万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1084)―奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(44)―万葉集 巻七 一三一一

●歌は、「橡の衣は人皆事なしと言ひし時より着欲しく思ほゆ」である。

 

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奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(44)万葉歌碑<プレート>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(44)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆橡 衣人皆 事無跡 日師時従 欲服所念

                                   (作者未詳 巻七 一三一一)

 

≪書き下し≫橡(つるはみ)の衣(きぬ)は人(ひと)皆(みな)事なしと言ひし時より着欲(きほ)しく思ほゆ

 

(訳)橡染(つるばみぞ)めの着物は、世間の人の誰にも無難に着こなせるというのを聞いてからというもの、ぜひ着てみたいと思っている。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)つるばみ【橡】名詞:①くぬぎの実。「どんぐり」の古名。②染め色の一つ。①のかさを煮た汁で染めた、濃いねずみ色。上代には身分の低い者の衣服の色として、中古には四位以上の「袍(はう)」の色や喪服の色として用いた。 ※古くは「つるはみ」。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)ことなし【事無し】形容詞:①平穏無事である。何事もない。②心配なことがない。③取り立ててすることがない。たいした用事もない。④たやすい。容易だ。⑤非難すべき点がない。欠点がない。(学研) ここでは④の意 ➡「男女間のわずらわしさがない」の譬え

 

 「橡の衣」を身分の低い女性に喩え、身分違いのそのような気安い(着やすい)女性を妻にしたいと考えている男の歌である。日頃の思いと逆に逃避した心境であろうか。

 

 春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板によると、「『つるはみ・つるばみ』は山林に多い落葉高木の「櫟(クヌギ)【椚・橡】」のことで、葉の形が細長くてクリに似ている。クヌギの名の由来は、国中が大切にする国木(クニギ)の意味だという。(中略)クヌギの実、すなわち『どんぐり』を包む『殻斗(カクト)』の煎じ汁で染めた庶民の布を『橡(ツルハミ)染め』と言い、色は鉄焙煎(テツバイセン)による紺黒色や黒ねずみ色で『橡(ツルバミ)色』とか『鈍(ニビ)色』と呼ばれている。」と書かれている。

 

 「橡」は万葉集では六首収録されている。この歌ならびに全六首はブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その597)」で紹介している。

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「橡染め」とあるが、染め物の技術を詠み込んだ海石榴市の歌垣の歌碑が春日大社神苑萬葉植物園にある。歌をみてみよう。

 

◆紫者 灰指物曽 海石榴市之 八十衢尓 相兒哉誰

                  (作者未詳 巻十二 三一〇一)

 

≪書き下し≫紫(むらさき)は灰(はい)さすものぞ海石榴市(つばいちの)の八十(やそ)の衢(ちまた)に逢(あ)へる子や誰(た)れ

 

(訳)紫染めには椿の灰を加えるもの。その海石榴市の八十の衢(ちまた)で出逢った子、あなたはいったいどこの誰ですか。(伊藤 博著「万葉集 三」角川ソフィア文庫より)

(注)上二句は掛詞の序。「海石榴市」を起こす。紫染めには媒染剤に椿の灰を使う。

 (注)ちまた【巷・岐・衢】名詞:①道の分岐点。分かれ道。辻(つじ)。②町中の道。街路。③所。場所。 ※「道股(ちまた)」の意。(学研)

 

 「問答歌」であり、この歌と次の歌がセットになっている。

 

◆足千根乃 母之召名乎 雖白 路行人乎 孰跡知而可

                  (作者未詳 巻十二 三一〇二)

 

≪書き下し≫たらちねの母が呼ぶ名を申(まを)さめど道行く人を誰と知りてか

 

(訳)母さんの呼ぶたいせつな私の名を申してよいのだけれど、道の行きずりに出逢ったお方を、どこのどなたと知って申し上げたらよいのでしょうか。(同上)

 

 美しい「紫色」は、椿の灰汁をさしてこそ出来上がる。女も男と触れて美しくなれるのでですよ、お逢いできたあなたはどなたですか、と女を誘っているのである。染め物の技術を知った巧みな歌である。女の方もその意味が分かっているのであろう。女の方も、その気になって、「母が呼ぶ名」を答えたい(結婚承諾の意向が強い)が、男の名がわからない、と男に名を名乗ることを求めている。男が先に名乗るのがルールになっている。

 万葉集の巻一の巻頭歌で雄略天皇が、「菜摘ます子」に結婚を申し込むにあたり「我こそば告(の)らめ家をも名をも(私の方から先にうち明けようか、家も名も)」と詠っているがルール通りである。

 

 口説き文句もハイレベルで、相手も理解ができて紫に変わる意向を表に出している驚くべき歌である。

 

 桜井市金屋地区は、山辺の道と大和川、すなわち陸路と水路の交わる場所で古くから交通の要所であり歌垣も行われていた。海石榴市の名を遺す「海石榴市観音堂」がある。

この歌については、二年前に「海石榴市観音堂」ならびに「春日大社神苑萬葉植物園」を訪れた時のブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その59改、60改)」で紹介している。(初期のブログであるのでタイトル写真には朝食の写真が掲載されていますが、「改」では、朝食の写真ならびに関連記事を削除し、一部改訂しております。ご容赦下さい。)

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万葉集で詠われた「染め」、「色」、「顔料」などに関した歌についていくつかは、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その952)」で紹介している。

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 雄略天皇の巻頭歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その95改)」で紹介している。(初期のブログであるのでタイトル写真には朝食の写真が掲載されていますが、「改」では、朝食の写真ならびに関連記事を削除し、一部改訂いたしております。ご容赦下さい。)

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  あの広い春日大社神苑萬葉植物園に、陶板の歌碑(プレート)は数多くあれど、歌碑らしい歌碑は「三一〇一、三一〇二歌の歌碑」一基である。これが建てられているのは、歌垣の歌は民謡に近いもので、「口誦時代」の歌である。いわば万葉集の原点ともいえるからであろう。しかも染め物技術に関する、植物と人の生活に関わりが深い、しかも男と女の出逢いの歌という人の営みが歌いこまれた歌だからという理由かもしれない。

 

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春日大社神苑萬葉植物園万葉歌碑(作者未詳)

 二年前のブログを今読み返すと、歌碑ありきで、歌の解説をしている感じがする。万葉歌碑ならびに万葉植物にふれ万葉の世界に徐々に染め上げられているように思える。

 いい色に染めあがるように歌碑に触れていきたいものである。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「古代の恋愛生活 万葉集の恋歌を読む」 古橋信孝 著 (NHKブックス

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板」

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」