万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その360)―東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(101)―巻三 四〇四

●歌は、「ちはやぶる神の社しなかりせば春日の野辺に粟蒔かましを」である。

 

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万葉の森船岡山万葉歌碑(101)(娘子 をとめ)


●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(101)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆千磐破 神之社四 無有世伐 春日之野邊 粟種益乎

               (娘子 巻三 四〇四)

 

≪書き下し≫ちはやぶる神の社(やしろ)しなかりせば春日(かすが)の野辺(のへ)に粟(あは)蒔(ま)かまし

 

(訳)あのこわい神の社(やしろ)さえなかったら、春日の野辺に粟を蒔きましょうに―その野辺でお逢いしたいものですがね。おあいにくさまです。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)神の社:赤麻呂の妻の譬え

(注)「粟蒔く」と「逢はまく」をかけている。

 

粟は、中国では紀元前二五〇〇年もの昔から栽培されていたという。日本には稲作よりも先に伝わったとされている。

 

この歌の、題詞は、「娘子報佐伯宿祢赤麻呂贈歌一首」<娘子(をとめ)、佐伯宿禰赤麻呂(さへきのすくねあかまろ)が贈る歌に報(こた)ふる一首>である。

 

四〇四から四〇六歌三首は、宴席の場で楽しまれた虚構の歌という。巻三の部立て「譬喩歌」の歌は、ビッグネームがそろっているが、この三首は、「娘子」「佐伯宿祢赤麻呂」も伝不詳で、歌の内容からしても浮いている感じがする。ここにとりあげられていることも、万葉集万葉集らしい所以が潜んでいるのかもしれない。

 

以下、他の二首もみてみよう。

 

◆春日野尓 粟種有世伐 待鹿尓 継而行益乎 社師怨焉

                (佐伯赤麻呂 巻三 四〇五)

 

≪書き下し≫春日野(かすがの)に粟(あは)蒔(ま)けりせば鹿(しし)待ちに継(つ)ぎて行かましを社(やしろ)し恨(うら)めし

 

(訳)あなたが春日野に粟を蒔いたなら、鹿を狙いに毎日行きたいと思いますが、そこに恐ろしい神の社があることが恨めしく思われます。(同上)

(注)前句同様、「粟蒔く」と「逢はまく」をかけている。

 

この歌の、題詞は、「佐伯宿祢赤麻呂更贈歌一首」<佐伯宿禰赤麻呂がさらに贈る歌一首>

である。

 

◆吾祭 神者不有 大夫尓 認有神曽 好應祀

               (娘子 巻三 四〇六)

 

≪書き下し≫我(わ)が祭る神にはあらずますらをに憑(つ)きたる神ぞよく祭(まつ)るべし

 

(訳)社と申しましても、赤麻呂さん、私の祭る社のことではないのですよ。ご立派な男子であるあなたさまに依(よ)り憑(つ)いた神なのです。その神をよくよくお祭りあそばせ。(同上)

(注)憑(つ)きたる神:赤麻呂の妻の譬え

 

この歌の題詞は、「娘子復報歌一首」<娘子がまた報(こた)ふる歌一首>である。

 

娘子と佐伯宿祢赤麻呂の相聞歌は、六二七、六二八歌にもある。

こちらもみておこう。

 

◆吾手本 将巻跡念牟 大夫者 變水▼ 白髪生二有

               (娘子 巻四 六二七)

      ※ ▼は、「うかんむり」に「求」である。

 

≪書き下し≫我(わ)がたもとまかむと思はむますらをはをち水求め白髪(しらか)生(お)ひにたり

 

(訳)私の腕(かいな)を枕に寝たいなどと思う大夫(ますらお)は、若返りの水でも探してこられたらいかが。頭に白髪が生えておりますよ。(同上)

(注)おちみず【復水・変若水】:オチ(復ち)は日本の古語で若返りを意味する。若返りの霊力ある水のこと。中国の神仙思想からきたもので、それが日本神道の中に入ったらしい。(weblio辞書 世界宗教用語大事典)

(注)求め:命令形

 

この歌の題詞は、「娘子報贈佐伯宿祢赤麻呂歌一首」<娘子(をとめ)、佐伯宿禰赤麻呂(さへきのすくねあかまろ)に報(こた)へ贈る歌一首>である。

 

◆白髪生流 事者不念 變水者 鹿▼藻闕二毛 求而将行

               (佐伯赤麻呂 巻四 六二八)

     ※ ▼煮るという漢字。「者」の下に「火」

 

 

≪書き下し≫白髪生ふることは思はずをち水はかにもかくにも求めて行かむ

 

(訳)白髪が生えていることは何とも思いません。だけど、あなたがせっかくすすめてくださることですから、若返り水だけはまあとにかく探しに行くことにします。それでもかまいませんか。(同上)

(注)かにもかくにも 副詞:とにもかくにも。どうであれ。(学研)

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 世界宗教用語大事典」