万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1348裏②)―小矢部市蓮沼 万葉公園(源平ライン)(3裏②)―万葉集 巻十九 四一六六

●歌は、「・・・四月し立てば夜隠りに鳴くほととぎすいにしへゆ語り継ぎつるうぐひすの現し真子かも あやめぐさ花橘を娘子らが玉貫くまでにあかねさす昼はしめらにあしひきの八つ峰飛び越えぬばたまの夜はすがらに暁の月に向ひて行き帰り鳴き響むれどなにか飽き足らむ」である。

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小矢部市蓮沼 万葉公園(源平ライン)(3裏②)万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、小矢部市蓮沼 万葉公園(源平ライン)(3裏②)にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「詠霍公鳥并時花歌一首 幷短歌」<霍公鳥(ほととぎす)幷せて時の花を詠む歌一首 幷(あは)せて短歌>である。

(注)ときのはな【時の花】分類連語:①四季折々の花。②時に合って、はなやかに栄えることのたとえ。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意

 

◆毎時尓 伊夜目都良之久 八千種尓 草木花左伎 喧鳥乃 音毛更布 耳尓聞 眼尓視其等尓 宇知嘆 之奈要宇良夫礼 之努比都追 有争波之尓 許能久礼能 四月之立者 欲其母理尓 鳴霍公鳥 従古昔 可多里都藝都流 鴬之 宇都之真子可母 菖蒲 花橘乎 ▼嬬良我 珠貫麻泥尓 赤根刺 晝波之賣良尓 安之比奇乃 八丘飛超 夜干玉乃 夜者須我良尓 暁 月尓向而 徃還 喧等余牟礼杼 何如将飽足

   ▼は、「女偏に『感』」である。「▼嬬」で「をとめ」と読む

     (大伴家持 巻十九 四一六六)

 

≪書き下し≫時ごとに いやめづらしく 八千種(やちくさ)に 草木(くさき)花咲き 鳴く鳥の 声も変らふ 耳に聞き 目に見るごとに うち嘆き 萎(しな)えうらぶれ 偲(しの)ひつつ 争ふはしに 木(こ)の暗(くれ)の 四月(うづき)し立てば 夜隠(よごも)りに 鳴くほととぎす いにしへゆ 語り継ぎつる うぐひすの 現(うつ)し真子(まこ)かも あやめぐさ 花橘(はなたちばな)を 娘子(をとめ)らが 玉貫(ぬ)くまでに あかねさす 昼はしめらに あしひきの 八(や)つ峰(を)飛び越え ぬばたまの 夜(よる)はすがらに 暁(あかとき)の 月に向ひて 行き帰(がへ)り 鳴き響(とよ)むれど なにか飽き足(だ)らむ

 

(訳)四季それぞれに、ますます目も新たに、種々(くさぐさ)に草木は花が咲き、それにつれて鳴く鳥の声も変わってゆく。その鳥の声を耳に聞き、その花のさまを目にするたびに、溜息(ためいき)をつき、深く心打たれて賞(め)でながら、どれがいちばんよいか決めかねているうちに、木(こ)の下闇の四月ともなると、夜の闇の中に鳴く時鳥(ほととぎす)、このめでたい声の鳥は遥けくも遠き時代から言い伝えてきているように、まさしく鶯(うぐいす)のいとし子なのだな、菖蒲(あやめ)や花橘をおとめたちが薬玉(くすだま)に通す五月まで、あかねさす昼はひねもす、山の峰々を飛び越え、ぬばたまの夜は夜もすがら、明け方の月に向かって、往ったり来たりしては鳴き立てているけれども、何で聞き飽きるなどということがあろうか。聞いても聞いても飽きることはない。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)時ごとに:季節がめぐるごとに。(伊藤脚注)

(注)やちくさ【八千草・八千種】名詞:①たくさんの草。②多くの種類。種々。さまざま。(学研)

(注)うちなげく【打ち嘆く】自動詞:ふっとため息をつく。ため息まじりにつぶやく。 ※「うち」は接頭語。(学研)

(注)うらぶる 自動詞:わびしく思う。悲しみに沈む。しょんぼりする。 ※「うら」は心の意。(学研)

(注)しのぶ【偲ぶ】他動詞:①めでる。賞美する。②思い出す。思い起こす。思い慕う。(学研)ここでは①の意

(注)「うち嘆き萎えうらぶれ偲ひつつ」:溜息をつき深く心打たれて、それぞれに賞でながら。(伊藤脚注)

(注)争ふはしに:あれもよいこれもよいと心で決めかねているうちに。(伊藤脚注)

(注)よごもり【夜籠・夜隠】〔名〕:① 夜が深いこと。まだ夜が明けきらないこと。また、その時刻。深夜。夜ふけ。② 社寺に参拝して、一晩中こもって祈ること。(weblio辞書 精選版 日本国語大辞典)ここでは①の意

(注)うつしまこ【現し真子】:真実の子。(広辞苑無料検索)

(注)かも 終助詞《接続》体言や活用語の連体形などに付く。:①〔感動・詠嘆〕…ことよ。…だなあ。②〔詠嘆を含んだ疑問〕…かなあ。③〔詠嘆を含んだ反語〕…だろうか、いや…ではない。▽形式名詞「もの」に付いた「ものかも」、助動詞「む」の已然形「め」に付いた「めかも」の形で。④〔助動詞「ず」の連体形「ぬ」に付いた「ぬかも」の形で、願望〕…てほしいなあ。…ないかなあ。 ⇒参考 上代に用いられ、中古以降は「かな」。(学研)

