万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その1013)―春日井市東野町 万葉の小道(10)―万葉集 巻八 一六二三

●歌は、「我がやどにもみつかへるて見るごとに妹を懸けつつ恋ひぬ日はなし」である。

 

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春日井市東野町 万葉の小道(10)万葉歌碑(大伴田村大嬢)

●歌碑は、春日井市東野町 万葉の小道(10)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆吾屋戸尓 黄變蝦手 毎見 妹乎懸管 不戀日者無

               (大伴田村大嬢 巻八 一六二三)

 

≪書き下し≫我がやどにもみつかへるて見るごとに妹を懸(か)けつつ恋ひぬ日はなし

 

(訳)私の家の庭で色づいているかえでを見るたびに、あなたを心にかけて、恋しく思わない日はありません。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)もみつ【紅葉つ・黄葉つ】自動詞:「もみづ」に同じ。※上代語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)かへで【楓】名詞:①木の名。紅葉が美しく、一般に、「もみぢ」といえばかえでのそれをさす。②葉がかえるの手に似ることから、小児や女子などの小さくかわいい手のたとえ。 ※「かへるで」の変化した語。

(注)大伴田村大嬢 (おほとものたむらのおほいらつめ):大伴宿奈麻呂(すくなまろ)の娘。大伴坂上大嬢(さかのうえのおほいらつめ)は異母妹

 

 題詞は、「大伴田村大嬢与妹坂上大嬢歌二首」<大伴田村大嬢 妹(いもひと)坂上大嬢に与ふる歌二首>である。

(注)いもうと【妹】名詞:①姉。妹。▽年齢の上下に関係なく、男性からその姉妹を呼ぶ語。[反対語] 兄人(せうと)。②兄妹になぞらえて、男性から親しい女性をさして呼ぶ語。

③年下の女のきょうだい。妹。[反対語] 姉。 ※「いもひと」の変化した語。「いもと」とも。(学研)

 

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歌の解説案内板

 

 この歌ならびにもう一首については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その308)」で紹介している。「かへるて」を詠んだ歌もう一首も紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 同じような題詞の歌が、七五六~七五九、一四四九、一五〇六、一六六二歌である。これらをみてみよう。

 

■七五六~七五九歌

 題詞は、「大伴田村家之大嬢與妹坂上大嬢歌四首」<大伴(おほとも)の田村家(たむらのいへ)の大嬢(おほいらつめ)、妹(いもひと)坂上大嬢に与ふる歌四首>

 

◆外居而 戀者苦 吾妹子乎 次相見六 事計為与

              (大伴田村大嬢 巻四 七五六)

 

≪書き下し≫外(よそ)に居(ゐ)て恋ふれば苦し我妹子(わぎもこ)を継ぎて相見(あひみ)む事計(ことはか)りせよ

 

(訳)離れた所にいて恋い慕っているのは苦しいものです。あなたとひっきりなしに逢えるような工夫をして下さいな。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

(注)ことはかり【事計り】名詞:取り計らい。手だて。(学研)

              

◆遠有者 和備而毛有乎 里近 有常聞乍 不見之為便奈沙

              (大伴田村大嬢 巻四 七五七)

 

≪書き下し≫遠くあらばわびてもあらむを里近くありと聞きつつ見ぬがすべなさ

 

(訳)あなたが遠くにいらっしゃるのなら、あきらめてわびしく過ごせましょうが、この里近くにお住いと聞きながら逢えないとは、まことにもってもどかしいことです。(同上)

(注)わぶ【侘ぶ】自動詞:つらく思う。せつなく思う。寂しく思う(学研)

 

 

◆白雲之 多奈引山之 高ゝ二 吾念妹乎 将見因毛我母

               (大伴田村大嬢 巻八 七五八)

 

≪書き下し≫白雲のたなびく山の高々(たかだか)に我(あ)が思ふ妹(いも)を見むよしもがも

 

(訳)白雲のたなびく山が高く聳え立つように、私が高々と爪立ちする思いで恋い焦がれるあなた、そんなあなたに繁々と逢う手立てはないものでしょうか。(同上)

(注)上二句は序。「高々に」を起こす。

(注)たかだかなり【高高なり】形容動詞:(待ち望んで)高く背のびをして見ている。(学研)

(注)もがも 終助詞:《接続》体言、形容詞・断定の助動詞の連用形などに付く。〔願望〕…があったらなあ。…があればいいなあ。 ※上代語。終助詞「もが」に終助詞「も」が付いて一語化したもの。(学研)

 

 

◆何 時尓加妹乎 牟具良布能 穢屋戸尓 入将座

               (大伴田村大嬢 巻八 七五九)

 

≪書き下し≫いかならむ時にか妹を葎生(むぐらふ)の汚(きた)なきやどに入りいませてむ

 

(訳)いったいいつになったら、あなたをこのむぐらの茂るむさ苦しい家にお迎えできますでしょうか。(同上)

(注)むぐらふ【葎生】名詞:「むぐら」の生い茂っている所。(学研)

(注の注)むぐら【葎】名詞:山野や道ばたに繁茂するつる草の総称。やえむぐら・かなむぐらなど。 ⇒参考 「浅茅(あさぢ)」「蓬(よもぎ)」とともに、荒れ果てた家や粗末な家の描写に用いられることが多い。(学研)

 

