万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2275、2276)―

―その2275―

●歌は、「庭に降る雪は千重敷くしかのみに思ひて君を我が待たなくに」である。

石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)万葉歌碑 (大伴家持) 
20230704撮影

●歌碑は、石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「相歡歌二首 越中守大伴宿祢家持作」<相歓(あひよろこ)ぶる歌二首 越中守大伴宿禰家持作る>である。

(注)相歓ぶる:ここは池主との再会を喜ぶ意。(伊藤脚注)

 

◆庭尓敷流 雪波知敝之久 思加乃未尓 於母比氐伎美乎 安我麻多奈久尓

       (大伴家持 巻十七 三九六〇)

 

≪書き下し≫庭に降る雪は千重(ちへ)敷くしかのみに思ひて君を我(あ)が待たなくに

 

(訳)庭に降る雪は千重に積りました。しかし、そんな程度ぐらいに思ってあなたのお帰りを私はお待ちしていたのではありません。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)ちへ【千重】名詞:幾重もの重なり。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 

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 「千重」と詠った歌をみてみよう。

題詞は、「思君未盡重題二首」<思君を思ふこと尽きずして、重(かさ)ねて題(しる)す二首>である。

 

◆波漏々々尓 於忘方由流可母 志良久毛能 知弊仁邊多天留 都久紫能君仁波

       (吉田宜 巻五 八六六)

 

≪書き下し≫はろはろに思ほゆるかも白雲(しらくも)の千重(ちへ)に隔(へだ)てる筑紫(つくし)の国は

 

(訳)遠くはるかに思いやられます。白雲が幾重にも隔てている筑紫の国は。伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)はろばろなり【遥遥なり】形容動詞:遠く隔たっている。「はろはろなり」とも。 ※上代語。

 

 

◆真幸而 伊毛我伊波伴伐 於伎都奈美 知敝尓多都等母 佐波里安良米也母

       (遣新羅使人等 巻十五 三五八三)

 

≪書き下し≫ま幸(さき)くて妹(いも)が斎(いは)はば沖つ波千重(ちへ)に立つとも障(さわ)りあらめやも

 

(訳)無事でいてあなたが潔斎を重ねて神様に祈ってくれさえすれば、沖の波、そう、そんな波なんかが幾重に立とうと、この身に障りなど起こるはずはありません。(夫)(同上)

(注)いはふ【斎ふ】他動詞:①けがれを避け、身を清める。忌み慎む。②神としてあがめ祭る。③大切に守る。慎み守る。 ⇒注意 「祝う」の古語「祝ふ」もあるが、「斎ふ」とは別語。(学研)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1307)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 「幾重にも」といった言い回しは、「ちへにももへに【千重に百重に】」も使われている。(二九一〇歌)

(注)ちへにももへに【千重に百重に】分類連語:幾重にも幾重にも。(学研)

 

 さらには、「ちへしくしくに【千重頻く頻くに】」がある。

(注)ちへしくしくに【千重頻く頻くに】分類連語:幾度も繰り返して。何度も何度も。しきりに。(学研)

 

 

 

―その2276―

●歌は、「白波の寄する磯廻を漕ぐ舟の楫取る間なく思ほえし君」である。

石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)万葉歌碑 (大伴家持
20230704撮影

●歌碑は、石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆白浪乃 余須流伊蘇未乎 榜船乃 可治登流間奈久 於母保要之伎美

       (大伴家持 巻十七 三九六一)

 

≪書き下し≫白波の寄する礒廻(いそみ)を漕(こ)ぐ舟の楫(かぢ)取る間なく思ほえし君

 

(訳)白波のしきりにうち寄せる磯辺を漕ぐ舟、あの舟の、楫(かじ)を操る手を休める間とてないように、激しくひっきりなしに思われてならなかったあなたです。(同上)

(注)上三句は序。

 

左注は、「右以天平十八年八月掾大伴宿祢池主附大帳使赴向京師 而同年十一月還到本任 仍設詩酒之宴弾絲飲樂 是日也白雪忽降積地尺餘 此時也復漁夫之船入海浮瀾 爰守大伴宿祢家持寄情二眺聊裁所心」<右は、天平十八年の八月をもちて掾(じよう)大伴宿禰池主、大帳使(だいちやうし)に付きて、京師(みやこ)に赴(おもぶ)き向(むか)ふ。しかして同じき年の十一月に、本任(ほんにん)に還(かへ)り至りぬ。よりて、詩酒(ししゅ)の宴(うたげ)を設(ま)け、弾糸(だんし)飲楽す。この日、白雪(はくせつ)たちまちに降り、地(つち)に積みこと尺余。この時に、また漁夫の舟、海に入り瀾(なみ)に浮けり。ここに、守大伴宿禰家持、寄情(こころ)を二眺(にてう)に寄せ、いささかに所心(しょしん)を裁(つく)る>である。

(注)大帳使 だいちょうし:律令(りつりょう)時代、地方政治の実態を中央政府に報告するため上京した四度使(よどのつかい)の一つ。計帳使ともよばれる。毎年8月30日以前(陸奥(むつ)・出羽(でわ)両国と大宰府(だざいふ)は9月30日以前)に上京して、大(計)帳とその関連公文(くもん)(枝文(えだふみ))を中央政府に提出して監査を受ける。(コトバンク 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ))

(注)本任:ここは本来の越中の掾の任務。(伊藤脚注)

(注)詩酒の宴:詩を作り酒を酌み交す宴。(伊藤脚注)

(注)だんし【弾糸】〘名〙:琴、箏など、弦を張った楽器をひくこと。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)くもん【公文】名詞:①律令制下の公文(こうぶん)書。②社寺・公家(くげ)などから領地や荘園(しようえん)に出す文書。(学研)ここでは①の意

(注)えだぶみ【枝文】〘名〙: 古代、四度公文(しどのくもん)のそれぞれに添えられた付属帳簿。中央官庁(主計寮)で、四度公文各帳の記載内容の点検に必要な明細帳であった。大帳(計帳)枝文、税帳枝文、調帳枝文などがある。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

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(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「コトバンク 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)」