●歌は、「白雲の竜田の山の滝の上のおぐらの嶺に咲きををる桜の花は山高み風しやまねば春雨の継ぎてし降ればほつ枝は散り過ぎにけり下枝に残れる花はしましくは散りなまがひそ草枕旅行く君が帰り来るまで(高橋虫麻呂 9-1747)」、「うぐひすの 卵の中に ほととぎす ひとり生れて 汝が父に 似ては鳴かず 汝が母に 似ては鳴かず 卯の花の 咲きたる野辺ゆ 飛び翔り 来鳴き響もし・・・(高橋虫麻呂 9-1755)」、「かき霧らし雨の降る夜をほととぎす鳴きて行くなりあはれその鳥(高橋虫麻呂 9-1756)」である。
●歌をみていこう。
■■巻九 一七四七~一七五二歌■■
題詞は、「春三月諸卿大夫等下難波時歌二首幷短歌」<春の三月に、諸卿大夫等(まへつきみたち)が難波(なには)に下(くだ)る時の歌二首幷せて短歌>である。
(注)春の三月:この歌の作者と思われる高橋虫麻呂の庇護者、藤原宇合が知造難波宮事として功をなした天平四年(七三二)三月頃か。(伊藤脚注)
■巻九 一七四七歌■
◆白雲之 龍田山之 瀧上之 小※嶺尓 開乎為流 櫻花者 山高 風之不息者 春雨之 継而零者 最末枝者 落過去祁利 下枝尓 遺有花者 須臾者 落莫乱 草枕 客去君之 及還来
※「木+安」=くら
(高橋虫麻呂 巻九 一七四七)
≪書き下し≫白雲の 竜田の山の 滝の上(うへ)の 小「木+安」(おぐら)の嶺(みね)に 咲きををる 桜の花は 山高み 風しやまねば 春雨(はるさめ)の 継(つ)ぎてし降れば ほつ枝(え)は 散り過ぎにけり 下枝(しづえ)に 残れる花は しましくは 散りなまがひそ 草枕 旅行く君が 帰り来るまで
(訳)白雲の立つという名の竜田の山を越える道沿いの、その滝の真上にある小※(をぐら)の嶺、この嶺に、枝もたわわに咲く桜の花は、山が高くて吹き下ろす風がやまない上に、春雨がこやみなく降り続くので、梢の花はもう散り失(う)せてしまった。下枝に咲き残っている花よ、もうしばらくは散りみだれないでおくれ。難波においでの我が君がまたここに帰って来るまでは。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)しらくもの【白雲の】分類枕詞:白雲が立ったり、山にかかったり、消えたりするようすから「立つ」「絶ゆ」「かかる」にかかる。また、「立つ」と同音を含む地名「竜田」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)滝の上:大和川亀の瀬付近の急流か。(伊藤脚注)
(注)ををる【撓る】自動詞:(たくさんの花や葉で)枝がしなう。たわみ曲がる。 ※上代語。(学研)
(注)君:知造難波宮事として功をなした藤原宇合のこと。高橋虫麻呂の庇護者。
(注)ほつえ 【上つ枝・秀つ枝】名詞:上の方の枝。 ※「ほ」は突き出る意、「つ」は「の」の意の上代の格助詞。上代語。[反対語] 中つ枝(え)・下枝(しづえ)。(学研)
(注)しましく【暫しく】副詞:少しの間。 ※上代語。(学研)
■巻九 一七四八歌■
◆吾去者 七日者不過 龍田彦 勤此花乎 風尓莫落
(高橋虫麻呂 巻九 一七四八)
≪書き下し≫我(わ)が行きは七日(なぬか)は過ぎし竜田彦(たつたひこ)ゆめこの花を風にな散らし
(訳)われらの旅は、いくらかかっても七日を過ぎることはあるまい。竜田彦様、どうか、けっしてこの花を風に散らさないでくださいまし。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)我が行きは:われらの旅は。長歌と違い、自分を中心に歌っている。(伊藤脚注)
(注)七日は過ぎじ:日数の多いことをいう。(伊藤脚注)
