●歌は、「栲領布の鷺坂山の白つつじ我れににほはに妹に示さむ」
●歌碑は、京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園 №24 にある。
●歌をみていこう。
◆細比礼乃 鷺坂山 白管自 吾尓尼保波尼 妹尓示
(柿本人麻呂歌集 巻九 一六九四)
≪書き下し≫栲領布(たくひれ)の鷺坂山の白(しら)つつじ我(わ)れににほはに妹(いも)に示(しめ)さむ
(訳)栲領布(たくひれ)のように白い鳥、鷺の名の鷺坂山の白つつじの花よ、お前の汚れのない色を私に染め付けておくれ。帰ってあの子の見せてやろう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)たくひれ【栲領巾】〘名〙 :楮(こうぞ)などの繊維で織った栲布(たくぬの)で作った領巾(ひれ)。女子の肩にかける飾り布。
(注)たくひれの【栲領巾の】( 枕詞 ):① 栲領巾をかけることから、「かけ」にかかる。② 栲領巾の白いことから、「白」または地名「鷺坂さぎさか山」にかかる。(コトバンク 三省堂大辞林 第三版)
(注)領布(ひれ): 古代の服飾具の一。女性が首から肩にかけ、左右に垂らして飾りとした布帛(ふはく)。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉)
※ 「コトバンク 小学館デジタル大辞泉」には画像もあったので引用させていただく。
題詞は、「鷺坂作歌一首」<鷺坂にして作る歌一首>である。
「たくひれの」で始まる歌は万葉集では三首収録されている。歌碑の歌の他の二首をみてみよう。
◆栲領布乃 懸巻欲寸 妹名乎 此勢能山尓 懸者奈何将有 一云可倍波伊香尓安良牟
(丹比真人笠麻呂 巻三 二八五)
≪書き下し≫栲領布(たくひれ)の懸(か)けまく欲(ほ)しき妹(いも)が名をこの背の山に懸けばいかにあらむ妹一には「替へばいかにあらむ」といふ
(訳)栲領布(たくひれ)を肩に懸けるというではないが、口に懸けて呼んでみたい“妹”という名、その名をこの背の山につけて、“妹”の山と呼んでみたらどうであろうか。<この背の山と取替えてみたらそうであろうか>(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
題詞は、「丹比真人笠麻呂往紀伊國超勢能山時作歌一首」<丹比真人(たぢひのまひと)笠麻呂(かさまろ)、紀伊の国(きのくに)に往(ゆ)き、背の山を越ゆる時に作る歌一首>である。
これに対して、春日蔵首老が山の名を替えるなんて、と切り返した歌が次に収録されているのでこちらもみておこう。
◆≪書き下し≫よろしなへ我(わ)が背の君が負ひ来(き)にしこの背の山を妹(いも)とは呼ばじ
(春日蔵首老 巻三 二八六)
(訳)せっかくよい具合に、我が背の君(笠麻呂さま)が“背の君”と言われては背負ってきた“背”、その”背“という名を負い持つ山ですもの、今更”妹“などとは呼びますまい。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)よろしなへ 【宜しなへ】副詞:ようすがよくて。好ましく。ふさわしく。
もう一首をみてみよう。
◆栲領布巾乃 白濱浪乃 不肯縁 荒振妹尓 戀乍曽居 一云 戀流己呂可母
(作者未詳 巻十一 二八二二)
≪書き下し≫栲領巾(たくひれ)の白浜(しらはま)波(なみ)の寄りもあへず荒ぶる妹に恋ひつつそ居(い)る 一には「恋ふるころかも」といふ
(訳)栲領巾(たくひれ)の白というではないが、その白浜にうち寄せる波のようには、そばに近寄れもしないほどつっけんどんなあなたに、焦がれつづけています。<恋い焦がれているこのごろです>(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)あらぶ【荒ぶ】:①荒々しくする。あばれる。②情が薄くなる。疎遠になる。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「コトバンク 小学館デジタル大辞泉」※画像も引用させていただいた。
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
※20210420朝食関連記事削除、一部改訂