万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2389)―

■えごのき■

「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)より引用させていただきました。

●歌は、「息の緒に思へる我れを山ぢさの花にか君がうつろひぬらむ」である。

千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園万葉歌碑(プレート)(作者未詳) 20230926撮影

●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆氣緒尓 念有吾乎 山治左能 花尓香公之 移奴良武

        (作者未詳 巻七 一三六〇)

 

≪書き下し≫息(いき)の緒(を)に思へる我(わ)れを山ぢさの花にか君がうつろひぬらむ

 

(訳)命がけで思っている私なのに、あなたはもう、山ぢさのあだ花になってしぼんでしまったのでしょうか。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)いきのを【息の緒】名詞:①命。②息。呼吸。 ⇒ 参考 「を(緒)」は長く続くという意味。多くは「いきのをに」の形で用いられ、「命がけで」「命の綱として」と訳される。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)うつろふ【移ろふ】自動詞:①移動する。移り住む。②(色が)あせる。さめる。なくなる。③色づく。紅葉する。④(葉・花などが)散る。⑤心変わりする。心移りする。⑥顔色が変わる。青ざめる。⑦変わってゆく。変わり果てる。衰える。 ※「移る」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」からなる「移らふ」が変化した語。(学研)

 

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 万葉集には「ちさ」を詠んだ歌は、大伴家持の「史生尾張少咋に教へ喩す歌」の長歌(四一〇六歌)にみられ、「やまちさ」のもう一首は、柿本人麻呂歌集(巻十一 二四六九歌)にみられる。

 

 一三六〇歌ならびに四一〇六、二四六九歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1081)」で紹介している。

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エゴノキ」について、「みんなの趣味の園芸(NHK出版HP)」に、「エゴノキは日本全土に分布する落葉樹です。5月から6月にかけて小枝の先に短い総状花序を出し、釣り鐘状の白い花を下向きにつけ、秋には卵形の果実が熟します。樹形は野趣に富むことから、雑木の庭の植栽材料としてよく利用されるようになりました。花や葉に変異のあるものが見られ、ホソバエゴノキ、テリハエゴノキなどの変種があるほか、萼がピンク色のベニガクエゴノキや小花のヒメエゴノキなどは品種として扱われています。古くから親しまれてきた万葉植物の一つで、和名の由来は、果皮が有毒でえぐみがあることによります。昔はこの果実をすりつぶして川に流す漁法が行われていたといいます。」と書かれている。

 

 一三六〇歌に気になる言葉がある。初句の「息(いき)の緒(を)に」である。

 「息の緒に」と詠まれた歌を探ってみよう。

 

■六四四歌■

◆今者吾羽 和備曽四二結類 氣乃緒尓 念師君乎 縦左久思者

        (紀女郎 巻四 六四四)

 

≪書き下し≫今は我(わ)はわびぞしにける息(いき)の緒(を)に思ひし君をゆるさく思へば

 

(訳)今となっては私はもう心がうちひしがれるばかり。あれほど命の綱と思いつめて来たあなたなのに、引き留めることができなくなったことを思うと。(同上)

(注)わびぞしにける:わびしい思いで一杯だ。(伊藤脚注)

(注の注)わび【侘び】名詞:わびしく思うこと。気がめいること。気落ち。(学研)

(注)いきのを【息の緒】名詞:①命。②息。呼吸。 ⇒ 参考「を(緒)」は長く続くという意味。多くは「いきのをに」の形で用いられ、「命がけで」「命の綱として」と訳される。

学研)

(注)ゆるす【緩す・許す・赦す】他動詞:①ゆるめる。ゆるくする。ゆるやかにする。②解放する。自由にする。逃がす。③許す。承諾する。承認する。④認める。評価する。▽才能や技量などについていう。(学研)ここでは②の意

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1114)」で紹介している。

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■一四五三歌■

題詞は、「天平五年癸酉春閏三月笠朝臣金村贈入唐使歌一首 幷短歌」<天平五年癸酉(みづのととり)春の閏(うるふ)三月に、笠朝臣金村(かさのあそみかなむら)、入唐使(にふたうし)に贈る歌一首 幷(あは)せて短歌>である。

(注)天平五年:733年

(注)入唐使:ここは、四月に難波を発した遣唐使、丹比真人広成。(伊藤脚注)

 

◆玉手次 不懸時無 氣緒尓 吾念公者 虚蝉之 世人有者 大王之 命恐 夕去者 鶴之妻喚 難波方 三津埼従 大舶尓 二梶繁貫 白浪乃 高荒海乎 嶋傳 伊別徃者 留有 吾者幣引 齋乍 公乎者将待 早還万世

       (笠金村 巻八 一四五三)

 

≪書き下し≫玉たすき 懸(か)けぬ時なく 息の緒に 我(あ)が思ふ君は うつせみの 世の人なれば 大君(おほきみ)の 命畏(みことかしこみ)み 夕(ゆふ)されば 鶴(たづ)が妻呼ぶ 難波潟(ににはがた) 御津(みつ)の崎(さき)より 大船(おほぶね)に 真楫(まかぢ)しじ貫(ぬ)き 白波(しらなみ)の 高き荒海(あるみ)を 島伝(しまづた)ひ い別れ行かば 留(とど)まれる 我れは幣(ぬさ)引き 斎(いは)ひつつ 君をば待たむ 早(はや)帰りませ

