■かえで■
●歌は、「我がやどにもみつかへるて見るごとに妹を懸けつつ恋ひぬ日はなし」である。
●歌碑(プレート)は、千葉県袖ケ浦市下新田 袖ヶ浦公園万葉植物園にある。
●歌をみていこう。
題詞は、「大伴田村大嬢与妹坂上大嬢歌二首」<大伴田村大嬢 妹(いもひと)坂上大嬢に与ふる歌二首>である。
(注)いもうと【妹】名詞:①姉。妹。▽年齢の上下に関係なく、男性からその姉妹を呼ぶ語。[反対語] 兄人(せうと)。②兄妹になぞらえて、男性から親しい女性をさして呼ぶ語。
③年下の女のきょうだい。妹。[反対語] 姉。 ※「いもひと」の変化した語。「いもと」とも。(学研)
◆吾屋戸尓 黄變蝦手 毎見 妹乎懸管 不戀日者無
(大伴田村大嬢 巻八 一六二三)
≪書き下し≫我がやどにもみつかへるて見るごとに妹を懸(か)けつつ恋ひぬ日はなし
(訳)私の家の庭で色づいているかえでを見るたびに、あなたを心にかけて、恋しく思わない日はありません。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)もみつ【紅葉つ・黄葉つ】自動詞:「もみづ」に同じ。※上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)かへで【楓】名詞:①木の名。紅葉が美しく、一般に、「もみぢ」といえばかえでのそれをさす。②葉がかえるの手に似ることから、小児や女子などの小さくかわいい手のたとえ。 ※「かへるで」の変化した語。(学研)
(注)大伴田村大嬢 (おほとものたむらのおほいらつめ):大伴宿奈麻呂(すくなまろ)の娘。大伴坂上大嬢(さかのうえのおほいらつめ)は異母妹
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この歌については、同じような題詞の歌とともに、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1013)」で紹介している。
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■カエデとモミジの違い■
環境省・近畿地方環境事務所HPに掲載されていた「モミジとカエデ【植物】」の記事が分かりやすかったので引用させていただきます。
「紅葉の代表格と言えば、やはり『モミジ』ですよね。モミジを漢字で書けば『紅葉』ですし。いやいや、紅葉と言えば『カエデ』でしょう。とおっしゃる方も居るかもしれません。
2つの代表的な種を挙げますと、『イロハモミジ』や『アサノハカエデ』でしょうか。この『モミジ』と『カエデ』、どちらも似たような葉を付けています。しかし『モミジ』と『カエデ』は別の意味を持った言葉なんです。みなさんはこの違いをご存じでしょうか?
実は『モミジ』も『カエデ』もカエデ科カエデ属と分類学上は同じグループになります。では何が違うのか?それは、名前の由来を紐解けば分かります。
『モミジ』とは、秋になり草木の葉が紅や黄色に色づくという意味の動詞の『もみづ/ず』を名詞形にかえて『もみぢ/じ』になりました。さらに意味を狭義化し、特に色が変化するカエデ属の植物を『~~~モミジ』と呼ぶようになりました。
一方『カエデ』ですが、下図はイタヤカエデ(のつもり)の絵になります。この葉の形がカエルの手に似ている事から『かえるのて』→『かえるで』→『かえで』と転訛したそうです。
また、下図の様に見た目で違いを表現することもあるみたいです。
左:オオモミジ 右:イタヤカエデ
このように切れ込みの深いカエデを『モミジ』、切れ込みの浅いカエデを『カエデ』と呼んだりします。
このように本来は言葉の意味が異なっていたのですが、現在ではイロハモミジの事をイロハカエデと呼んだりと、『モミジ』も『カエデ』も同じ意味として捉えられており、あまり差別化はされていません。」
■紅葉と黄葉■
現代では、もみじは紅葉と書くが、万葉集の表記では、一字一音の「毛美知婆(もみちば)」のほかは、紅葉(一例)、赤葉(一例)、赤(二例)で、赤系統は計四例である。他は黄葉(七六例)、黄変(三例)、黄色(二例)、黄反(一例)と、黄系統は計八十八例にのぼっているという。(堀内民一著「大和万葉―その歌の風土」桜楓社)
唯一「紅葉」と万葉表記されたのは次の歌である。
◆妹許跡 馬▼置而 射駒山 撃越来者 紅葉散筒
(作者未詳 巻十 二二〇一)
▼は「木へんに安」である。
≪書き下し≫妹がりと馬に鞍置きて生駒山うち越え来れば黄葉(もみぢ)散りつつ
(訳)いとしい子のもとへと、馬に鞍を置いて、生駒山を鞭打ち越えてくると、もみじがしきりと散っている。(伊藤 博 著「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)いもがり【妹許】:愛する妻や女性のいる所。「がり」は居所および居る方向を表す接尾語。(学研)
二二〇一歌ならびに赤系統が表記された歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その85改)」で紹介している。
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■「かへるで」と詠んだ歌■
万葉数には、「かへるで」と詠んだ歌がもう一首収録されている。こちらもみてみよう。
◆兒毛知夜麻 和可加敝流弖能 毛美都麻弖 宿毛等和波毛布 汝波安杼可毛布
(作者未詳 巻十四 三四九四)
≪書き下し≫児毛知山(こもちやま)若(わか)かへるでのもみつまで寝(ね)もと我(わ)は思(も)ふ汝(な)はあどか思ふ
(訳)児毛知山、この山の楓(かえで)の若葉がもみじするまで、ずっと寝たいと俺は思う。お前さんはどう思うかね。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)児毛知山:一般に、奈良時代の『万葉集』に掲載されたこの東歌(巻14、3494)は、上野国(群馬県)の子持山のことを詠んだものとされてきた。ただし、平安時代末期の『五代集歌枕』や『和歌色葉』(1198年頃)といった歌学書では、この和歌の主題がどこの土地のものであるかは言及していない。また、同時期の藤原清輔による『奥義抄』ではこの歌を陸奥国で詠まれたものとして解説している。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
(注)寝も:「寝む」の東国形
(注)あど 副詞:どのように。どうして。 ※「など」の上代の東国方言か。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)もふ【思ふ】他動詞:思う。 ※「おもふ」の変化した語。(学研)
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この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1146)」で紹介している。
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(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「大和万葉―その歌の風土」 堀内民一著 (桜楓社)
★「万葉植物園 植物ガイド105」(袖ケ浦市 8郷土博物館発行)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」