万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その317,318)―東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(58,59)―巻十六 三七八六、巻十 二一八九

●歌は、「春さらばかざしにせむと我が思ひし桜の花は散り行けるかも」である。

 

f:id:tom101010:20191224200512j:plain

万葉の森船岡山万葉歌碑(58)(作者未詳)

●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(58)である。

 

●この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その134)」で紹介している。

歌をみておこう。

 

◆春去者 挿頭尓将為跡 我念之 櫻花者 散去流香聞 其一

                  (作者未詳    巻十六 三七八六)

 

≪書き下し≫春さらばかざしにせむと我が思ひし桜の花は散り行けるかも その一

 

(訳)春がめぐってきたら、その時こそ挿頭(かざし)にしようと私が心に思い込んでいた桜の花、その花ははや散って行ってしまったのだ、ああ。 その一 (伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)挿頭にせむ:髪飾りにしようと。妻にすることの譬え。

(注)かざし【挿頭】名詞:花やその枝、のちには造花を、頭髪や冠などに挿すこと。また、その挿したもの。髪飾り。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 巻十六「有由縁雑歌」の巻頭の「櫻児の話」の歌である。

 

―その318―

●歌は、「露霜の寒き夕の秋風にもみちにけらし妻梨の木は」である。

 

f:id:tom101010:20191224200645j:plain

万葉の森船岡山万葉歌碑(58)(作者未詳)

●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(59)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆露霜乃 寒夕之 秋風丹 黄葉尓来之 妻梨之木者

             (作者未詳 巻十 二一八九)

 

≪書き下し≫露霜(つゆしも)の寒き夕(ゆふへ)の秋風にもみちにけらし妻梨の木は

 

(訳)置く露のひとしお寒々とした夕(ゆうべ)、この夕方の秋風によって色づいたのであるらしい。妻なしという梨の木は。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)つまなし【妻梨】名詞:植物の梨(なし)の別名。「妻無し」に言いかけた語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

「なし(梨)」の別名は、「ありのみ(有実)」という。これは、「あし(葦)」が悪(あ)しに通じるから「善(よ)し」に言い替えたのと同じである。

 

はなしは脱線したが、前歌の二一八八歌にも「妻梨」の木が詠まれているので、こちらもみてみよう。

 

◆黄葉之 丹穂日者繁 然鞆 妻梨木乎 手折可佐寒

              (作者未詳 巻十 二一八八)

 

≪書き下し≫黄葉(もみぢば)のにほひは繁(しげ)ししかれども妻梨(つまなし)の木を手折(たを)りかざさむ

 

(訳)あの山のもみじの色づきはとりどりだ。しかし、妻なしの私は梨の木を手折って挿頭(かざし)にしよう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

両歌とも独り身のわびしさが良く出ている歌である。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)