万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界へ飛び込もう(その2959)―書籍掲載歌を中軸に(Ⅲ)―縵

【心と心を結ぶ手紙】

 天平十一年「九月、坂上大嬢(さかのうへのだいぢゃう)が『竹田の庄』ないし『跡見の庄』と思われる場所から、家持に歌を贈っています。地名が詠み込まれていないのでどちらかは特定できませんが、大嬢も庄に下向していたのです。その時期が、坂上郎女の竹田の庄滞在期間と重なるのか、重ならないのか、判断できません。母と娘は一緒に滞在していた可能性も高いと思われます。ともあれ、大嬢が庄に下向し、そこから平城京の家持に歌を贈ったということだけは確かです。

 そこで、書簡で行われたであろう歌の往来にしたがって、歌を順次見てゆきましょう。

 (秋の相聞 巻八の一六二四)(歌は省略)

 大嬢は、稲で作った縵(かずら)を、平城京の家持に贈ったのでした。縵とは植物で作った髪飾りのことをいいます。・・・輪にして頭にのせるか、髪に挿すかして、髪飾りにしたようです。歌は、わたしが自分で蒔いた早稲の稲穂で作った縵を見ながら、私のことを思い出してください、というほどの内容です。」

 

【こちらでは、元気に稲刈りやってます!】

 「大嬢は、なぜ稲縵を家持に贈ったのでしょうか。おそらくは、それは、自分が庄で元気に稲刈りに従事していることを、家持に伝えたかったからではないでしょうか。おそらく、この稲縵は、稲刈りに関わる何らかの儀式ないしは神事に使われた稲縵ではなかったか、と思われます。・・・神事のお下がりの稲縵を受け取った家持は、一族の『庄』の今を思い浮かべるとともに、そこで働く家族のことを思いやったことでしょう。それにしても、庄で働いたことを、まるで勝ち誇ったようにいう・・・大嬢の表現には屈託がありませんよね。」(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)

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 巻八の一六二四歌をみていこう。

 

■巻八 一六二四■

 題詞は、「坂上大嬢、秋の稲縵(いなかづら)を大伴宿禰(すくね)家持に贈る歌一首」である。

 

◆吾之蒔有 早田之穂立 造有 蘰曽見乍 師弩波世吾背

      (大伴坂上大嬢 巻八 一六二四)

(注)類聚古集・紀州本では「蒔→業」

 

≪書き下し≫我(わ)が業(なり)なる 早稲田(わさだ)の穂立(ほたち) 作りたる縵(かづら)そ見つつ 偲(しの)はせ我が背(「万葉集の心を読む」 上野 誠著 角川ソフィア文庫より)

 

(訳)これはね、わたしが蒔いて育てた 早稲田の稲穂よ わたしが作った 縵を見ながら わたしのことを思い出してちょうだいよ(同上)

(注)ほたち【穂立ち】名詞:稲の穂が出ること。また、その穂。「ほだち」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1364)」で大嬢の歌十一首とともに紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

 「縵」については、万葉神事語辞典(國學院大學デジタルミュージアム)に次のように書かれている。

「つる草や花などを輪にしたりして頭上に戴く飾りとしたもの。動詞形はかづらく。類似のものとしてはかざしがある。かづらは髪蔓(かみつら)の約で、蔓性植物の総称といわれる葛(2-101)と同源とされる。万葉集では、カヅラ(2-149)のほか、アヤメグサや花橘(3-423)、青柳(5-817)や春柳(5-840)、桜の花(8-1429)、早稲穂(8-1625)、さ百合の花(18-4086)、蓬(18-4116)、梅(19-4238)などが用いられている。『霊異記』上巻第一に小子部の栖軽が『緋の縵』を額につけて雷を捕らえにいく話があり、材質はわからないが、これは額に赤色の輪飾りをつけたものとみられる。このような植物を輪状にした髪飾りのほか、紀の安康天皇元年2月条の、樹枝形の玉飾りがついた冠と推定される「押木珠縵」、687(持統天皇元)年3月条の、仏前の荘厳用の華鬘に相当するとみられる殯宮の『華縵』などがあった。5月5日に菖蒲の葉を輪にして蘰に用いるのは古くからの風習のようで、『続日本紀』747(天平19)年5月5日条にみえる詔に、昔、5月5日の節には常に菖蒲を用いて蘰とした。このごろやめている。今後菖蒲の蘰をつけないで宮中に入ることがないように、とある。これは宮中のことであるが、民間ではこうした風習が続けて行われていたと推測されている。この菖蒲蘰は、折口信夫によれば『成男戒授受のしるし』だという(『全集17』)。蘰の本来の意味については、青柳を折り取って蘰にするのは千年をことほぐためだとうたわれるように(19-4289)、植物のもつ生命力にあやかって長寿を得ようとしたものと考えられている。また、菖蒲や蓬など香気の強い植物を用いることから、邪気を祓うためともみなされる。『旺文社』は、もとは神事に奉仕する者のしるしであったと説く。万葉集の時代では、もっぱら宴席の場などにおいて風流な装いとされていく。」

 

 

 

「縵」(イメージ写真) 「まんれきブログ - 日めくり万葉集ブログ-万葉からMANYOへ-第23回 草木の縵(かずら)」(高岡市万葉歴史館HP)より引用させていただきました。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集の心を読む」 上野 誠著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「万葉神事語辞典」 (國學院大學デジタルミュージアムHP)

★「高岡市万葉歴史館HP」