 

(訳)玉たすきをかけるように心にかけて思わぬ時とてなく、命の綱とも私が頼みにしているあなたは、この世に生きる人だから大君の仰せを畏んで、夕方ともなるといつも鶴が妻を呼んでなく難波の御津の崎から、大船の舷(ふなばた)に櫂(かい)をいっぱい取り付け、白波の高く立つ荒海を島伝いにでかけて行かれる、こうしてあなたとお別れしたならば、あとに残る私どもは、幣を引いて神に手向け、ご無事を祈りながらあなたをお待ちしましょう。どうか一日も早くお帰り下さい。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫

(注)たまだすき【玉襷】分類枕詞:たすきは掛けるものであることから「掛く」に、また、「頸(うな)ぐ(=首に掛ける)」ものであることから、「うなぐ」に似た音を含む地名「畝火(うねび)」にかかる。(学研)

(注)まかぢ【真楫】名詞:楫の美称。船の両舷(りようげん)に備わった楫の意とする説もある。「まかい」とも。 ※「ま」は接頭語。(学研)

(注)幣引き:幣を手向けて。「引く」は、幣の木綿を引き靡かせる意か。(伊藤脚注)

 

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■二三五九歌■

息緒 吾雖念 人目多社 吹風 有數々 應相物

       (柿本人麻呂 巻十一 二三五九)

 

≪書き下し>息の緒に我(わ)れは思へど人目(ひとめ)多みこそ吹く風にあらばしばしば逢ふべきものを

 

(訳)命がけで私はあなたのことを思っているけれど。人目が多くて・・・私がもし吹く風であったら、ひそかに通ってししょっちゅう逢うことができように。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)息の緒に:命がけで。(伊藤脚注)

(注)人目(ひとめ)多みこそ:人目が多いので逢えない。(伊藤脚注)

 

 

 

■二五三六歌■

氣緒尓 妹乎思念者 年月之 徃覧別毛 不所念鳧

       (作者未詳 巻十一 二五三六)

 

≪書き下し≫息の緒に妹(いも)をし思へば年月の行くらむ別も思ほえぬかも

 

(訳)命がけであの子のことを思っていると、年月が過ぎて行く、そのけじめさえもわからない。(同上)

(注)わき【別き・分き】名詞:①区別。けじめ。②分別。思慮。(学研)ここでは①の意

 

 

 

■二七八八歌■

生緒尓 念者苦 玉緒乃 絶天乱名 知者知友

       (作者未詳 巻十一 二七八八)

 

≪書き下し≫息の緒に思へば苦し玉の緒の絶えて乱れな知らば知るとも

 

(訳)命がけで思っていると苦しくてならぬ。いっそのこと、玉の緒が切れて玉が散るように、悶え死ぬばかりに思い乱れよう。人が知るなら知ろうとも。(同上)

(注)絶えて乱れな:死ぬばかりに思い乱れよう。(伊藤脚注)

 

 

 

■三〇四五歌■

◆朝霜乃 可消耳也 時無二 思将度 氣之緒尓為而

       (巻十二 三〇四五)

 

≪書き下し≫朝霜(あさしも)の消(け)ぬべくのみや時なしに思ひわたらむ息の緒にして

 

(訳)朝霜の消えるように、ただ消え入るばかりに、時を定めず思いつづけることであろうか。細々と息をつきながら。(同上)

(注)あさしもの【朝霜の】分類枕詞:朝の霜が消えやすいことから「消(け)」にかかる。(学研)

(注)息の緒にして:細々と息をつきながら。「息の緒」は呼吸を緒に譬えた表現。(伊藤脚注)

 

 

 

 

■三一一五歌■

氣緒尓 言氣築之 妹尚乎 人妻有跡 聞者悲毛

       (作者未詳 巻十二 三一一五)

 

≪書き下し≫息の緒に我が息づきし妹すらを人妻なりと聞けば悲しも

 

(訳)息も絶え絶えに私がもがき焦がれてきたあなたなのに、そのかけがえのないあなたが人妻だと聞くと、たまらなく悲しい。(同上)

(注)人妻なりと:靡かぬ相手を人妻と見立てることでからかったもの。(伊藤脚注)

 

 

 

■三一九四歌■

氣緒尓 吾念君者 鶏鳴 東方重坂乎 今日可越覧

       (作者未詳 巻十二 三一九四)

 

≪書き下し≫息の緒に我(あ)が思ふ君は鶏(とり)が鳴く東(あづま)の坂を今日(けふ)か越ゆらむ

 

(訳)息も絶え絶えに私の恋焦がれるあの方は、鶏(とり)が鳴く東の恐ろしい坂を、今日あたり越えていらっしゃるのであろうか。(同上)

