万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2203)―愛知県(4)豊明市<1>―

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 愛知県豊明市新栄町 大蔵池公園「万葉の森」には12基の万葉歌碑が立てられている。

 大蔵池については、大蔵池公園名碑の「大蔵池由来」に「大蔵池は応永年間(1396=1428)に築造されたという はじめは大喰池のち大蔵井池 明治期になって大蔵池と呼称されるようになった・・・美田を潤す用水溜池として今日に至っている 池の西斜面には平安鎌倉期の窯址があったが池の拡幅により池底に沈んでいる」と書かれている。




 「万葉の森」の歌碑をみていこう。

 

■愛知県豊明市新栄町 大蔵池公園「万葉の森」万葉歌碑<巻二十 四四四八>■

愛知県豊明市新栄町 大蔵池公園「万葉の森」万葉歌碑<橘諸兄> 20210414撮影

●歌をみていこう。

 

◆安治佐為能 夜敝佐久其等久 夜都与尓乎 伊麻世和我勢故 美都ゝ思努波牟

      (橘諸兄 巻二十 四四四八)

 

≪書き下し≫あぢさいの八重(やへ)咲くごとく八(や)つ代(よ)にをいませ我が背子(せこ)見つつ偲ばむ

 

(訳)あじさいが次々と色どりを変えてま新しく咲くように、幾年月ののちまでもお元気でいらっしゃい、あなた。あじさいをみるたびにあなたをお偲びしましょう。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)八重(やへ)咲く:次々と色どりを変えてま新しそうに咲くように。あじさいは色の変わるごとに新しい花が咲くような印象を与える。(伊藤脚注)

(注)八(や)つ代(よ):幾久しく。「八重」を承けて「八つ代」といったもの。(伊藤脚注)

(注)います【坐す・在す】[一]自動詞:①いらっしゃる。おいでになる。▽「あり」の尊敬語。②おでかけになる。おいでになる。▽「行く」「来(く)」の尊敬語。(学研)       

 

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感想(1件)

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1019)」で紹介している。

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■愛知県豊明市新栄町 大蔵池公園「万葉の森」万葉歌碑<巻三 三八七>■

愛知県豊明市新栄町 大蔵池公園「万葉の森」万葉歌碑<若宮年魚麻呂>
 20210414撮影

●歌をみていこう。

 

◆古尓 樑打人乃 無有世伐 此間毛有益 柘之枝羽裳

         (若宮年魚麻呂 巻三 三八七)

 

≪書き下し≫いにしへに梁(やな)打つ人のなかりせばここにもあらまし柘(つみ)の枝(えだ)はも

 

(訳)遠い遠いずっと以前、この川辺で梁を仕掛けた味稲(うましね)という人がいなかったら、ひょっとして今もここにあるかもしれないな、ああその柘の枝よ。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)あらまし【有らまし】分類連語:あろう。…であろうに。…であればよいのに。 ⇒なりたち ラ変動詞「あり」の未然形+反実仮想の助動詞「まし」(学研)

(注)柘(つみ):現在のヤマグワ(クワ科)、ハリグワ(クワ科)、ヤマボウシ(ミズキ科)の諸説がある。ヤマグワもハリグワも蚕の飼料として使われる。神話説話の対象となる植物としてはクワ科の方に、また、仙女の化身としては、枝に棘をもつハリグワの方に軍配が上がると考えられている。(「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

 

この歌は、三八五~三八七歌の題詞「仙柘枝歌三首」<仙柘枝(やまびめつみのえ)の歌三首>のうちの一首である。

(注)仙柘枝(やまびめつみのえ)の歌:吉野の漁夫味稲(うましね)が谷川で山桑を拾った、桑の枝は仙女と化して味稲の妻になったという話が伝わる(懐風藻他)。その仙女に関する歌。三首とも宴会歌であろう。(伊藤脚注)

 

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感想(1件)

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1020)」で紹介している。

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■愛知県豊明市新栄町 大蔵池公園「万葉の森」万葉歌碑<巻十七 三九七四>■

愛知県豊明市新栄町 大蔵池公園「万葉の森」万葉歌碑<大伴池主> 
20210414撮影

●歌をみていこう。

 

◆夜麻夫枳波 比尓ゝゝ佐伎奴 宇流波之等 安我毛布伎美波 思久ゝゝ於毛保由

        (大伴池主 巻十七 三九七四)

 

≪書き下し≫山吹は日(ひ)に日(ひ)に咲きぬうるはしと我(あ)が思(も)ふ君はしくしく思ほゆ

 

