万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1101)―奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(61)―万葉集 巻一 一〇二

●歌は、「玉葛花のみ咲きてならずあるは誰が恋にあらめ我は恋ひ思ふを」である。

 

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奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(61)万葉歌碑<プレート>(巨勢郎女)

●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(61)にある。

 

●歌をみてみよう。

 

題詞は、「巨勢郎女報贈歌一首  即近江朝大納言巨勢人卿之女也」<巨勢郎女、報(こた)へ贈る歌一首  すなはち近江の朝の大納言巨勢人(こせのひと)卿が女(むすめ)なり>である。

 

◆玉葛 花耳開而 不成有者 誰戀尓有目 吾孤悲念乎

               (巨勢郎女 巻一 一〇二)

 

≪書き下し≫玉葛花のみ咲きてならずあるは誰が恋にあらめ我(あ)は恋ひ思(も)ふを

 

(訳)玉葛で花だけ咲いて実がならない、そんな実のない恋はどこのどなたさんのものなんでしょう。私の方はひたすら恋い慕うておりますのに。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)たまかづら【玉葛・玉蔓】名詞:つたなど、つる草の美称。 ※「たま」は接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典) 実のならない雄木を匂わしている。

(注の注)たまかづら【玉葛・玉蔓】分類枕詞:つる草のつるが、切れずに長く延びることから、「遠長く」「絶えず」「絶ゆ」に、また、つる草の花・実から、「花」「実」などにかかる。(学研)

(注)ならず:誠意のないことの譬え。

 

 この歌は、巨勢郎女が、大伴宿祢安麻呂に報(こた)へ贈る歌である。安麻呂の歌もみてみよう。

 

題詞は、「大伴宿祢娉巨勢郎女時歌一首  大伴宿祢諱曰安麻呂也難波朝右大臣大紫大伴長徳卿之第六子平城朝任大納言兼大将軍薨也」<大伴宿禰、巨勢郎女(こせのいらつめ)を娉(つまど)ふ時の歌一首  大伴宿禰、諱(いみな)を安麻呂といふ。難波の朝の右大臣大紫大伴長徳卿が第六子、平城の朝に大納言兼大将軍に任けらえて薨ず>である。

(注)大伴宿祢:ここは、大伴旅人の父、大伴安麻呂のこと

(注)巨勢郎女:近江朝の大納言巨勢臣人の娘。

(注)いみな【諱・謚・諡】名詞:①(貴人の生前の)実名。②死後に贈る称号。(学研)ここでは①の意

(注)難波朝:孝徳朝(645~654年)

(注)大紫:大化の冠位。後の正三位相当。

 

 

◆玉葛 實不成樹尓波 千磐破 神曽著常云 不成樹別尓

               (大伴安麻呂 巻二 一〇一)

 

≪書き下し≫玉(たま)葛(かづら)実(み)ならぬ木にはちはやぶる神(かみ)ぞつくといふならぬ木ごとに

 

(訳)玉葛の雄木(おぎ)ではないが、実のならぬ木には恐ろしい神が依(よ)り憑(つ)いていると言いますよ。実のならぬ木にはどの木も。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)たまかづら【玉葛・玉蔓】>さなかづらのこと

(注の注)さねかづら【真葛/実葛】[名]:モクレン科の蔓性(つるせい)の常緑低木。暖地の山野に自生。葉は楕円形で先がとがり、つやがある。雌雄異株で、夏、黄白色の花をつけ、実は熟すと赤くなる。樹液で髪を整えたので、美男葛(びなんかずら)ともいう。さなかずら。《季 秋》(コトバンク デジタル大辞泉

 

 この二首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その900)」で紹介している。

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 春日大社神苑萬葉植物園の歌碑(プレート)にはほとんどと言ってもよいほどに設置されている植物解説板がなく、「スイカズラ」とプレートに書かれており、後方に「すいかずら(にんどう)」が植えられている。「スイカズラ」を検索したが、雌雄異株ではないようである。

 歌の内容にそった「さなかずら」と考えたい。

 「さなかずら」についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1085)」で紹介している。

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 7月15日の明け方、凄まじい雷鳴がとどろく。さすがに目が覚める。外が一瞬、光ったかと思った次の瞬間、ドドーン、バリッ! そして停電。

間もなく通電再開となるが、雷鳴は続く。家の前の道路は、浅瀬の川面の如く雨水が流れている。

 1時間ほど経つと、嘘の様に青空が。

 

コロナ禍であるので、万葉歌碑巡りもままならない。インスタなどで万葉歌碑がアップされているのを見ると、無性に行きたくなる。もう少しの辛抱であるが。

 

 すっかり晴れたので、西大寺に買い物にでかける。いつものパターンであるが、商業施設の1階で、買い物組と別れ、独り西大寺に向かう。西大寺の万葉歌碑は何度もみているが、それでも行って眺めて見たいと思う。

近鉄西大寺の駅も様変わり、南側に立派なロータリーが完成している。

 

東門の西大寺の銘板も新しくなっている。

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西大寺東門

境内に入り、石畳の感覚を味わいながら本堂へ、東塔址を左手に、鐘楼へ。歌碑は鐘楼の右手横にある。

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鐘楼

本堂や東塔址の随所に大きな蓮鉢が飾られていて、蓮の花と実が楽しめる。

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蓮の実と本堂

歌碑の今日の表情を写す

 

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今日の歌碑の表情

 

歌は、「この里は継ぎて霜や置く夏の野に 我が見し草はもみちたりけり(孝謙天皇 巻十九 四二六八)」である。

この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その35改)」で紹介している。(初期のブログであるのでタイトル写真には朝食の写真が掲載されていますが、「改」では、朝食の写真ならびに関連記事を削除し、一部改訂しております。ご容赦ください、)

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家に帰る途中、プチぶらり歌碑めぐりと洒落込む。

インスタで投稿されていた歌碑が刺激となる。JR平城山駅の歌碑をめざす。前回おとずれたのは、平成31年3月24日である。

前回、後から写真を見て、駅らしく、電車と一緒に写せばよかったと思ったので、今回は電車がホームに入って来るのを待った。

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歌碑とJR京都行普通電車


 

 

◆佐保過而 寧樂乃手祭尓 置幣者 妹乎目不離 相見染跡衣

                   (長屋王 巻三 三〇〇)

 

≪書き下し≫佐保(さほ)過ぎて奈良の手向(たむ)けに置く幣(ぬさ)は妹(いも)を目離(めか)れず相見(あひみ)しめとぞ

 

(訳)佐保を通り過ぎて奈良山の手向けの神に奉る幣は、あの子に絶えず逢わせたまえという願いからなのです。

(注)佐保:奈良市法蓮町・法華寺町一帯

(注)ぬさ【幣】名詞:神に祈るときの捧(ささ)げ物。古くは麻・木綿(ゆう)などをそのまま用いたが、のちには織った布や紙などを用い、多く串(くし)につけた。また、旅には、紙または絹布を細かに切ったものを「幣袋(ぬさぶくろ)」に入れて携え、道中の「道祖神(だうそじん)」に奉った。(学研)

 

 この歌の題詞は、「長屋王駐馬寧楽山作歌二首」<長屋王(ながやのおほきみ)、馬を奈良山に駐(と)めて作る歌二首>である。

 

この歌ならびに長屋王の歌五首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その31改)で紹介している。(こちらも、初期のブログであるのでタイトル写真には朝食の写真が掲載されていますが、「改」では、朝食の写真ならびに関連記事を削除し、一部改訂しております。ご容赦下さい。)

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歌の訓読碑


 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク デジタル大辞泉