万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2355)―

■ささゆり■

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「我妹子が家の垣内のさ百合花ゆりと言へるはいなと言ふに似る」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート) 20230926撮影



●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆吾妹兒之 家之垣内乃 佐由理花 由利登云者 不欲云似

      (紀豊河 巻八 一五〇三)

 

≪書き下し≫我妹子(わぎもこ)が家(いへ)の垣内(かきつ)のさ百合(ゆり)花(ばな)ゆりと言へるはいなと言ふに似る

 

(訳)あの子の家の垣根の内に咲いているさ百合(ゆり)の花、その名のようにゆり、あとでと言っているのは、いやだということと同じなんだな。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)かきつ【垣内】:《「かきうち」の音変化か》垣根に囲まれたうち。屋敷地の中。かいと。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)さ百合花:上三句は序。同音で「ゆり」を起こす。垣の内の花に美女への憧れ心をこめる。(伊藤脚注)

(注の注)さ:接頭語

(注)ゆり【後】名詞:後(のち)。今後。 ※上代語。(学研)

 

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 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1072)」で、集中「百合」を詠んだ歌は十一首収録されているが、その中の一首として紹介している。

 ➡ こちら1072

 

 

 

 一五〇三歌の詠まれている「垣内(かきつ)」という言葉が気になるので、他の歌でこの言葉が使われている歌を調べてみた。

 

■巻九 一八〇〇■

題詞は、「過足柄坂見死人作歌一首」<足柄(あしがら)の坂を過ぐるに、死人(しにん)を見て作る歌一首>である。

(注)足柄:箱根山の北の峠。駿河と相模の国境。(伊藤脚注)

(注)死人:行き倒れて死んでいる人。(伊藤脚注)

 

◆小垣内之 麻矣引干 妹名根之 作服異六 白細乃 紐緒毛不解 一重結 帶矣三重結 <苦>伎尓 仕奉而 今谷裳 國尓退而 父妣毛 妻矣毛将見跡 思乍 徃祁牟君者 鳥鳴 東國能 恐耶 神之三坂尓 和霊乃 服寒等丹 烏玉乃 髪者乱而 邦問跡 國矣毛不告 家問跡 家矣毛不云 益荒夫乃 去能進尓 此間偃有

       (田辺福麻呂 巻九 一八〇〇)

 

≪書き下し≫小垣内(かきつ)の 麻(あさ)を引き干(ほ)し 妹なねが 作り着せけむ 白栲(しろたへ)の 紐(ひも)をも解かず 一重(ひとへ)結(ゆ)ふ 帯(おび)を三重(みへ)結(ゆ)ひ 苦しきに 仕(つか)へ奉(まつ)りて 今だにも 国に罷(まか)りて 父母(ちちはは)も 妻をも見むと 思ひつつ 行きけむ君は 鶏(とり)が鳴く 東(あづま)の国の 畏(かしこ)きや 神の御坂(みさか)に 和妙(にきたへ)の 衣(ころも)寒(さむ)らに ぬばたまの 髪は乱れて 国問(と)へど 国をも告(の)らず 家問(と)へど 家をも言はず ますらをの 行きのまにまに ここに臥(こ)やせる

 

(訳)垣根の内の庭畠の麻を引き抜いて干し、いとしいお人が布に織って着せてくれた白い着物の紐も解かないまま、一廻(まわ)りの帯を三廻りにも結ぶほど瘦せ細り、つらさに堪えながら任務を果たして、今すぐにでも家に帰って父母にも妻にも逢おうと、胸はずませて道を辿ったあなたは、遠い東の国の、恐ろしい神の支配されるこの坂で、柔らかな着物も寒々と、黒い髪の毛はばらばらに乱れて、国はどこかと尋ねても国の名も告げず、家はどこかと尋ねても家のありかも言わず、雄々しい立派な男子が、遠く故郷を離れたまま、こんな所に臥せっておられる。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)小垣内(をかきつ):「小」は接頭語。

(注)かきつ【垣内】:《「かきうち」の音変化か》垣根に囲まれたうち。屋敷地の中。かいと。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)妹なね:ナネは親愛の接尾語。(伊藤脚注)

(注)帯(おび)を三重(みへ)結(ゆ)ひ:勤務の苦しさに痩せたさま。(伊藤脚注)

(注)行きけむ君は:故郷へと道を辿った君は。(伊藤脚注)

(注)とりがなく【鳥が鳴く・鶏が鳴く】分類枕詞:東国人の言葉はわかりにくく、鳥がさえずるように聞こえることから、「あづま」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)畏(かしこ)きや 神の御坂(みさか)に:恐ろしい神の支配する足柄坂。ヤは間投助詞。(伊藤脚注)

(注)にきたへ【和栲・和妙】名詞:打って柔らかくした布。織り目の細かい布。 ※「にき」は接頭語。中古以降は「にぎたへ」。[反対語] 荒栲(あらたへ)。(学研)

(注)まにまに【随に】分類連語:①…に任せて。…のままに。▽他の人の意志や、物事の成り行きに従っての意。②…とともに。▽物事が進むにつれての意。 ⇒参考:名詞「まにま」に格助詞「に」の付いた語。「まにま」と同様、連体修飾語を受けて副詞的に用いられる。(学研)ここでは①の意

 

 

 

