万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その492)―奈良市神功4丁目 万葉の小径(28)―万葉集 巻十 二三一五

●歌は、「あしひきの山道も知らず白橿の枝もとををに雪の降れれば」である。

 

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奈良市神功4丁目 万葉の小径(28)万葉歌碑(柿本人麻呂歌集 しらかし)

●歌碑は、奈良市神功4丁目 万葉の小径(28)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆足引 山道不知 白牫牱 枝母等乎ゞ乎 雪落者  或云 枝毛多和ゝゝ

                 (柿本朝臣人麿歌集 巻十 二三一五)

 

 ≪書き下し≫あしひきの山道(やまぢ)も知らず白橿(しらかし)の枝もとををに雪の降れれば  或いは「枝もたわたわ」といふ

 

(訳)あしひきの山道のありかさえもわからない。白橿の枝も撓(たわ)むほどに雪が降り積もっているので。<枝もたわわに>(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)とををなり【撓なり】形容動詞:たわみしなっている。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)たわたわ【撓 撓】( 形動ナリ ):たわみしなうさま。(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

 

 

「橿(かし)といえば、一般に常緑高木のアラカシを指すのに対して、シラカシは同じく橿(かし)の類ではあるが、特に材質の白い常緑高木をいう。万葉集には、白橿の他に櫟(いちい:イチイガシ)や厳橿(いつかし)と呼ばれる神聖な地に生えるカシが歌われている。ともに、材質は堅く、その実(どんぐり)は食用になる。

ここでは、雪がたくさん降り積もっている冬景色を詠んでおり、日頃は目印になる高い白橿の木が、真っ白になってしまった山中で、山道も分からないと歌っている。白橿は「知らず白橿の」と続いてリズム感を出すとともに、白橿の白が雪の白さを一層強調しているので、「白橿」の表現を「厳橿の」や「橿の木の」と代えることはできない。

万葉集に収められている個人名のある歌集は、その人個人の歌の集であることが多いが、柿本人麿歌集は、柿本人麿の作の他に歌謡や他人の作もたくさん入っている。この歌も万葉集には、或いは三方沙弥(みかたのさみ)の作かとも表記されている。」 (しらかしの歌碑)

 

歌碑の説明にもあるように、この歌の左注は、「右柿本朝臣人麻呂之歌集出也 但件一首 或本云三方沙弥作」<右は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。ただし、件(くだり)の一首は、 或本には「三方沙弥(みかたのさみ)が作」といふ>である。

 

万葉集には、「橿」を詠んだ歌は、「白橿」(上述)、「厳橿」(額田王歌)として各一首、「橿の実の」という枕詞(高橋虫麻呂歌)として一首が収録されている。

 他の二首もみてみよう。

 

◆莫囂圓隣之大相七兄爪謁氣 吾瀬子之 射立為兼 五可新何本

              (額田王 巻一 九)

 

≪書き下し≫莫囂圓隣之大相七兄爪謁氣我(わ)が背子がい立たせりけむ厳橿(いつかし)が本(もと)

 

(訳)静まり返った浦波をはるかに見放(みさ)けながら、我が背子(せこ)有間皇子(ありまのみこ)がお立ちになったであろう、この聖なる橿の木の根本よ。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)上二句「莫囂圓隣之大相七兄爪謁氣」は定訓がない。伊藤氏は、澤瀉久孝氏の試訓「静まりし浦波見放け」を支持されている。

 

 

◆級照 片足羽河之 左丹塗 大橋之上従 紅 赤裳數十引 山藍用 摺衣服而 直獨 伊渡為兒者 若草乃 夫香有良武 橿實之 獨歟将宿 問巻乃 欲我妹之 家乃不知久

                 (高橋虫麻呂 巻九 一七四二)

 

≪書き下し≫しなでる 片足羽川(かたしはがは)の さ丹(に)塗(ぬ)りの 大橋の上(うへ)ゆ 紅(くれなゐ)の 赤裳(あかも)裾引(すそび)き 山藍(やまあゐ)もち 摺(す)れる衣(きぬ)着て ただひとり い渡らす子は 若草の 夫(つま)かあるらむ 橿(かし)の実の ひとりか寝(ぬ)らむ 問(と)はまくの 欲(ほ)しき我妹(わぎも)が 家の知らなく

 

(訳)ここ片足羽川のさ丹塗りの大橋、この橋の上を、紅に染めた美しい裳裾を長く引いて、山藍染めの薄青い着物を着てただ一人渡って行かれる子、あの子は若々しい夫がいる身なのか、それとも、橿の実のように独り夜を過ごす身なのか。妻どいに行きたいかわいい子だけども、どこのお人なのかその家がわからない。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)「しなでる」は片足羽川の「片」にかかる枕詞とされ、どのような意味かは不明です。(「歌の解説と万葉集柏原市HP)

(注)「片足羽川」は「カタアスハガハ」とも読み、ここでは「カタシハガハ」と読んでいます。これを石川と考える説もありますが、通説通りに大和川のことで間違いないようです。(同上)

(注)さにぬり【さ丹塗り】名詞:赤色に塗ること。また、赤く塗ったもの。※「さ」は接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)くれないの【紅の】[枕]① 色の美しく、浅い意から、「色」「あさ」にかかる。② 紅花の汁の染料を「うつし」といい、また、紅を水に振り出して染め、灰汁(あく)で洗う意から、「うつし」「ふりいづ」「飽く」などにかかる。

(注)やまあい【山藍】:トウダイグサ科多年草。山中の林内に生える。茎は四稜あり、高さ約40センチメートル。葉は対生し、卵状長楕円形。雌雄異株。春から夏、葉腋ようえきに長い花穂をつける。古くは葉を藍染めの染料とした。(コトバンク 三省堂大辞林 第三版)

(注)わかくさの【若草の】分類枕詞:若草がみずみずしいところから、「妻」「夫(つま)」「妹(いも)」「新(にひ)」などにかかる。(学研)

(注)かしのみの【橿の実の】の解説:[枕]樫の実、すなわちどんぐりは一つずつなるところから、「ひとり」「ひとつ」にかかる。(goo辞書)

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「大和万葉ーその歌の風土」 堀内 民一 著 (創元社

★「歌の解説と万葉集柏原市HP

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 三省堂大辞林 第三版」

★「goo辞書」

★「万葉の小径 しらかしの歌碑」