万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その33の1改)―奈良市登大路町「県庁東交差点」北東角―万葉集 巻十 一八七二

―その33の1―

●歌は、「見渡せば春日の野辺に霞立ち咲きにほへるは桜花かも」である。

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登大路町県庁東交差点北東万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、奈良市登大路町「県庁東交差点」北東角にある。

 

●歌をみていこう。

◆見渡者 春日之野邊尓 霞立 開艶者 櫻花鴨

               (作者未詳 巻十 一八七二)

 

≪書き下し≫見わたせば春日(かすが)の野辺(のへ)に霞(かすみ)たち咲きにほえるは桜花かも

 

(訳)遠く見わたすと、春日の野辺の一帯には霞が立ちこめ、花が美しく咲きほこっている、あれは桜花であろうか。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より))

(注)にほふ:①美しく咲いている。美しく映える。

       ②美しく染まる。(草木などの色に)染まる。

       ③心地よく香る。香が漂う。

       ④美しさがあふれている。美しさが輝いている。

       ⑤恩を受ける。おかげをこうむる。

 

 季節的にはちょうど今頃である。

 平日ではあるが、春休みということもあり奈良公園には結構人が来ている。道を歩いている和服姿の男女の姿も。しかしよくよく見ると何かぎこちないところも。すれ違いざま耳に飛び込んでくるのは中国語である。着物をレンタルして着付けして散策しているのだろうか。

 

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着物姿で鹿と戯れる人たち

 万葉集巻十には、「詠花」とあり、一八五四から一八七三まで二十首の歌が収録されている。すべて作者未詳である。

 いずれもなぜか惹かれる歌であるので、今回と次回の2回に分けて20首を紹介することにしたい。

 

◆鸎之(うぐいすの) 木傳梅乃(こづたふうめの) 移者(うつろへば) 櫻花之(さくらのはなの) 時片設奴(ときかたまけぬ)

                     (作者未詳 巻十 一八五四)

(略訳)鴬が木から木へと伝う梅が散り始めると桜の花が咲く時節になってきますよ

(注)かたまく:待ち受ける。(その時節に)なる。(その時節を)待ち受ける。

(注)うつろふ:①移動する。移り住む。

        ②(色が)あせる。覚める。なくなる。

        ③色づく。紅葉する。

        ④(葉・花などが)散る。

        ⑤心変わりする。心移りする。

        ⑥顔色が変わる。青ざめる。

        ⑦変わってゆく。変わり果てる。衰える。

 

◆櫻花(さくらばな) 時者雖不過(ときはすぎねど) 見人之(みるひとの) 戀盛常(こひのさかりと) 今之将落(いまはちるらむ)

                     (作者未詳 巻十 一八五五)

(略訳)桜の花はまだ散る時ではないのに、花を見る人が美しい盛りと愛でてくれる今が旬だと散りいそぐのだろうか

 

◆我刺(わがさせる) 柳絲乎(やなぎのいとを) 吹乱(ふきみだる) 風尓加妹之(かぜにかいもが) 梅乃散覧(うめのちるらむ)

                     (作者未詳 巻十 一八五六)

(略訳)私がかざす柳の細い枝を揺らす風のせいで、妻がかざす梅の花を散らしてしまうのだろうか

(注)いと:①糸

      ②糸のように細く長いもの。柳の枝やくものいとをたとえていう。

      ③(弦楽器の)弦。弦楽器。

 

◆毎年(としのはに) 梅者開友(うめはさけども) 空蝉之(うつせみの) 世人吾羊蹄(よのひとわれし) 春無有来(はるなかりけり)

                     (作者未詳 巻十 一八五七) 

(略訳)毎年梅の花は咲くのにこの世の人である私には春は来ないのだ

 

◆打細尓(うつたへに) 鳥者雖不喫(とりははまねど) 縄延(しめはえて) 守巻欲寸(もらまくほしき) 梅花鴨(うめのはなかも)

                      (作者未詳 巻十 一八五八)

(略訳)ことさらに鳥がついばむわけだはないが、しめ縄を張ってでも守りたい梅の花であるよ

(注)うつたへに:①(下に打消・反語の表現を伴って)ことさら。まったく。

         ②(肯定の表現を伴って)きっと。

(注)はむ:①食う。飲む。ついばむ。

      ②(俸禄や知行を)受ける。

 

◆馬並而(うまなめて) 高山部乎(たかのやまへを) 白妙丹(しろたへに) 令艶色有者(にほはしたるは) 梅花鴨(うめのはなかも)

    (作者未詳 巻十 一八五九)

(略訳)手綱を手繰るたかではないが、多賀の山辺を真っ白に染め上げているのは梅の花ではないか

(注)うまなめて:枕詞。馬を並べて手綱を手操ることから、操る意の「たく」と

         類音の地名「たか」にかかる

(注)たか(高):京都府綴喜郡井手町多賀をさす?

 

◆花咲而(はなさきて) 實者不成登裳(みはならねども) 長氣(ながきけに) 所念鴨(おもほゆるかも) 山振之花(やまぶきのはな)

                      (作者未詳 巻十 一八六〇)

(略訳)花は咲いても実はならないのだけれどもずっと以前から気にかかっていたいた山吹の花よ

 

能登河之(のとがわの) 水底幷尓(みなそこさへに) 光及尓(てるまでに) 三笠乃山者(みかさのやまは) 咲来鴨(さきにけるかも)

                       (作者未詳 巻十 一八六一)

(略訳)能登川の川底さえも輝いて見えるほど、三笠山の花は咲いたことだ

(注)能登川春日山高円山の間の地獄谷に発し春日野を流れる川

 

 三笠山の花といえば神の花だから、その花をほめる歌として、能登川の川底が輝くと歌っている。春日の神の山と水をほめるための基本的な発想であるといわれている。

 

◆見雪者(ゆきみれば) 未冬有(いまだふゆなり) 然為蟹(しかすがに) 春霞立(はるかすみたち) 梅者散乍(うめはちりつつ)

                       (作者未詳 巻十 一八六二)

(略訳)雪を見るとまだ冬だ、とはいえ春霞が立って、梅の花が散っているよ

(注)しかすがに:そうはいうものの。そうではあるが、しかしながら。

 

◆去年咲之(こぞさきし) 久木今開(ひさぎいまさく) 徒(いたずらに) 土哉将堕(つちにかもおちむ) 見人名四二(みるひとなしに)

                       (作者未詳 巻十 一八六三)

(略訳)昨年咲いた「ひさぎ」が今年も咲いたが、むなしく地に落ちてしまうのか 誰も見る人がいないのに

(注)ひさぎ:木の名。あかめがしわ。一部に、きささげ。

 

(参考文献)

★「萬葉集」鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

★「大和万葉―その歌の風土」 堀内民一 著 (創元社

★「万葉ゆかりの地をたずねて~万葉歌碑ねぐり~」(奈良市HP)

★「Weblio古語辞書」

 

※20210512朝食関連記事削除、一部改訂