■巻十八 四〇七七■

◆和我勢故我 布流伎可吉都能 佐久良婆奈 伊麻太敷布賣利 比等目見尓許祢

       (大伴家持 巻十八 四〇七七)

 

≪書き下し≫我が背子(せこ)が古き垣内(かきつ)の桜花いまだ含めり一目(ひとめ)見に来(こ)ね

 

(訳)懐かしいあなたがおられたもとのお屋敷の桜の花、その花はまだ蕾(つぼみ)のままです。一目見に来られよ。(同上)

(注)かきつ【垣内】:《「かきうち」の音変化か》垣根に囲まれたうち。屋敷地の中。かいと。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)ふふむ【含む】自動詞:花や葉がふくらんで、まだ開ききらないでいる。つぼみのままである。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その936)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

■巻十九 四二〇七■

題詞は、「廿二日贈判官久米朝臣廣縄霍公鳥怨恨歌一首幷短歌」<二十二日に、判官久米朝臣広縄に贈る霍公鳥を怨恨の歌一首幷(あは)せて短歌>である。

 

◆此間尓之氐 曽我比尓所見 和我勢故我 垣都能谿尓 安氣左礼婆 榛之狭枝尓 暮左礼婆 藤之繁美尓 遥ゝ尓 鳴霍公鳥 吾屋戸能 殖木橘 花尓知流 時乎麻太之美 伎奈加奈久 曽許波不怨 之可礼杼毛 谷可多頭伎氐 家居有 君之聞都ゝ 追氣奈久毛宇之

     (大伴家持 巻十九 四二〇七)

 

≪書き下し≫ここにして そがひに見ゆる 我が背子(せこ)が 垣内(かきつ)の谷に 明けされば 榛(はり)のさ枝(えだ)に 夕されば 藤(ふぢ)の茂(しげ)みに はろはろに 鳴くほととぎす 我がやとの 植木橘(うゑきたちばな) 花に散る 時をまだしみ 来鳴かなく そこは恨(うら)みず しかれども 谷片付(かたづ)きて 家(いへ)居(を)れる 君が聞きつつ 告(つ)げなくも憂(う)し

 

(訳)ここからはうしろの方に見える、あなたの屋敷内の谷間に、夜が明けてくると榛の木のさ枝で、夕暮れになると藤の花の茂みで、はるばると鳴く時鳥(ほととぎす)、その時鳥が、我が家の庭の植木の橘はまだ花が咲いて散る時にならないので、来て鳴いてはくれない、が、そのことは恨めしいとは思わない。しかしながら、その谷の傍らに家を構えてお住まいの君が、時鳥の声を聞いていながら、報せてもくれないのはひどいではないか。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)ここ:家持の館をさす

(注)そがひ【背向】名詞:背後。後ろの方角。後方。(学研)

(注)かきつ【垣内】《「かきうち」の音変化か》:垣根に囲まれたうち。屋敷地の中。かいと。(weblio辞書 デジタル大辞泉) >>>「垣内の谷」広縄の館が、時鳥の鳴く谷に近かったので、このように言ったのである。(伊藤脚注)

(注)はろばろ【遥遥】[副]《古くは「はろはろ」》:「はるばる」に同じ。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(訳)かたつく【片付く】自動詞:一方に片寄って付く。一方に接する。(学研)

 

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その830)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

■巻十九 四二八七■

◆鸎能 鳴之可伎都尓 ゝ保敝理之 梅此雪尓 宇都呂布良牟可

       (大伴家持 巻十九 四二八七)

 

≪書き下し≫うぐひすの鳴きし垣内(かきつ)ににほへりし梅この雪にうつろふらむか

 

(訳)鴬が鳴いて飛んだ御庭の内に美しく咲いていた梅、あの梅の花は、この降る雪に今頃散っていることであろうか。(同上)

(注)にほふ【匂ふ】自動詞:美しく咲いている。美しく映える。(学研)

(注)うつろふ【移ろふ】自動詞①移動する。移り住む。②(色が)あせる。さめる。なくなる。③色づく。紅葉する。④(葉・花などが)散る。⑤心変わりする。心移りする。⑥顔色が変わる。青ざめる。⑦変わってゆく。変わり果てる。衰える。 ※「移る」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」からなる「移らふ」が変化した語。(学研)ここでは④

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2300)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 調べているなかで「垣つ田」という言葉もあったのでみてみよう。

 

■巻十三 三二二三;垣つ田

(注)かきつた【垣内田】:囲いの中にある田。屋敷地内にある田。(goo辞書)

 

◆・・・神(かむ)なびの 清き御田屋(みたや)の 垣(かき)つ田(た)の 池の堤(つつみ)の 百足(ももた)らず 斎槻(いつき)の枝(えだ)に 瑞枝(みづえ)さす 秋の黄葉(もみぢば)・・・

       (作者未詳 巻十三 三二二三)

 

(訳)・・・神なびに清らかな御田屋の、垣内の田んぼの池の堤、その堤に生い立つ神々しい槻の木には、勢いよくさし延べた枝いっぱいに秋のもみじが輝く・・・(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)みたや【御田屋】:神領の田地を管理する人のいる小屋。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)ももたらず【百足らず】分類枕詞:百に足りない数であるところから「八十(やそ)」「五十(いそ)」に、また「や」や「い」の音から「山田」「筏(いかだ)」などにかかる。(学研)

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