万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1090)―奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(50)―万葉集 巻七 一一五六

●歌は、「住吉の遠里小野の真榛もち摺れる衣の盛り過ぎゆく」である。

 

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奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(50)万葉歌碑<ぷれーと>(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(50)にある。


 

●歌をみていこう。

 

◆住吉之 遠里小野之 真榛以 須礼流衣乃 盛過去

               (作者未詳 巻七 一一五六)

 

≪書き下し≫住吉(すみのえ)の遠里小野(とほさとをの)の真榛(まはり)もち摺(す)れる衣(ころも)の盛(さか)り過ぎゆく

 

(訳)住吉の遠里小野の榛(はんのき)で摺染(すりぞ)めにした衣、その衣の色がしだいに褪(あ)せてゆく。ああ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)遠里小野:書き下しでは、「とほりをの」となっているが、大阪市住吉区には「遠里小野」という地名があり、「おりおの」と読む。

(注)ま-【真】接頭語:〔名詞・動詞・形容詞・形容動詞・副詞などに付いて〕①完全・真実・正確・純粋などの意を表す。「ま盛り」「ま幸(さき)く」「まさやか」「ま白し」。②りっぱである、美しい、などの意を表す。「ま木」「ま玉」「ま弓」(学研)

 

 万葉集には「榛(はんのき)」を詠んだ歌は十三首収録されている。この歌を含めすべてをブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その794-3)」で紹介している。

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春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板によると、「『はり(榛)』は幹が直立し、高木では20メートル程にもなる水田近くの湿地などを好む落葉高木の『ハンノキ』にことである。(中略)実と樹皮は多量のタンニンを含み、染料に用いられた。

 ハリを詠んだ万葉集歌中の十四首の内、八首が『摺り染め(スリゾメ)』を詠ったもので大切にされた木である。

 『摺り染め(スリゾメ)』は今では友禅(ユウゼン)の『型摺り染め(カタスリゾメ)』が有名だが、上代の『摺り染め(スリゾメ)』の方法は、型などは使用せず、葉や花を直接布に摺り付けて染めた物で、いわば『移染(ウツシゾメ)』の一種であったようだ。」と書かれている。

 

 

万葉集で詠われた「染め」、「色」、「顔料」などに関した歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その952)」で紹介している。

 

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 7月3日、朝方まで雨が降っていたが、予報では午前中は曇り予報に変わっている。西大寺のデパートへの買い物ついでに平城宮跡ぶらり歩きをした。

 インスタグラムの投稿で復元整備工事の側面シートが撤去され、鉄骨の間から復元された「第一次大極殿院 南門」の姿が見られるとあったので、みてみたいと思ったからである。

 折り畳みの傘をバッグに入れ、買い物組と別れて平城宮跡へ。

 

 平城宮跡資料館前から大極殿方面に。右手前方に鉄骨で被われた南門が見えてくる。はやる心をおさえ、天雲の立ちこめた大極殿をカメラに収める。

 

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雨雲の大極殿

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鉄骨を通して見える南門

 聖武天皇「彷徨の五年」のなかで、恭仁京に建てられた大極殿は、ここ平城京から移築したのである。多分木津川の水路を利用したと考られるが、奈良万葉の時代のパワーに改めて感慨深く大極殿を見つめた。

 恭仁京大極殿址についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その182)」で紹介している。

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 工事現場には意外と近くまで行けるので、鉄骨に囲われているとはいえ、それなりの姿をカメラに収めることができた。

 

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姿を見せた南門

 

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鉄骨のなかの南門


 

 平城宮跡から、若草山三笠山)、春日山高円山をじっくり見てみた。

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若草山三笠山)、春日山高円山遠望

三笠山写真の右端の山の中腹にえぐれた感じの所が見えるが、あれが奈良大文字送り火の大文字火床である。

 

 奈良奥山ドライブウェイ(高円コース)頂上展望所には、家持の歌碑がある。

歌をみていこう。

 

◆多可麻刀能 秋野乃宇倍能 安佐疑里尓 都麻欲夫乎之可 伊泥多都良牟可

                (大伴家持 巻二十 四三一九)

 

≪書き下し≫高円の秋野の上(うへ)の朝霧(あさぎり)に妻呼ぶを鹿(しか)出で立つらむか

 

(訳)高円の秋の野面に立ちこめる朝霧、その霧の中に、今頃は妻呼ぶ牡鹿が立ち現われていることであろうか。(「万葉集 四」伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

 四三一五から四三二〇歌の左注は、「右歌六首兵部少輔大伴宿祢家持獨憶秋野聊述拙懐作之」<右の歌六首は、兵部少輔(ひゃうぶのせうふ)大伴宿禰家持、独り秋野を憶(おも)ひて、いささかに拙懐(せつくわい)を述べて作る>である。

 

 此の六首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その37改)」で紹介している。

(初期のブログであるのでタイトル写真には朝食の写真が掲載されていますが、「改」では、朝食の写真ならびに関連記事を削除し、一部改訂しております。ご容赦下さい。)

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 奈良市観光協会HPによると、コロナ禍ではあるが、今年も送り火の点火は行われるようである。次のように書かれている。「毎年恒例の『奈良大文字送り火』が春日大社境内 飛火野(慰霊祭・演奏会会場)、高円山(点火場所)で執り行われます。奈良大文字送り火は、戦没者慰霊を目的として1960年(昭和35年)に開始。現在は災害などで亡くなった方々も含めて慰霊を行うとともに、世界平和を祈る行事として毎年8月15日に催されています。

春日大社境内の飛火野では18:50より、春日大社の神官による神式慰霊祭が行われ、引き続き寺院約30ヶ寺の僧侶による仏式慰霊祭が執り行われます。「大」の文字の点火は20:00。平城宮跡奈良公園の浮見堂など、奈良市内の様々な場所からも見ることができます。※新型コロナウイルス感染拡大防止に伴い、内容が変更される場合があります。」

 

 宮跡外周路を歩いていると道端に「くそかずら」の花を見つけた。くそかずらについてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その1100)」で紹介する予定である。

 

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「くそかずら」の花

 万葉歌を頭に浮かべながらゆかりの地をプチぶらりするのもなかなかのものである。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板」

★「奈良市観光協会HP」