万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1085)―奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(45)―万葉集 巻二 九四

●歌は、「玉櫛笥みもろの山のさな葛さ寝ずはつひに有りかつましじ」である。

 

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奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(45)万葉歌碑<プレート>(藤原鎌足

●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(45)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

◆玉匣 将見圓山乃 狭名葛 佐不寐者遂尓 有勝麻之自  或本歌日玉匣三室戸山乃

               (藤原鎌足 巻二 九四)

 

≪書き下し≫玉櫛笥(たまくしげ)みもろの山のさな葛(かづら)さ寝(ね)ずはつひに有りかつましじ  或る本の歌には「たまくしげ三室戸山の」といふ

 

(訳)あんたはそんなにおっしゃるけれど、玉櫛の蓋(ふた)ならぬ実(み)という、みもろの山のさな葛(かずら)、そのさ寝ずは―共寝をしないでなんかいて―よろしいのですか、そんなことをしたらとても生きてはいられないでしょう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)たまくしげ【玉櫛笥・玉匣】名詞:櫛(くし)などの化粧道具を入れる美しい箱。 ※「たま」は接頭語。歌語。

(注)たまくしげ【玉櫛笥・玉匣】分類枕詞:くしげを開けることから「あく」に、くしげにはふたがあることから「二(ふた)」「二上山」「二見」に、ふたをして覆うことから「覆ふ」に、身があることから、「三諸(みもろ)・(みむろ)」「三室戸(みむろと)」に、箱であることから「箱」などにかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 (注)さねかづら【真葛】名詞:つる性の木の名。びなんかずら ※古くは「さなかづら」とも。(学研)

(注)かつましじ 分類連語:…えないだろう。…できそうにない。 ※上代語。 ⇒ なりたち 可能の補助動詞「かつ」の終止形+打消推量の助動詞「ましじ」(学研)

 

 九四歌の題詞は、「内大臣藤原卿報贈鏡王女歌一首」<内大臣藤原卿、鏡王女に報(こた)へ贈る歌一首>である。

 

 鏡王女から藤原鎌足に贈った歌に報(こた)えた歌である、鏡王女の歌(九三歌)もみてみよう。

 

 九三歌の題詞は、「内大臣藤原卿娉鏡王女時鏡王女贈内大臣歌一首」<内大臣藤原卿(うちのおほまへつきみふぢはらのまへつきみ)、鏡王女を娉(つまど)ふ時に、鏡王女が内大臣に贈る歌一首>である。

(注)つまどふ【妻問ふ】自動詞:「妻問(つまど)ひ」をする。

 

 ◆玉匣 覆乎安美 開而行者 君名者雖有 吾名之惜裳

               (鏡王女 巻二 九三)

 

≪書き下し≫玉櫛笥(たまくしげ)覆(おほ)ひを易(やす)み明けていなば君が名はあれど我(わ)が名し惜しも

 

(訳)玉櫛笥の覆いではないが、二人の仲を覆い隠すなんてわけないと、夜が明けきってから堂々とお帰りになっては、あなたの浮名が立つのはともかく、私の名が立つのが口惜しうございます。(同上)

(注)玉櫛笥:ここでは「覆ひ」の枕詞になっている。

(注)-み 接尾語:①〔形容詞の語幹、および助動詞「べし」「ましじ」の語幹相当の部分に付いて〕(…が)…なので。(…が)…だから。▽原因・理由を表す。多く、上に「名詞+を」を伴うが、「を」がない場合もある。②〔形容詞の語幹に付いて〕…と(思う)。▽下に動詞「思ふ」「す」を続けて、その内容を表す。③〔形容詞の語幹に付いて〕その状態を表す名詞を作る。④〔動詞および助動詞「ず」の連用形に付いて〕…たり…たり。▽「…み…み」の形で、その動作が交互に繰り返される意を表す。(学研)

 

 春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板によると、「『さなかずら』は『さねかずら』とも呼ばれ、山地に自生する雌雄異株のつる性の常緑木でる。実(ミ)のことを『サネ』と言うが、秋に熟す『サネ』の美しい蔓木(ツルボク)という意味から付いた名でる。現在は『実葛』と書き『サネカズラ』と呼ぶ人が多く、万葉集には両方の名で登場する。(中略)『実葛(サネカズラ)』が別名『美男葛(ビナンカズラ)』と呼ばれるのは、小枝をぬるま湯に一夜浸し、樹皮に含まれたトロリとした粘液を整髪料(ポマード)に使ったことからで、髪がカチカチに固まり効果が強い。」と書かれている。

 

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さなかずら・さねかずら(野田市HPより引用させていただきました)

 

 この九四歌を含む九一から九五歌の五歌は、同じ時のものではないが、「天智天皇と鏡王女」(九一、九二歌)、「鏡王女と藤原鎌足」(九三,九四歌)、「藤原鎌足采女」(九五歌)として一つの宮廷ロマンスの流れをまとめたものである、と伊藤 博氏は、その著「萬葉相聞の世界」(塙書房)の中で述べられている。

 

  九一から九五歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その328)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 「さなかずら・さねかずら」を詠んだ歌は、万葉集では十首収録されている。こちらはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その731)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 鏡王女の歌は五首(九二、九三、四八九、一四一九、一六〇七歌)収録されている。ただし、四八九歌と一六〇七歌は重複収録となっている。これらについては、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その189)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「萬葉集相聞の世界」 伊藤 博 著 (塙書房

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「春日大社神苑萬葉植物園・植物説明板」

★「野田市HP]