万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その828、829)―高岡市伏木一宮 高岡市万葉歴史館四季の庭(1,2)―万葉集 巻十四 三五七二、巻十八 四一一四 

―その828―

●歌は、「あど思へか阿自久麻山の弓弦葉のふふまる時に風吹かずかも」である。

 

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高岡市万葉歴史館四季の庭(1)(作者未詳)

●歌碑(プレート)は、高岡市伏木一宮 高岡市万葉歴史館四季の庭(1)にある。

 

●歌をみていこう。

この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その488)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

◆安杼毛敝可 阿自久麻夜末乃 由豆流波乃 布敷麻留等伎尓 可是布可受可母

                (作者未詳 巻十四 三五七二)

 

≪書き下し≫あど思(も)へか阿自久麻山の弓絃葉(ゆずるは)のふふまる時に風吹かずかも

 

(訳)いったいどういう気でじっとしているんだ。阿自久麻山の弓絃葉(ゆずるは)がまだ蕾(つぼみ)の時に、風が吹かないなんていうことがあるものかよ。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)あど 副詞:どのように。どうして。(学研)

(注)もふ【思ふ】他動詞:思う。 ※「おもふ」の変化した語。(学研)

(注)ふふむ【含む】自動詞:花や葉がふくらんで、まだ開ききらないでいる。つぼみのままである。(学研)

(注)弓絃葉(ゆずるは)のふふまる時に➡女が一人前でない間は、の譬え

(注)風吹かずかも➡他の男が言いよってこないとでも(思っているのか)、の譬え

 

 

―その829―

●歌は、「なでしこが花見るごとに娘子らが笑まひのにほい思ほゆるかも」である。

 

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高岡市万葉歴史館四季の庭(2)(大伴家持

●歌碑(プレート)は、高岡市伏木一宮 高岡市万葉歴史館四季の庭に(2)ある。

 

●歌をみていこう。

 

 ◆奈泥之故我 花見流其等尓 乎登女良我 恵末比能尓保比 於母保由流可母

                 (大伴家持 巻十八 四一一四)

 

≪書き下し≫なでしこが花見るごとに娘子(をとめ)らが笑(ゑ)まひのにほひ思ほゆるかも

 

(訳)なでしこの花を見るたびに、いとしい娘子の笑顔のあでやかさ、そのあでやかさが思われてならない。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)娘子:都にいる妻大嬢を、憧れをこめて呼んだ語。

 

 四一一三(長歌)と四一一四、四一一五歌(反歌)の題詞は、「庭中花作歌一首 幷短歌」<庭中の花を見て作る歌一首 幷せて短歌>である。

 

 家持は、越中にあって、庭の花をみて「花妻」を想う歌を作っているのである。

 

 長歌には、「・・・夏の野の さ百合(ゆり)引き植(う)ゑて 咲く花を 出で見るごとに なでしこが その花妻(はなづま)に さ百合花(ゆりばな) ゆりも逢はむと 慰むる・・・」と、なでしこの花のように可憐な大嬢を想いおこす内容の歌となっている。

 

 長歌ともう一首の反歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その357)」で紹介している。 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 「なでしこ」は、万葉集では二十六首詠まれており、大伴家持は十一首詠んでいる。

家持の歌をみてみよう。

 

◆(四〇八歌)なでしこがその花にもが朝な朝な手に取り持ちて恋ひぬ日なけむ

 題詞は、「大伴宿禰家持、同じき坂上家の大嬢(おほいらつめ)の贈る歌一首」である。

 

(訳)あなたがなでしこの花であったらいいのにな。そうしたら、毎朝毎朝、この手に取り持って賞(め)でいつくしまない日とてなかろうに。(伊藤「一」)

 

 

◆(四六四歌)秋さらば見つつ偲へと妹(いも)が植ゑしやどのなでしこ咲きにけるかも

 題詞は、「また、家持、砌(みぎり)の上(うへ)の瞿麦(なでしこ)の花を見て作る歌一首」である。

 

(訳)「秋になったら、花を見ながらいつもいつも私を偲(しの)んで下さいね」と、いとしい人が植えた庭のなでしこの花はもう咲き始めてしまった。(伊藤「一」)

 

 家持の「亡妾悲歌」の一首である。

 

◆(一四四八歌)我がやどに蒔(ま)きしなでしこいつしかも花に咲きなむなそへつつ見む

 題詞は、「大伴宿禰家持、坂上家(さかのうへのいへ)の大嬢(おほいらつめ)に贈る歌一首」である。

 

(訳)我が家の庭に蒔いたなでしこ、このなでしこはいつになったら花として咲き出るのであろうか。咲き出たならいつもあなただと思って眺めるように。(伊藤「二」)

(注)なそふ【準ふ・擬ふ】他動詞:なぞらえる。他の物に見立てる。 ※後には「なぞふ」とも。(学研)

 花そのものを大嬢として見る意。

 

