万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2287)―

●歌は、「鳥総立て舟木伐るといふ能登の島山今日見れば木立茂しも幾代神びぞ」である。

石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)万葉歌碑(大伴家持) 
20230704撮影

●歌碑は、石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)にある。

 

●歌をみていこう。

 

 題詞「能登郡従香嶋津發船射熊来村徃時作歌二首」<能登(のと)の郡(こほり)にして香島(かしま)の津より舟を発(いだ)し、熊来(くまき)の村(むら)をさして徃(ゆ)く時に作る歌二首>の一首である。

(注)能登の郡:石川県の七尾市鹿島郡の一帯。(伊藤脚注)

(注)香島:七尾市東部の海岸。(伊藤脚注)

(注)熊来:七尾湾西岸の石川県七尾市中島町あたり。(伊藤脚注)

 

◆登夫佐多氐 船木伎流等伊布 能登乃嶋山 今日見者 許太知之氣思物 伊久代神備曽

      (大伴家持 巻十七 四〇二六)

 

≪書き下し≫鳥総(とぶさ)立て舟木(ふなぎ)伐(き)るといふ能登(のと)の島山(しまやま) 今日(けふ)見れば木立(こだち)茂(しげ)しも幾代(いくよ)神(かむ)びぞ

 

(訳)鳥総を立てて祭りをしては船木を伐り出すという能登の島山、この島山を今日この目で見ると、木立が茂りに茂っている。幾代(いくよ)を経ての神々しさなのか。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)とぶさ【鳥総】:木のこずえや、枝葉の茂った先の部分。昔、木を切ったあとに、山神を祭るためにその株などにこれを立てた。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)ふなぎ【船木】:船をつくるための材木。船材。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)能登の島山:七尾湾中央の能登島。(学研)

(注)幾代神びぞ:これは幾世を経ての神々しさなのか。「神び」は神々しさを発する意の動詞「神ぶ」の名詞形。(伊藤脚注)

 

四〇二七歌もみてみよう。

 

◆香嶋欲里 久麻吉乎左之氐 許具布祢能 河治等流間奈久 京師之於母倍由

     (大伴家持 巻十七 四〇二七)

 

≪書き下し≫香島より熊来をさして漕(こ)ぐ舟の楫(かぢ)取る間(ま)なく都し思ほゆ

 

(訳)香島の舟着き場から熊来をさして漕ぎ進む舟、この舟の櫂(かい)を操る手を休める間がないように、ひっきりなしに都のことが思われる。(同上)

(注)上三句は序。「楫取る間なく」を起す。(伊藤脚注)

(注)楫取る間なく:絶え間なく。ひっきりなしに。(伊藤脚注)

 

 四〇二一から四〇二九歌の左注は、「右件歌詞者 依春出擧巡行諸郡 當時當所属目作之 大伴宿祢家持」<右の件(くだり)の歌詞は、春の出挙(すいこ)によりて、諸郡を巡行し、時に当り所に当りて、属目(しよくもく)して作る。大伴宿禰家持>である。

(注)しょくもく【嘱目/属目】[名](スル):①今後どうなるか、関心や期待をもって見守ること。②目を向けること。③俳諧で、指定された題でなく即興的に目に触れたものを詠むこと。(weblio辞書 デジタル大辞泉)ここでは③の意

 

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四〇二六、四〇二七歌については、前稿同様、左注の春の出挙のため「能登巡行」した折の歌(四〇二一~四〇二九)とともに、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1354)」で紹介している。

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 「楫取る間なく」は、「絶え間なく。ひっきりなしに。」の意に使われているが、ユニークである。この言葉が詠われている歌をみてみよう。

 

■二七四六歌

◆庭浄 奥方榜出 海舟乃 執梶間無 戀為鴨

        (作者未詳 巻十一 二七四六)

 

≪書き下し≫庭清み沖へ漕ぎ出る海人舟の楫取る間なき恋もするかも

 

(訳)漁場が今こそ波静かであると、沖に漕ぎ出す海人たちの舟の楫(かじ)を操る絶え間とてない、そんな恋を私はしている。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)には【庭】名詞:①家屋の前後などにある平地。のち、邸内の、草木を植え、池・島などを設けた場所。②神事・農事・狩猟・戦争・教育など、物事が行われる場所。場。③海面。④家の中の土間。(学研)ここでは③の意

(注)上三句は序。「楫取る間なき」を起す。(伊藤脚注)

 

 

■三一七三歌

◆松浦舟 乱穿江之 水尾早 楫取間無 所念鴨

       (作者未詳 巻十二 三一七三)

 