(訳)山吹は日ごとに咲き揃います。すばらしいと私が思うあなたは、やたらしきりと思われてなりません。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)うるはし【麗し・美し・愛し】形容詞:①壮大で美しい。壮麗だ。立派だ。②きちんとしている。整っていて美しい。端正だ。③きまじめで礼儀正しい。堅苦しい。④親密だ。誠実だ。しっくりしている。⑤色鮮やかだ。⑥まちがいない。正しい。本物である。(学研)ここでは①の意

(注)しくしく(と・に)【頻く頻く(と・に)】副詞:うち続いて。しきりに。(学研)

 

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1021)」で紹介している。

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 家持が越中に赴任した新春に病に倒れ、病床にあり不安と悲しみのなか歌を作り池主に贈っている。この歌は三月五日に池主が家持に贈った書簡と短歌二首のうちの一首である。この家持と池主のやりとりは二月二十日から三月五日にまで及んでいる。

 これについては、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1346表①)」で紹介している。

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■愛知県豊明市新栄町 大蔵池公園「万葉の森」万葉歌碑<巻一 五四> ■

愛知県豊明市新栄町 大蔵池公園「万葉の森」万葉歌碑<坂門人足> 
20210414撮影

●歌をみていこう。

 

◆巨勢山乃 列ゝ椿 都良ゝゝ尓 見乍思奈 許湍乃春野乎

          (坂門人足 巻一 五四)

 

≪書き下し≫巨勢山(こせやま)のつらつら椿(つばき)つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を

 

(訳)巨勢山のつらつら椿、この椿の木をつらつら見ながら偲ぼうではないか。椿花咲く巨勢の春野の、そのありさまを。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)こせやま【巨勢山】:奈良県西部、御所(ごせ)市古瀬付近にある山。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

(注)つらつらつばき 【列列椿】名詞:数多く並んで咲いているつばき。(学研)

(注)しのぶ 【偲ぶ】:①めでる。賞美する。②思い出す。思い起こす。思い慕う。(学研)

 

 題詞は、「大寳元年辛丑秋九月太上天皇幸于紀伊國時歌」<大宝(だいほう)元年辛丑(かのとうし)の秋の九月に、太上天皇(おほきすめらみこと)、紀伊の国(きのくに)に幸(いでま)す時の歌>である。

(注)太上天皇:持統上皇

 

 左注は「右一首坂門人足」<右の一首は坂門人足(さかとのひとたり)>である。

 

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 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1022)」で紹介している。

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■愛知県豊明市新栄町 大蔵池公園「万葉の森」万葉歌碑<巻八 一六五六>■

愛知県豊明市新栄町 大蔵池公園「万葉の森」万葉歌碑<大伴坂上郎女
 20210414撮影

●歌をみていこう。

 

題詞は、「大伴坂上郎女歌一首」<大伴坂上郎女が歌一首>である。

 

◆酒坏尓 梅花浮 念共 飲而後者 落去登母与之

        (大伴坂上郎女 巻八 一六五六)

 

≪書き下し≫酒坏(さかづき)に梅の花浮かべ思ふどち飲みての後(のち)は散りぬともよし

 

(訳)盃(さかずき)に梅の花を浮かべて、気心合った者同士で飲み合ったあとならば、梅など散ってしまってもかまわない。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)おもふどち【思ふどち】名詞:気の合う者同士。仲間。(学研)

 

 

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 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1023)」で紹介している。

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■愛知県豊明市新栄町 大蔵池公園「万葉の森」万葉歌碑<巻十 二二〇二>■

愛知県豊明市新栄町 大蔵池公園「万葉の森」万葉歌碑<作者未詳> 
20210414撮影

●歌をみていこう。

 

◆黄葉為 時尓成 月人 楓枝乃 色付見者

           (作者未詳 巻十 二二〇二)

 

≪書き下し≫黄葉(もみち)する時になるらし月人(つきひと)の桂(かつら)の枝(えだ)の色づく見れば         

 

 (訳)木の葉の色づく時節になったらしい。お月さまの中の桂の枝が色付いてきたところを見ると。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)月人:月を人に喩えた言い方

(注)色づく:月光の冴えをいう

 

 

 

 

「月人」と同じような表現として「月人壮士(つきひとをとこ)」がある。

 

(注)つきひとをとこ【月人男・月人壮士】名詞:月。お月様。 ▽月を擬人化し、若い男に見立てていう語。(学研)

 

 この歌ならびに歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1024)」で紹介している。「月人壮士」を詠った歌も紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 小学館デジタル大辞泉