(注)とりがなく【鳥が鳴く・鶏が鳴く】分類枕詞:東国人の言葉はわかりにくく、鳥がさえずるように聞こえることから、「あづま」にかかる。「とりがなくあづまの国の」(学研)

 

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■四一二五歌■

題詞は、「七夕歌一首 幷短歌」<七夕(しちせき)の歌一首 幷(あは)せて短歌>である。

 

◆安麻泥良須 可未能御代欲里 夜洲能河波 奈加尓敝太弖々 牟可比太知 蘇泥布利可波之 伊吉能乎尓 奈氣加須古良 和多里母理 布祢毛麻宇氣受 波之太尓母 和多之弖安良波 曽乃倍由母 伊由伎和多良之 多豆佐波利 宇奈我既里為弖 於毛保之吉 許登母加多良比 奈具左牟流 許己呂波安良牟乎 奈尓之可母 安吉尓之安良祢波 許等騰比能 等毛之伎古良 宇都世美能 代人和礼毛 許己乎之母 安夜尓久須之弥 徃更 年乃波其登尓 安麻乃波良 布里左氣見都追 伊比都藝尓須礼

       (大伴家持 巻十二 四一二五)

 

≪書き下し≫天照(あまで)らす 神(かみ)の御代(みよ)より 安(やす)の川(かは) 中(なか)に隔(へだ)てて 向(むか)ひ立ち 袖(そで)振り交(かは)し 息の緒に 嘆かす子ら 渡(わた)り守(もり) 舟も設(まう)けず 橋だにも 渡してあらば その上(へ)ゆも い行(ゆ)き渡らし 携はり うながけり居(ゐ)て 思ほしき 言(こと)も語らひ 慰(なぐさ)むる 心はあらむを 何しかも 秋にしあらねば 言(こと)どひの 乏(とも)しき子ら うつせみの 世の人我れも ここをしも あやにくすしみ 行(ゆ)きかはる 年のはごとに 天(あま)の原(はら) 振り放(さ)け見つつ 言ひ継(つ)ぎにすれ

 

(訳)天照大神(あまてらすおおみかみ)の遠く遥かな神の御代から今までずっと、安の川を中に隔てたまま、互いに向かいあって立って袖を振り交わし、息も絶え絶えに恋焦がれておられるお二人、渡し守は舟の用意もしてくれないし、せめて橋でも渡してあったら、その上を通って渡っても行かれ、手を取り肩組み合っては、思いのたけを語り合い、それで心が慰められることもあろうに、何でまあ秋という時でなければ、言葉を交わすこともできないお二人なのであろうか。この世に生きるわれわれも、このことが何とも不思議で、改まる年ごとに、天の原を振り仰いで見ては、古くからのこの話を言い伝えているのだが・・・(同上)

(注)やすのかは【安の河】名詞:「天(あま)の安の河」の略。天上にあるという川。天の川。(学研)

(注)舟も設(まう)けず:舟の用意もしてくれないし。下の「心はあらむを」に対する表現。(伊藤脚注)

(注)うながける[動]:互いに相手の首に手をかけ親しみ合う意という。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)思ほしき:心に思い思っていること。「思ほし」は動詞「思う」から派生した形容詞。(伊藤脚注)

(注)言(こと)どひの 乏(とも)しき子らの:言葉を交わすことの許されない二人なのか。「乏し」は少ない。(伊藤脚注)

(注)くすし【奇し】形容詞:①神秘的だ。不思議だ。霊妙な力がある。②固苦しい。窮屈だ。不自然でそぐわない感じだ。 ⇒参考:「くすし」と「あやし」「けし」の違い 類義語「あやし」はふつうと違って理解しがたいもの、「けし」はいつもと違って好ましくないものにいうことが多いのに対して、「くすし」は神秘的なものにいう。(学研)ここでは①の意

(注)行きかはる:改まる毎年の、その年ごとに。(伊藤脚注)

(注)言ひ継(つ)ぎにすれ:言い伝えているのだが・・・。それにしても不思議でたまらぬ、の意がこもる。(伊藤脚注)

 

 

 

 

■四二八一歌■

◆白雪能 布里之久山乎 越由加牟 君乎曽母等奈 伊吉能乎尓念,伊伎能乎尓須流

       (大伴家持 巻十九 四二八一)

 

≪書き下し≫白雪(しらゆき)の降り敷く山を越え行かむ君をぞもとな息(いき)の緒(を)に思ふ

 

(訳)白雪の降り敷く山、その山を越えて行かれるあなた、そんなあなたをむしょうに息も絶えるばかりに思っています。(同上)

(注)もとな 副詞:わけもなく。むやみに。しきりに。 ※上代語。(学研)

(注)いきのを【息の緒】名詞:①命。②息。呼吸。 ⇒参考 「を(緒)」は長く続くという意味。多くは「いきのをに」の形で用いられ、「命がけで」「命の綱として」と訳される。(学研)

 

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 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2299)」で紹介している。

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市郷土博物館発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「みんなの趣味の園芸」 (NHK出版HP)