(注)たつたひこ【竜田彦/竜田比古】:延喜式にみえる竜田比古竜田比女神社の祭神の一。風をつかさどる神。(weblio辞書 デジタル大辞泉)
一七四七・一七四八歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その188改)」で紹介している。
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■巻九 一七四九■
◆白雲乃 立田山乎 夕晩尓 打越去者 瀧上之 櫻花者 開有者 落過祁里 含有者 可開継 許知期智乃 花之盛尓 雖不見在 君之三行者 今西應有
(高橋虫麻呂 巻九 一七四九)
≪書き下し≫白雲の 龍田の山を 夕暮(ゆふぐ)れに うち越え行けば 滝(たき)の上(うへ)の 桜の花は 咲きたるは 散り過ぎにけり ふふめるは 咲き継(つ)ぎぬべし こちごちの 花の盛(さか)りに 見ざれども 君がみ行(ゆ)きは 今にしあるべし
(訳)白雲の竜田の山、この山を夕暮れに馬に鞭(むち)くれては越えて行くと、滝のあたりの桜の花は、咲いていたのにもう散り失せてしまいました。蕾(つぼみ)のままのは追い継いで咲くでしょう。こちらの花もあちらの花も一度に咲いた盛りを目にするわけにはゆかないけれども、我が君のお出ましは、今がいちばん結構な時といえましょう。(同上)
(注)白雲の:以下、この群は、花に語りかける前群に対し、宇合たちに語りかける。(伊藤脚注)
(注の注)しらくもの【白雲の】分類枕詞:白雲が立ったり、山にかかったり、消えたりするようすから「立つ」「絶ゆ」「かかる」にかかる。また、「立つ」と同音を含む地名「竜田」にかかる。(学研)
(注)打つ:馬に鞭をくれる意。(伊藤脚注)
(注)ふふむ【含む】自動詞:花や葉がふくらんで、まだ開ききらないでいる。つぼみのままである。(学研)
(注)こちごち【此方此方】代名詞:あちこち。そこここ。 ※上代語。(学研)
(注)見ざれども:底本には「雖不見左右」とあるが「雖不見在」の誤りと見る。(伊藤脚注)
■巻九 一七五〇歌■
◆暇有者 魚津柴比渡 向峯之 櫻花毛 折末思物緒
(高橋虫麻呂 巻九 一七五〇)
≪書き下し≫暇(いとま)あらばなづさひ渡り向(むか)つ峰(を)の桜の花も折(を)らましものを
(訳)暇さえあったら、激しい流れを押し渡って行って、向こう岸の峰に咲く桜の花を折って取っても参りましょうに。(同上)
(注)なづさふ 自動詞:①水にもまれている。水に浮かび漂っている。②なれ親しむ。慕いなつく。(学研)ここでは①の意
一七四九・一七五〇歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1365)」で紹介している。
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■■巻九 一七五五・一七五六歌■■
題詞は、「詠霍公鳥一首 幷短歌」<霍公鳥(ほととぎす)を詠(よ)む一首 幷せて短歌>である。
■巻九 一七五五歌■
◆鸎之 生卵乃中尓 霍公鳥 獨所生而 己父尓 似而者不鳴 己母尓 似而者不鳴 宇能花乃 開有野邊従 飛翻 来鳴令響 橘之 花乎居令散 終日 雖喧聞吉 幣者将為 遐莫去 吾屋戸之 花橘尓 住度鳥
(高橋虫麻呂 巻九 一七五五)
≪書き下し≫うぐひすの 卵(かひご)の中(なか)に ほととぎす ひとり生れて 汝(な)が父に 似ては鳴かず 汝(な)が母に 似ては鳴かず 卯(う)の花の 咲きたる野辺(のへ)ゆ 飛び翔(かけ)り 来鳴(きな)き響とよ)もし 橘(たちばな)の 花を居(ゐ)散らし ひねもすに 鳴けど聞きよし 賄(まひ)はせむ 遠(とほ)くな行きそ 我(わ)がやどの 花橘(はなたちばな)に 棲(す)みわたれ鳥(とり)
