。

 漸く、朱雀門近くのオギの根元からすこし歩道寄りに数本固まっている花やつぼみを見つける。オギの根元の林立した茎と茎のなかにチョコリンというイメージではなかった。花も思っていたよりは大きめであった。

 歌のように、「道の辺」、「尾花が下」(ここではオギであるが)のロケーション、「今さらさらに何をか思はむ」可憐ななかにしっかりとした自己主張。まさに、これぞ「思ひ草」である。

 

 万葉名「思ひ草」現在名「ナンバンキセル」についての歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その324)」でさらっと紹介しているが、「同(その677)」では、「萩や梅といった名前でなく、『思ひ草』などのように、その知名度が低い場合、どのようにして実際の植物を突き止めていったのであろうかとふと思ってしまう。感覚だけで歌として受け入れているのであろうかとも。」と書いている。機会があればこの花を是非見てみたいと強く思ったのである。

万葉集の口誦から記録へと同様、植物の名の伝播も考えてみれば、大事業みたいなことである。

 

歌をみてみよう。

 

◆道邊之 乎花我下之 思草 今更尓 何物可将念

              (作者未詳 巻十 二二七〇)

 

≪書き下し≫道の辺(へ)の尾花(をばな)が下(した)の思(おも)ひ草(ぐさ)今さらさらに何をか思はむ

 

(訳)道のほとりに茂る尾花の下蔭の思い草、その草のように、今さらうちしおれて何を一人思いわずらったりするものか。((伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)思ひ草:すすきの根元に寄生するナンバンギセルのこと。チガヤ、ミョウガ、サトウキビなどにも寄生する。

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その677)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

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「思ひ草」の花(20210819撮影)

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「ナンバンキセル」(平城宮跡公園)

 

 春日大社神苑萬葉植物園シリーズ100回目として、ふさわしいネタと一人で満足しているのである。

 

 

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「思ひ草のつぼみ」

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板」

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」