万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1130)―奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(90)―万葉集 巻十 二三一五

●歌は、「あしひきの山道も知らず白橿の枝もとををに雪の降れれば」である。

 

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奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(90)万葉歌碑<プレート>(柿本人麻呂歌集)

●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(90)にある。

 

●歌をみていこう。

 

 

◆足引 山道不知 白牫牱 枝母等乎ゝ尓 雪落者 或云 枝毛多和ゝゝ

          (柿本人麻呂歌集 巻十 二三一五)

 

 ≪書き下し≫あしひきの山道(やまぢ)も知らず白橿の枝もとををに雪のふれれば 或いは「枝もたわたわ」といふ>

 

(訳)あしひきの山道のありかさえもわからない。白橿の枝も撓(たわ)むほどに雪が降り積もっているので。<枝もたわわに>(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)とををなり【撓なり】形容動詞:たわみしなっている。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)たわわなり【撓なり】形容動詞:たわみしなうほどだ。(学研)

 

 左注は、「右柿本朝臣人麻呂之歌集出也 但件一首 或本云三方沙弥作」<右は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。 ただし、件(くだり)の一首は、或本には「三方沙弥(みかたのさみ)が作」といふ>である。

 

 二三一二から二三一五歌の歌群は、巻十 部立「冬雑歌」の先頭に配置されている柿本人麻呂歌集である。ただし題詞は示されていない。

 万葉集巻十では、春雑歌、春相聞、秋雑歌、秋相聞、冬雑歌、冬相聞の先頭部は柿本人麻呂歌集からの歌が配置されている。夏雑歌の場合古歌集が、夏相聞は明記されていないが、このように、柿本人麻呂歌集が中核となり構成されている。また、秋雑歌の場合は、題詞の「詠花」「詠黄葉」では先頭歌が柿本人麻呂歌集からの歌が配置されている。

 巻七から巻十二については、同様の配置が見られる。このことから、柿本人麻呂歌集が万葉集に及ぼした影響力の強さがうかがえるのである。

 

 

 この歌群の他の三首をみていこう。

 

 

◆我袖尓 雹手走 巻隠 不消有 妹高見

                (柿本人麻呂 巻十 二三一二)

 

≪書き下し≫我が袖に霰(あられ)た走る巻き隠し消(け)たずてあらむ妹(いも)が見むため

 

(訳)私の袖に霰がぱらぱらと飛び跳ねる。包み隠して消さないでおこう。あの子にみせるために。(同上)

(注)巻き隠す:袖に包み隠して

 

 袖の霰を愛しい人に見せたいという熱い心が伝わる心理描写の歌である。

 

 

◆足曳之 山鴨高 巻向之 木志乃子松二 三雪落來

               (柿本人麻呂 巻十 二三一三)

 

≪書き下し≫あしひきの山かも高き巻向の崖(きし)の小松にみ雪降りくる

 

(訳)あしひきの山が高いからか、巻向の崖っぷちの松の梢に、雪が降ってくる。(同上)

(注)巻向:奈良県桜井市三輪山東北方の山

(注)小松:「小」は愛称の接頭語

 

 堀内民一氏は「大和万葉―その歌の風土」の中で、「巻向山の崖の小松に雪がふった。とうたい、この山が高いためかと、単純にうたい据えた。五六五メートルくらいの巻向山である。しかし、『あしびきの山かも高き』とうたった点に、巻向山への親しみに若干の畏怖感が雪のように交っていて、『子らが手を巻向山』の冬が、うたわれた。『岸の小松にみ雪ふりけり』が、美しい描写である。」と書かれている。

(注)子らが手を巻向山:巻七 一〇九三歌 一〇九三歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その71改)」で紹介している。(初期のブログであるのでタイトル写真には朝食の写真が掲載されていますが、「改」では、朝食の写真ならびに関連記事を削除し、一部改訂しております。ご容赦下さい。)

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◆巻向之 檜原毛未雲居者 子松之末由 沫雪流

                (柿本人麻呂 巻十 二三一四)

 

≪書き下し≫巻向の檜原(ひはら)もいまだ雲居(くもい)ねば小松が末(うれ)ゆ沫雪(あわゆき)流る

 

(訳)巻向の檜原にもまだ雲がかかっていないのに、松の梢からはやもう泡雪が流れてくる。(同上)

(注)雲居ねば:雲もかかっていないのに

(注)あわゆき【沫雪・泡雪】名詞:泡のように消えやすい、やわらかな雪。(学研)

 

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その75改)で紹介している。(初期のブログであるのでタイトル写真には朝食の写真が掲載されていますが、「改」では、朝食の写真ならびに関連記事を削除し、一部改訂しております。ご容赦下さい。)

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二三一五歌の 左注に「但件一首 或本云三方沙弥作」<ただし、件(くだり)の一首は、或本には「三方沙弥(みかたのさみ)が作」といふ>とあるが、万葉集には、三方沙弥の 歌は七首収録されている。これらの歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その871)」で紹介している。

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 春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板によると、「万葉集内には万葉名『かし』で詠まれた歌があり、その対象の樹木としては『カシ類の総称』と考えられる。しかし『イチイガシ』・『シラカシ』については万葉名の『かし』以外に個別に詠んだ歌がある。

 『かし』は『堅し』が語源で『樫(かし)』の字は『国字』であり、字のごとく木辺に堅いと書く。

 『白樫(シラカシ)』は暖地を好む常緑高木で、20メートルにもなる。(中略)名の由来は材が白いことからで、材質は強く、船材・木刀・農機具など用途が広い」と書かれている。

 

 

しらかしのどんぐり(weblio辞書 デジタル大辞泉から引用させていただきました。)

 

万葉集には、「橿」を詠んだ歌は、「白橿」(上述)、「厳橿」(額田王歌)として各一首、「橿の実の」という枕詞として使われた一首が収録されている。

 他の二首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その492)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「大和万葉―その歌の風土」 堀内民一 著 (創元社

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板」

★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」 神野志隆光 著 (東京大学出版会

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