(訳)鶯(うぐいす)の卵の中に、時鳥(ほととぎす)よ、お前はただひとり生まれて、自分の父に似た鳴き声も立てなければ、自分の母に似た鳴き声も立てない。しかし、卯の花の咲いている野辺を渡って飛びかけって来てはあたりを響かせて鳴き、橘の枝にとまって花を散らし、一日中鳴いていても聞き飽きることがない。贈り物はちゃんとあげよう。遠くへ行かないでおくれ。我が家の庭の花橘にずっと棲みついておくれ、この鳥よ。(同上)
(注)「うぐひすの卵の中にほととぎすひとり生れて汝が父に似ては鳴かず汝が母に似ては鳴かず」:鶯などの巣に卵を生み落して雛を育てさせる時鳥の習性を歌う。(伊藤脚注)
(注)かひご【卵子】名詞:「かひ(卵)」に同じ。>かひ【卵】名詞:(鳥の)たまご。「かひご」とも(学研)
(注)うのはな【卯の花】名詞:①うつぎの花。白い花で、初夏に咲く。[季語] 夏。
②襲(かさね)の色目の一つ。表は白、裏は青という。陰暦四月ごろに用いた。「卯の花襲(がさね)」とも。(学研)ここでは①の意
(注)居散らす:枝にとまって散らし。(伊藤脚注)
(注)ひねもす:日がな一日。(伊藤脚注)
(注)賄:見返りの品。(伊藤脚注)
■巻九 一七五六歌■
◆掻霧之 雨零夜乎 霍公鳥 鳴而去成 ▼怜其鳥
▼は「りっしん偏」+「可」⇒「▼怜」=「あはれ」
(高橋虫麻呂 巻九 一七五六)
≪書き下し≫かき霧(き)らし雨の降る夜(よ)をほととぎす鳴きて行くなりあはれその鳥
(訳)空かき曇って雨の降る夜なのに、時鳥がその雨の中を鳴きながら飛び去って行く。ああ、あわれの鳥よ。(同上)
(注)かききらす【掻霧】〘 他動詞〙 ( 「かき」は接頭語 ): 一面に曇らせる。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典)
一七五五歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1348裏②)」で紹介している。
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「これら虫麻呂の世界が多く夢想の非現実であるにもかかわらず、その描写は精細をきわめる。伝説でない、九州に遣わされた宇合の姿も、
敵(あた)守る 筑紫に到り 山の極(そき) 野の極(そき)見よと 伴(とも)の部(べ)を 班(あか)ち遣(つかは)し(巻六、九七二)
と想像している。つまり、この夢想の精細さは、非現実が確かな事実だったからであり、非現実を現実としてそこに住んでいたのが虫麻呂だったといえる。・・・しかも、宇合の帰りを『丹(に)つつじの薫(にほ)はむ時の 桜花 咲きなむ時に』想像したり、河内の大橋の少女に『さ丹(に)塗りの 大橋の上ゆ 紅の 赤裳(あかも)裾(すそ)引き 山藍(やまあゐ)もち 摺(す)れる衣』を着た姿を想像したりする(巻九、一七四二)。虫麻呂は色のある夢を見ていたのである。・・・色は・・・藍以外はすべて赤系統の色である。これは不安定な情緒だ。虫麻呂は現実のうつろな不安の中に、不安定な情緒をいだいて非現実の中にはいっていった。」(同著)
そして、「原郷喪失」は、「卑官の桎梏(しっこく)」からの逃避であるとし、「自身も随行したが、『難波下向のおりの歌』の『諸卿大夫等』という表現に、虫麻呂の置かれた立場のみじめさが、しみて感じられるではないか。」(同著)と書かれている。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「古代史で楽しむ 万葉集」 中西 進 著 (角川ソフィア文庫)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」