◆(一四九六歌)我がやどのなでしこの花盛(さか)りなり手折(たを)りて一目(ひとめ)見せむ子もがも

 題詞は、「大伴家持が石竹(なでしこ)の花の歌一首」である。

 

(訳)我が家の庭のなでしこの花、この花は、今がまっ盛りだ。手折って一目なりと、見せてやる子がいればよいのにな。(同上)

 

 

◆(一五一〇歌)なでしこは咲きて散りぬと人は言へど我が標(し)めし野の花にあらめやも

題詞は、「大伴家持、紀女郎(きのいらつめ)に贈る歌一首」である。

 

(訳)なでしこの花は咲いてもう散ったと人は言いますが、よもや、私が標(しめ)を張っておいた野の花のことではありますまいね。(同上)

(注)上二句は、女が心変わりして他人の者になった意を寓する。

(注)我が標(し)めし野の花:私の物として印をつけておいた野の花>意中の女の譬え。

 

◆(四〇七〇歌)一本(ひともと)のなでしこ植ゑしその心誰(た)れに見せむと思ひ始めけむ

題詞は、「庭中の牛麦(なでしこ)が花を詠む歌一首」である。

 

(訳)一株(ひとかぶ)のなでしこを庭に植えたその私の心、この心は、いったい誰に見せようと思いついてのことであったのだろうか・・・。(伊藤「四」)

 

◆(四一一三歌)「・・・なでしこを 宿に蒔(ま)き生(お)はし 夏の野の さ百合(ゆり)引き植(う)ゑて 咲く花を 出で見るごとに なでしこが その花妻(はなづま)に さ百合花(ゆりばな) ゆりも逢はむと 慰むる・・・」

題詞は、「庭中の花を見て作る歌一首 幷せて短歌」である。

 

(訳)・・・なでしこを庭先に蒔き育て、夏の野の百合を移し植えて、咲いた花々を庭に出て見るたびに、なでしこのその花妻に、百合の花のゆり―のちにでもきっと逢おうと思うのだが・・・(同上)

 

◆(四一一四歌)なでしこが花見るごとに娘子らが笑まひのにほひ思ほゆるかも<歌碑の歌

 

◆(四四四三歌)ひさかたの雨は降りしくなでしこがいや初花(はつはな)に恋(こひ)しき我が背(せ)

題詞は、「五月の九日に、兵部少輔大伴宿禰家持が宅(いへ)にして集飲(うたげ)する歌四首」である。

 

(訳)ひさかたの雨はしとしとと降り続いております。しかし、なでしこは今咲いた花のように初々しく、その花さながら心引かれるあなたです。(同上)

 

◆(四四五〇歌)我が背子(せこ)が宿のなでしこ散らめやもいや初花(はつはな)に咲きは増(ま)すとも

四四四九から四四五一歌の歌群の題詞は、「十八日に、左大臣兵部卿(ひやうぶのきやう)橘奈良麻呂朝臣(たちばなのならまろのあそみ)が宅(いへ)にして宴(うたげ)する歌三首」である。

 

(訳)あなたのお庭のなでしこ、このなでしこはよもや散ったりなどしましょうか。今咲き出した花のようにいよいよ初々しく咲き増さることはあっても。(同上)

 

◆(四四五一歌)うるはしみ我(あ)が思(も)ふ君はなでしこが花になそへて見れど飽(あ)かぬかも

 

(訳)すばらしいお方だと私が思うあなた様は、咲きほこるこのなでしこの花と見紛うばかりで、見ても見ても見飽きることがありません。(同上)

(注)なそふ【準ふ・擬ふ】他動詞:なぞらえる。他の物に見立てる。(学研)

 

 

 家持はなでしこの花が好きだというのは知れ渡っており、家持絡みの歌は、なでしこが詠み込まれている。

 一六一六歌は、笠女郎が家持に贈った歌であり、四〇〇八、四〇一〇歌は、大伴池主が家持に歌に和ふ歌である。四二三一歌は、久米朝臣広縄は、家持がなでしこ好きと知っており造花を用意して歌った歌である。四二三二歌は遊行女婦(うかれめ)蒲生娘子(かまふのおとめ)の歌であるが、四二三一歌同様家持相席の宴の歌である。四四四二歌は家持が宅(いへ)での宴の歌である。

 

 

 高岡市万葉歴史館では「第六回企画展 越中国万葉集」や常設展などを見て廻った。 ラウンジでドリンクを飲みしばらく休憩した。

 廊下から見た庭に、ところどころに歌碑(プレート)が建てられていたので、係りの方にお願いしたら、庭の見学も快く許していただけたのである。四季の庭もありがたいことに独占である。プレートと植物をじっくり見ながら越中万葉に浸った。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一~四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯」 藤井一二 著 (中公新書

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「万葉歌碑めぐりマップ」 (高岡地区広域圏事務組合)

★「高岡市万葉歴史館HP」