(注)「うぐひすの現し真子かも」:まさに鴬の子そのものなのだな。(伊藤脚注)

(注)玉貫くまでに:薬玉に通す五月までに。(伊藤脚注)

(注)しみらに【繁みらに】副詞:ひまなく連続して。一日中。「しめらに」とも。 ⇒参考 「夜はすがらに」に対して、常に「昼はしみらに」の形で使う。(学研)

(注)すがらに 副詞:途切れることなく、ずっと。 ⇒参考 ふつう「夜」について用いる。(学研)

(注)行き帰り:行ったり来たりしては。(伊藤脚注)

 

 短歌もみてみよう。

 

◆毎時 弥米頭良之久 咲花乎 折毛不折毛 見良久之余志母

      (大伴家持 巻十九 四一六七)

 

≪書き下し≫時ごとにいやめづらしく咲く花を折りも折らずも見らくしよしも

 

(訳)四季それぞれにますます目も新たに咲く花、その花は、折り取るにせよ枝ながらにせよ、大いに目を楽しませてくれる。(同上)

 

◆毎年尓 来喧毛能由恵 霍公鳥 聞婆之努波久 不相日乎於保美<[毎年謂之等之乃波>

       (大伴家持 巻十九 四一六八)

 

≪書き下し≫毎年(としのは)に来鳴くものゆゑほととぎす聞けば偲(しの)はく逢(あ)はぬ日を多み <毎年、としのはといふ>

 

(訳)毎年来て鳴くものなのに、花が咲きつつゆく中で時鳥のその声を聞くと心がゆさぶられる。逢うことのできない日が多いので。<毎年は「としのは」と訓(よ)みます>(同上)

 

左注は、「右廿日雖未及時依興預作也」<右は、二十に、いまだ時に及(いた)らねども、興に依りて預(あらかじめ)作る>である。

 

 ホトトギスは、「北海道南部~九州の山林に飛来する夏鳥カッコウ科の鳥は、托卵する習性があり、自分では子育てはしない。ホトトギスの主な托卵相手はウグイス・・・」とある。(野鳥観察図鑑 成美堂出版)

四一六六歌にある「いにしへゆ 語り継ぎつる うぐひすの 現(うつ)し真子(まこ)かも」は、霍公鳥の鳴き声のすばらしさを讃えている表現である。万葉時代には今でいう「托卵」に事実を捉えていたのは、やはり自然観察に長けていたからであろう。

 

 高橋虫麻呂の歌にこの托卵事象を詠った歌があるのでこちらもみてみよう。

 

題詞は、「詠霍公鳥一首 幷短歌」<霍公鳥(ほととぎす)を詠(よ)む一首 幷せて短歌>である。

 

◆鸎之 生卵乃中尓 霍公鳥 獨所生而 己父尓 似而者不鳴 己母尓 似而者不鳴 宇能花乃 開有野邊従 飛翻 来鳴令響 橘之 花乎居令散 終日 雖喧聞吉 幣者将為 遐莫去 吾屋戸之 花橘尓 住度鳥

 

≪書き下し≫うぐひすの 卵(かひご)の中(なか)に ほととぎす ひとり生れて 汝(な)が父に 似ては鳴かず 汝(な)が母に 似ては鳴かず 卯(う)の花の 咲きたる野辺(のへ)ゆ 飛び翔(かけ)り 来鳴(きな)き響とよ)もし 橘(たちばな)の 花を居(ゐ)散らし ひねもすに 鳴けど聞きよし 賄(まひ)はせむ 遠(とほ)くな行きそ 我(わ)がやどの 花橘(はなたちばな)に 棲(す)みわたれ鳥(とり)

 

(訳)鶯(うぐいす)の卵の中に、時鳥(ほととぎす)よ、お前はただひとり生まれて、自分の父に似た鳴き声も立てなければ、自分の母に似た鳴き声も立てない。しかし、卯の花の咲いている野辺を渡って飛びかけって来てはあたりを響かせて鳴き、橘の枝にとまって花を散らし、一日中鳴いていても聞き飽きることがない。贈り物はちゃんとあげよう。遠くへ行かないでおくれ。我が家の庭の花橘にずっと棲みついておくれ、この鳥よ。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)「うぐひすの卵の中にほととぎすひとり生れて汝が父に似ては鳴かず汝が母に似ては鳴かず」:鶯などの巣に卵を生み落して雛を育てさせる時鳥の習性を歌う。(伊藤脚注)

(注)かひご【卵子】名詞:「かひ(卵)」に同じ。>かひ【卵】名詞:(鳥の)たまご。「かひご」とも(学研)

(注)うのはな【卯の花】名詞:①うつぎの花。白い花で、初夏に咲く。[季語] 夏。

②襲(かさね)の色目の一つ。表は白、裏は青という。陰暦四月ごろに用いた。「卯の花襲(がさね)」とも。(学研)ここでは①の意

(注)居散らす:枝にとまって散らす。(伊藤脚注)

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「野鳥観察図鑑」 (成美堂出版)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「広辞苑無料検索」

★「weblio辞書 精選版 日本国語大辞典

★「万葉歌碑めぐりマップ」 (高岡地区広域圏事務組合)