万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その32改)―法連町 岡本邸門前の庭―万葉集 巻十九 四二九一

●歌は、「我がやどのいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕べかも」である。

 

f:id:tom101010:20190404203552j:plain

法蓮町岡本邸門前の庭万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、奈良市法華町岡本邸前庭にある。 

 

●歌をみていこう。

 

◆和我屋度能(わがやどの) 伊佐左村竹(いささむらたけ) 布久風能((ふくかぜの) 於等能可蘇氣伎(おとのかそけき) 許能由布敕可母(このゆふべかも)

                 (大伴家持 巻十九 四二九一)

 

≪書き下し≫我がやどのい笹(ささ)群竹(むらたけ)吹く風の音のかそけきこの夕(ゆうへ)かも

 

 これまでも家持の歌を紹介してきたが、少し雰囲気が異なる、繊細な内面的な歌である。この歌の訳ならびに背景の解説等は「佐保山茶論NP」に深く掘り下げて載っているので、そのまま、引用させていただく。

 

(訳)わが家の庭のささやかな竹群に吹く風の、葉ずれの音がかすかにしている、この夕暮れであることよ。

(訳 コレクション日本歌人選「大伴家持」 小野 寛 笠間書院より)

 

 (解説)歌碑の歌は天平勝宝5年(753年)2月、36歳の大伴家持平城京佐保の自邸で春の愁いの心を 詠んだ「春愁絶唱三首」と称せられる中の一首(万葉集巻19、4291)です。
  歌にある「いささ群竹(むらたけ)」は「わずかばかりの小さな竹群」、「かそけき」は家持 独自の造語で、家持の心でとらえた「かすかな」と解されています。
  「春愁絶唱三首」はその2年前まで国守として5年間在任した越中(国庁は現在の富山県高岡市 伏木)で磨き育まれた家持の歌境の到達点ともいえる歌です。当時、官界の情勢は家持の本意と違った方向に動きつつあり、その現状を愁う家持の心境が「春愁絶唱三首」に反映されているともいわれています。

(注)いささ:ほんの小さな。ほんの少しばかり。「いささ群竹」「いささ小川」

 

 この歌碑は、「万葉ゆかりの地をたずねて~万葉歌碑めぐり~」(奈良市HP)によると、「法連町 岡本邸門前の庭」とある。グーグルマップで検索してみると「佐保山茶論」と出てくる。それを頼りに車を走らせる。目的地に近づけば近づくほど道は狭くなる。ほぼ車幅いっぱいといった感じの道である。角を回るのもぎりぎり。右角の植え込みに石が置いてあるのが見えた。やばいかなと思いつつもゆっくりハンドルを切る。しかし、次の瞬間、「ガスッ!」とかすかに石をこすったような音が聞こえた。バンパーの底部を傷つけてしまった。

 この車では初のトラブルである。

 車両保険は入っていたが、相談してみると、使わない方が良いとのことなので、補修用筆型ペイントで補修することになった。

 これまで万葉歌碑を訪ねてのドライブは狭い道が多くいつかはと思っていたが遂にやってしまった。

f:id:tom101010:20190404203850j:plain

佐保山茶論の景観

 

 この佐保山茶論はどういうところかと検索してみた。

 HPによると、「 佐保山茶論は平城宮跡東側のやや北寄りに位置する佐保山と呼ばれる緑豊かな丘陵の麓にある芸術・文芸サロンです。佐保山の裾野は古代より佐保と呼ばれ、南には春日山に源を発する佐保川が東から西に流れています。佐保を東西に横切る一条通りは奈良時代平城京の大路、一条南大路の面影を残している道です。奈良時代の佐保は高級貴族の邸宅、別荘地で、万葉の歌にも数多く詠まれた風光明媚な地でした。
  佐保山茶論の近くに奈良時代を代表する万葉歌人大伴家持大伴旅人大伴坂上郎女を輩出した佐保の大伴氏の邸宅があったと言われています。」とある。さらに、「 奈良時代、佐保の邸宅、別荘に風雅を愛でる風流士が集い、芸術・文芸を楽しんだことが伝えられています。日本最古の漢詩集「懐風藻」には長屋王の佐保の別荘「作宝楼(さほろう)」の詩宴 で詠まれた漢詩が多数収録されており、そうしたことがうかがえます。」ともある。

 HPコンテンツ「万葉等講演会」を見ると、「万葉集の世界を学ぶ~様々な角度から万葉集を味わう~(全5回)」とあり、新年号で、第1回が令和元年5月18日(土)との案内がされていた。5回目は、令和2年1月となっている。

 

 

 

  この前の歌四二九〇の題詞は、「廿三日依興作歌二首」<二十三日に、興の依りて作る歌二首>とある。それもみていこう。

 

◆春野尓 霞多奈▼伎 宇良悲 許能暮影尓 鸎奈久母

                 (大伴家持 巻十九 四二九〇)

 ※ ▼は「田ヘンに比」である。「多奈▼伎」=「たなびき」

 

≪書き下し≫春の野に霞(かすみ)たなびきうら悲しこの夕影(ゆふかげ)にうぐひす鳴くも

 

(訳)春の野に霞がたなびいて、何となしに物悲しい。この夕暮れのほのかな光の中で、鴬がないている。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)ゆふかげ:①夕暮れ時の光。夕日の光。

        ②夕暮れ時の光を受けた姿・形。

 

 

  家の近くの万葉の小径の歌碑の紹介から始まって、奈良市HP「万葉ゆかりの地をたずねて~万葉歌碑めぐり~」を手掛かりに、自分なりに学習を重ねてきたつもりであるが、茶論HPの解説などを読んでみて、まだまだごくごく表面的な理解に留まっていることに気づかされた。

 桜井市のHPにも「ひみこの里・記紀万葉のふるさと『万葉歌碑めぐり』」に、「山の辺・纏向エリア」、「磐余・忍阪エリア」、「多武峰エリア」、「朝倉・初瀬エリア」の万葉歌碑が載っている。明日香近辺についても他のHPで検索できる。

広く浅く歌を、歌碑を手掛かりに見ていき、そこをきっかけに、少しでも深耕できるように頑張っていきたい。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉ゆかりの地をたずねて~万葉歌碑めぐり~」(奈良市HP)

★「佐保山茶論」HP

★「ひみこの里・記紀万葉のふるさと『万葉歌碑めぐり』」(桜井市観光情報サイト)

 

※20210503朝食関連記事削除、一部改訂