万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その958)―一宮市萩原町 萬葉公園(30)―万葉集 巻十四 三五四六

●歌は、「青柳の萌らろ川門に汝を待つと清水は汲まず立処平すも」である。

 

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一宮市萩原町 萬葉公園(30)万葉歌碑(プレート)<作者未詳>

●歌碑(プレート)は、一宮市萩原町 萬葉公園(30)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆安乎楊木能 波良路可波刀尓 奈乎麻都等 西美度波久末受 多知度奈良須母

              (作者未詳 巻十四 三五四六)

 

≪書き下し≫青柳の萌(は)らろ川門(かはと)に汝(な)を待つと清水(せみど)は汲(く)まず立処(たちど)平(なら)すも

 

(訳)青柳が芽を吹く川の渡し場で、お前さんを心待ちにしながら、清水は汲まずに、往ったり来たりして足許を踏み平(な)らしている。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)萌らろ:「萌れる」の東国形 

(注の注)はる【張る】自動詞:①(氷が)はる。一面に広がる。②(芽が)ふくらむ。出る。芽ぐむ。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)かはと【川門】名詞:両岸が迫って川幅が狭くなっている所。川の渡り場。(学研)

(注)清水(せみど):シミズの訛り

 

 この歌に関して、古橋信孝氏は、その著「古代の恋愛生活 万葉集の恋歌を読む」(NHKブックス)のなかで、二人はしばしばこの場所で待ち合わせをしていたのだろう、と指摘されている。「清水は汲まず」と普段の行為をしていない、つまり特殊な状態にあり、「立処ならすも」と歌うのは、待ち続けていることを表している。ここで待ち合わせをして、近くの川原かどこかで逢い引きしたのだろう。

 これは女が待っている心境を詠っているのであるが、男が待っている歌もある。こちらもみてみよう。

 

◆道邊 草冬野丹 履干 吾立待跡 妹告乞

              (作者未詳 巻十一 二七七六)

 

≪書き下し≫道の辺(へ)の草を冬野に踏み枯らし我(あ)れ立ち待つと妹(いも)に告げこそ

 

(訳)道端の草を冬野の枯草になるほど踏みつけながら、私がこんなに長いこと立ちつくして待ちあぐんでいると、誰かあの子に告げてほしい。(同上)

 

 待っている間は、立ちっぱなしであるのは、男も女も変わりがない。しゃがんで待っていたとしたら、万葉の世も今も幻滅するのはおなじだろう。

 

万葉びとは、芽吹く青柳に春の訪れを感じていたようである。

柳は生命力が強く、枝を地面に挿しておくだけで根を下ろすことがあるので、呪力をもつ神木とも考えられていたようである。

一般的に柳は、枝葉の垂れるものに「柳」(シダレヤナギ)、枝を植えにはるものに「楊」(カハヤナギ・ネコヤナギ)の文字があてらるが、万葉集では両者の違いが明確ではない。

三五四六歌のように、逢瀬を演出する柳は、シダレヤナギの方に軍配が上がるであろう。

 また、柳は中国からの渡来種なので梅花とともに詠まれることが多く、挿頭(かざし)などにも使われていたようである

 

 柳と梅を詠んだ歌をみてみよう。

 

◆梅花 取持見者 吾屋前之 柳乃眉師 所念可聞

               (作者未詳 巻十 一八五三)

 

≪書き下し≫梅の花、これを手に折り取って見つめていると、我が家の柳の、眉(まゆ)のような若葉が思われてならない。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)柳の眉:漢語「柳眉」の翻読語。柳の若葉を眉に見立てたもの。

 

 

◆我刺 柳絲乎 吹乱 風尓加妹之 梅乃散覧

               (作者未詳 巻十 一八五六)

 

≪書き下し≫我(わ)がかざす柳の糸を吹き乱(みだ)る風にか妹が梅の散るらむ

 

(訳)私が髪に挿(さ)している、しだれ柳の小枝を吹き乱すこの風に、あの子のかざす梅の花も散っていることであろうか。(同上)

(注)柳の糸:漢語「柳絲」の翻読語

 

 

 家持の柳を詠んだ歌をみてみよう。

 

題詞は、「二月十九日於左大臣橘家宴見攀折柳條歌一首」<二月の十九日に、左大臣橘家の宴(うたげ)にして、攀(よ)ぢ折れる柳の条(えだ)を見る歌一首>である。

 

◆青柳乃 保都枝与治等理 可豆良久波 君之屋戸尓之 千年保久等曽

                (大伴家持 巻十九 四二八九)

 

≪書き下し≫青柳(あおやぎ)のほつ枝(え)攀(よ)ぢ取りかづらくは君がやどにし千年(ちとせ)寿(ほ)くとぞ

 

(訳)青柳の秀(ほ)つ枝(え)を引き寄せ折り取って、縵にするのは、我が君のお屋敷に誰も彼もがこうしてうち集うて、千年のお栄えを願ってのことでございます。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)ほつえ【上つ枝・秀つ枝】名詞:上の方の枝。 ※「ほ」は突き出る意、「つ」は「の」の意の上代の格助詞。上代語。[反対語] 中つ枝(え)・下枝(しづえ)。(学研)

(注)かづらく【鬘く】他動詞:草や花や木の枝を髪飾りにする。(学研)

 

 

 柳は、わずかな風でも揺れる。

神を招くために、薄く細長いものを意識的に揺らしたり、振ったりすることから柳の緩やかな揺れを見て、神宿ると信じられてきたのであろう。

 

 昨日、久しぶりに平城宮跡を散策した。

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平城宮跡大極殿

 青柳の垂れた枝がかすかに揺れる様は揺れているのに時が止まったように感じる。

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平城宮跡の青柳

 西に目をやると生駒山が見える。東には三笠山

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青柳と生駒山の遠望

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三笠山手前に東大寺」の遠望

 万葉の時代に引き込まれた感覚に陥る。

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「古代の恋愛生活 万葉集の恋歌を読む」 古橋信孝 著 (NHKブックス

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「はじめての万葉集 vol,11」 (奈良県HP)