≪書き下し≫松浦舟(まつらぶね)騒(さわ)く堀江(ほりえ)の水脈(みを)早み楫(かぢ)取る間(ま)なく思ほゆるかも

 

(訳)松浦舟がひしめき合う難波の堀江の流れが早くて、櫓(ろ)を漕ぐ手を休める暇もないように、ひっきりなしにあの子のことが思われてならない。(同上)

(注)松浦舟:肥前松浦地方の舟。上三句は序。「楫取る間なく」を起す。(伊藤脚注)

 

 

■三九六一歌

◆白浪乃 余須流伊蘇未乎 榜船乃 可治登流間奈久 於母保要之伎美

       (大伴家持 巻十七 三九六一)

 

≪書き下し≫白波の寄する礒廻(いそみ)を漕(こ)ぐ舟の楫(かぢ)取る間なく思ほえし君

 

(訳)白波のしきりにうち寄せる磯辺を漕ぐ舟、あの舟の、楫(かじ)を操る手を休める間とてないように、激しくひっきりなしに思われてならなかったあなたです。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)上三句は序。「楫取る間なく」を起す。(伊藤脚注)

 

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 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2276)」で紹介している。

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■四三三六歌

◆佐吉母利能 保理江己藝豆流 伊豆手夫祢 可治登流間奈久 戀波思氣家牟

       (大伴家持 巻二十 四三三六)

 

≪書き下し≫防人(さきもり)の堀江(ほりえ)漕(こ)ぎ出(づ)る伊豆手船(いづてぶね)楫(かぢ)取る間なく恋は繁(しげ)けむ

 

(訳)防人が難波堀江から漕ぎ出して行く伊豆手船、その楫を漕ぐ手の休む間がないように、ひっきりなしに、妻恋しさはつのっていることであろう。(同上)

(注)伊豆手船:伊豆風の船。伊豆は船の製作で聞こえていた。上三句は序。ひっきりなしの意の第四句を起す。(伊藤脚注)

 

 

 松浦舟、伊豆手船とあるので、松浦や伊豆では造船が盛んであったのだろう。また四〇二六歌で「舟木(ふなぎ)伐(き)るといふ能登(のと)の島山」と詠われているので造船が行われていたと考えられる。

 万葉集には、地名を冠した船では「真熊野(まくま)の船」と詠われており、熊野も造船が盛んであったようである。「真熊野(まくま)の船」は、三首収録されている。

 こちらもみてみよう。

 

■九四四歌

◆嶋隠 吾榜来者 乏毳 倭邊上 真熊野之船

      (山部赤人 巻六 九四四)

 

≪書き下し≫島隠(がく)り我(わ)が漕ぎ来(く)れば羨(とも)しかも大和(やまと)へ上(のぼ)るま熊野(くまの)の船

 

(訳)島陰を伝いながらわれらが漕いで来ると、ああ、何とも羨ましい。家郷大和の方へ上って行くよ、ま熊野の船が。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)ともし【羨し】形容詞: ①慕わしい。心引かれる。②うらやましい。(学研)

(注)ま熊野の船」熊野製の船。熊野は良船の産地。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その687)」で紹介している。

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■一〇三三歌

◆御食國 志麻乃海部有之 真熊野之 小船尓乗而 奥部榜所見

       (大伴家持 巻六 一〇三三)

 

≪書き下し≫御食(みけ)つ国志摩(しま)の海人(あま)ならしま熊野(くまの)の小舟(をぶね)に乗りて沖辺(おきへ)漕ぐ見ゆ 

 

(訳)あれは、御食(みけ)つ国、志摩の海人であるらしい。熊野型の小舟に乗って、今しも沖の方を漕いでいる。(同上)

(注)みけつくに【御食国】:天皇の食料を献上する国。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)ま熊野(くまの)の小舟:熊野風の小舟。マは接頭語。(伊藤脚注)

 

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 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その184改)」で紹介している。

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■三一七二歌

浦廻榜 熊野舟附 目頬志久 懸不思 月毛日毛無

       (作者未詳 巻十二 三一七二)

 

≪書き下し≫浦(うら)み漕(こ)ぐ熊野舟(くまのふな)つきめづらしく懸(か)けて思はぬ月も日もなし

 

(訳)浦のあたりを漕ぎ進む熊野の舟の姿かたち、その姿かたちが珍しいように、あの子はいつもさわやかで愛らしく、心に懸けて思わぬ月も日もない。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

 

 

 このように見てくると、万葉時代の造船や船についても関心が高まってくる。遣新羅使人らを乗せた船の大きさや乗員数なども気になるものである。いずれかの機会にアプローチしたいものである。

 また、家持は船に関しても造詣が深かったようである。

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典