万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界へ飛び込もう(その2961)―書籍掲載歌を中軸に(Ⅲ)―宅庄往来の文芸

【届けられた妻の下着】

この九月には、庄の大嬢から、平城京の家持のもとへもう一つ大切な贈り物が届きました。それは、大嬢の下着です。下着を受け取った家持が庄の大嬢に贈った歌が、続いて収載されています。

 (秋の相聞 巻八の一六二六)(歌は省略)

 ここでいう『形見』とは、もらった相手を偲(しの)ぶよすがとなる品のことをいいます。ただ、現代と違うのは、死に別れのときだけでなく、生きて別れるときにも贈答するものだった、ということです。・・・大嬢は身につけていた下着を脱いで、『形見』として家持に贈ったのでした。そのお礼を述べた歌が、この歌なのです。『秋風が寒くなってきたこのごろ、衣の下に着込みましょう』という表現の言外には『稲刈りが済むまで、共寝はできないわけですから』という気持ちが込められていると思います。

 着ている下着を脱いで恋人に贈るということは、・・・古代においては一般的に行われていた習俗だったようです。・・・普通に行われていた愛情表現だったのです(巻七の一〇九一)。・・・」(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)

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【宅と庄の二重生活、家族と労働】

 「・・・

  • 大嬢から稲縵とともに、それを自慢する歌が家持に届く(庄→宅/歌と稲縵)。
  • それに対して、家持がお礼の歌を返す(宅→庄/歌のみ)。
  • さらに、大嬢から下着が届く(庄→宅/下着のみ)。
  • それに対して、家持がお礼の歌を返す(宅→庄/歌のみ)。

 というやり取りがあったことが、『万葉集』からわかるのです。それらは、農作業の進捗を歌い、季節の推移を歌い、互いの健康を気遣う相聞歌(そうもんか)であると同時に、万葉貴族の小さな旅だったのです。わたしは、これを『宅庄(たくしょう)往来の文芸』と名づけています。」(同上)

 

 

【万葉貴族、家族の肖像】

 「・・・わたしたちは、なぜ家族の肖像を残そうとするのでしょうか。それは、わたくしたちが、その家族が永遠に存続するものでないということを・・・人間というものが、有限の時間を生きている生物である、ということを知っているからです。

 『万葉集』巻第八は、天平時代を生きた家族のそれぞれの秋を伝えてくれています。そこには、稲の収穫をめぐって、領地に下向した女たちと、平城京に残って執務をこなしていたであろう官僚の姿が映し出されていました。・・・」(同上)

 

 巻八の一六二六歌をみていこう。

■巻八の一六二六歌■

題詞は、「又報脱著身衣贈家持歌一首」<また、身に着(け)る衣(ころも)を脱ぎて家持に贈りしに報(こた)ふる歌一首>である。

 

◆秋風之 寒比日 下尓将服 妹之形見跡 可都毛思努播武

       (大伴家持 巻八 一六二六)

 

≪書き下し≫秋風の 寒きこのころ 下(した)に着(き)む 妹(いも)が形見(かたみ)と かつも偲(しの)はむ

 

(訳)秋風が さむーいこのごろはね 下に着込むことにしましょう おまえさんの身代わりとして ともかくは偲ぶよすがにしましょう(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)

(注)かつも【且も】〘 副詞 〙 ( 副詞「かつ」に助詞「も」の付いてできた語 ) :一方でまた。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

左注は、「右三首天平十一年己卯秋九月徃来」<右の三首、天平十一年己卯(きぼう)の秋九月に徃来(わうらい)す>である。

 

 

 巻七 一〇九一歌もみてみよう。

■巻七 一〇九一歌■

◆可融 雨者莫零 吾妹子之 形見之服 吾下尓著有

       (作者未詳 巻七 一〇九一)

 

≪書き下し≫通(とほ)るべく雨はな降りそ我妹子(わぎもこ)が形見(かたみ)の衣(ころも)我(あ)れ下(した)に着(け)り

 

(訳)濡れ通るほどに、雨は降らないでおくれ。いとしいあの子の形見の衣、その衣を私は下に着ているのだから。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)形見の衣:旅に出る時などに、男女が安全を祈り再会を期して交換した肌着。(伊藤脚注)

(注)着り:着アリの約。(伊藤脚注)

(注の注)けり 【着り・著り】自動詞:着ている。 ※動詞「き(着)る」の連用形+ラ変動詞「あり」からなる「きあり」の変化した語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 

 

 

 上野著の説明のなかに、「大伴家持を代表とする名門貴族大伴氏も、平城京の東北の佐保(さほ)に、邸宅を持っていたことがわかります。」とあったが、もう少しフォーカスしてみると、大伴氏の邸宅について、佐保山茶論HPに次のように書かれている。

「佐保山茶論は平城宮跡東側のやや北寄りに位置する佐保山と呼ばれる緑豊かな丘陵の麓にある芸術・文芸サロンです。佐保山の裾野は古代より佐保と呼ばれ、南には春日山に源を発する佐保川が東から西に流れています。佐保を東西に横切る一条通りは奈良時代平城京の大路、一条南大路の面影を残している道です。奈良時代の佐保は高級貴族の邸宅、別荘地で、万葉の歌にも数多く詠まれた風光明媚な地でした。

 佐保山茶論の近くに奈良時代を代表する万葉歌人大伴家持大伴旅人大伴坂上郎女を輩出した佐保の大伴氏の邸宅があったと言われています。旅人の嫡男が家持、旅人の異母妹で家持の叔母が坂上郎女です。」

 

 

 

 佐保山茶論については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その32改)」で茶論の玄関先の万葉歌碑(大伴家持 19-4291)とともに紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

佐保山茶論と玄関先万葉歌碑(大伴家持 19-4291) 20190324撮影



 

 

 

 

 32改を読み返してみると、万葉集とは、と手探りの状態で、万葉歌碑についてもここまでほぼ全国的に展開するとは思ってもみなかった初々しい気持ちが伝わってくる。

 よくここまで続いたものだと、感心すると同時に、機会を作って、東歌や九州で残された万葉歌碑を巡りたい気持ちにますます駆られるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典