左注は、「右田村大嬢坂上大嬢並是右大辨大伴宿奈麻呂卿之女也 卿居田村里号曰田村大嬢 但妹坂上大嬢者母居坂上里 仍曰坂上大嬢 于時姉妹諮問以歌贈答」<右、田村大嬢、坂上大嬢は、ともにこれ右大弁(うだいべん)大伴宿奈麻呂卿(おほとものすくなまろのまへつきみ)が女(むすめ)なり。 卿、田村の里に居(を)れば、号(まづ)けて田村大嬢といふ。ただし妹(いもひと)坂上大嬢は、母、坂上の里に居る。よりて坂上大嬢といふ。時に姉妹、諮問(とぶら)ふに歌をもちて贈答す>である。

 

 

■一四四九歌

題詞は、「大伴田村家大嬢贈妹坂上大嬢歌一首」<大伴(おほとも)の田村家(たむらのいへ)の大嬢(おほいらつめ)、妹(いもひと)坂上大嬢に与ふる歌一首>である。

(注)「毛」は「之」を書き誤ったのかも。

 

◆茅花抜 淺茅之原乃 都保須美礼 今盛有 吾戀苦波

               (大伴田村大嬢 巻八 一四四九)

 

≪書き下し≫茅花(つばな)抜く浅茅(あさぢ)が原(はら)のつほすみれ今盛(さか)りなり我(あ)が恋ふらくは

 

(訳)茅花を抜き取る浅茅が原に生えているつぼすみれ、そのすみれのように今真っ盛りです。私があなたに恋い焦がれる気持ちは。(同上)

(注)上三句は序。「今盛りなり」を起こす。

(注)つばな【茅花】名詞:ちがやの花。ちがや。つぼみを食用とした。「ちばな」とも。(学研)

(注)つぼすみれ【壺菫】名詞:草の名。たちつぼすみれ。 ※「すみれ」を花の形から呼んだものともいう。(学研)

 

 

■一五〇六歌

題詞は、「「大伴田村大嬢与妹坂上大嬢歌一首」<大伴田村大嬢 妹(いもひと)坂上大嬢に与ふる歌一首>である。

 

◆古郷之 奈良思乃岳能 霍公鳥 言告遣之 何如告寸八

              (大伴田村大嬢 巻八 一五〇六)

 

≪書き下し≫故郷(ふるさと)の奈良思(ならし)の岡(おか)のほととぎす言(こと)告げ遣(や)りしいかに告げきや

 

(訳)古京の奈良思の岡で鳴く時鳥、その時鳥に言伝(ことづ)てをしてやりましたが、どのように伝えたでしょうか。(同上)

(注)故郷:古京の意。明日香または藤原に旅して贈った歌か。

(注)奈良思の岡:所在未詳

 

 

■一六六二歌

題詞は、「大伴田村大娘与妹坂上大娘歌一首」<大伴田村大嬢 妹(いもひと)坂上大嬢に与ふる歌一首>である。

 

◆沫雪之 可消物乎 至今尓 流経者 妹尓相曽

               (大伴田村大嬢 巻八 一六六二)

 

≪書き下し≫沫雪(あわゆき)の消(け)ぬべきものを今までに流らへぬるは妹(いも)に逢はむとぞ

 

(訳)泡雪のように今も消えてしまいそうなのに、これまで何とか生き長らえているのは、あなたにお逢いしたい一心からです。(同上)

(注)あわゆきの【沫雪の・泡雪の】分類枕詞:泡のように消えやすいことから「消(け)」にかかる。(学研)

(注)ながらふ 自動詞:【流らふ】流れ続ける。静かに降り続ける。 ◇上代語。 ⇒参考 下二段動詞の「流る」に反復継続の意を表す上代の助動詞「ふ」の付いたものかという。「ふ」は、ふつう四段動詞に付いて四段に活用するが、下二段動詞に付いて下二段に活用するのは異例のことである。(学研)

 

 いずれの歌も部立は「相聞」に収録されている。題詞がなければ、「恋歌」以外の何物でもない。

 伊藤 博氏はその著「萬葉集相聞の世界」(塙書房)のなかで、次のように述べられている。「相聞歌一七五〇首の中には、男女性愛以外の歌が、およそ七〇余首ほどある。その性関係は、男女間・男同士・女同士など、さまざまであるが、親族、朋友間のものが大部分で、そこにはいわゆる恋愛関係は認められない。けれども、これらの歌には、一貫した特色がある。すなわち、それは、どれも、親愛・悲別・思慕などの個人感情をうたったもので、男女性愛の歌と質を等しうするという共通点を持つ。つまり、作歌事情によって、歌作者の関係が性愛関係にないということが知られるだけのことで、歌の内容は、いわゆる恋歌と、すこしも変わらないのである。」「今日の我々は『恋』というコトバは、性愛に限って使用する傾向がつよい。しかしそれでも、『故郷が恋しい』『父母が恋しい』という表現がいくらもあって、『恋』はかならずしも異性間に限定されない。この傾向は、萬葉時代においては、もっと顕著であった(後略)」

 

 三大部立ても「雑歌」「挽歌」「恋歌」でなく、単に「贈答」でもなく、「相聞」ともってきたところに万葉集編者の思いがあったのであろう。

 万葉集に脱帽である。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「萬葉集相聞の世界」 伊藤 博 著 (塙書房

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」