万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2277,2278)―

―その2277―

●歌は、「春の花今は盛りににほふらむ折りてかざさむ手力もがも」である。

石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)万葉歌碑(大伴家持) 
20230704撮影

●歌碑は、石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)にある。

 

●歌をみていこう。

 

題詞は、「守大伴宿祢家持贈大伴宿祢池主悲歌二首 」<守(かみ)大伴宿禰家持、大伴宿禰池主に贈る悲歌二首 >である。

 

前文は、「忽沈枉疾累旬痛苦 祷恃百神且得消損 而由身體疼羸筋力怯軟 未堪展謝係戀弥深 方今春朝春花流馥於春苑 春暮春鴬囀聲於春林 對此節候琴罇可翫矣 雖有乗興之感不耐策杖之勞 獨臥帷幄之裏 聊作寸分之歌 軽奉机下犯解玉頤 其詞曰」<たちまちに枉疾(わうしつ)に沈み、累旬(るいじゅん)痛み苦しむ。百神(ひゃくしん)を禱(こ)ひ恃(たの)み、かつ消損(せうそん)することを得たり。しかれども、なほし身体疼羸(どうるい)、筋力怯軟(けひぜん)なり。いまだ展謝(てんしゃ)に堪(あ)へず、係恋(けいれん)いよいよ深し。今し、春朝の春花(しゆんくわ)、馥(にほ)ひを春苑に流し、春暮の春鶯(しゆんあう)、声を春林に囀(さひづ)る。この節候に対(むか)ひ、琴罇(きんそん)翫(もてあそ)ぶべし。興(きよう)に乗る感ありといへども、杖(つゑ)を策(つ)く労(ろう)に耐(あ)へず。独(ひと)り帷幄(ゐあく)の裏に臥(ふ)して、いささかに寸分の歌を作る。軽(かろがろ)しく机下(きか)に奉(たてまつ)り、玉頤(きよくい)を解(と)かむことを犯(をか)す。その詞に曰(い)はく、

(注)枉疾:よこしまな病気。(伊藤脚注)

(注)るいじゆん【累旬】:数十日。(コトバンク 平凡社「普及版 字通」)

(注)かつ消損することを得たり:ようやく病苦が薄らいだ。(伊藤脚注)

(注の注)かつ【且つ】副詞:①一方では。同時に一方で。▽二つの事柄が並行して行われていることを表す。「かつ…かつ…」の形、また、単独でも用いられる。②すぐに。次から次へと。③ちょっと。ほんの少し。わずかに。やっと。(学研)ここでは③の意

(注)疼羸:病疲れし。(伊藤脚注)

(注)怯軟なり:力が抜けてなよなよしてしまった。(伊藤脚注)

(注)展謝に堪へず:見舞いに対する感謝の意を述べに参上することもできない。(伊藤脚注)

(注)係恋:恋情。ここは、池主に対し男女の仲めかして言ったもの。(伊藤脚注)

(注の注)けいれん【係恋】〘名〙:心にかけて恋いしたうこと。深くおもいをかけること。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)春朝の春花・・・:以下「春」をいくつか重ねる技巧は、六朝詩に目立つ。(伊藤脚注)

(注)きんそん【琴樽】〘名〙:琴と酒樽。琴を奏したり酒を飲んだりすること。楽しく遊ぶこと。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)いあく【帷幄】〘名〙:帷と幄。たれまく(とばり)と、ひきまく(あげばり)。幕。とばり。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典)>布製の衝立。寝所の囲い。(伊藤脚注)

(注)寸分の歌:短小にしてつまらぬ歌。自作への謙遜。(伊藤脚注)

(注の注)すんぶん【寸分】〘名〙:一寸(約三センチメートル)と一分(約〇・三センチメートル)の長さ。転じて、ごく短いこと。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)机下に奉る:相手の近辺。書簡用語。(伊藤脚注)

(注の注)きか【机下/几下】:《相手の机の下に差し出す意》手紙で、相手に対する敬意を表す脇付(わきづけ)としてあて名の横に添えて書く語。案下。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)玉頤を解かむことを犯す:顎が外れるほど笑わせる罪を犯すことにする。自作への謙遜。「玉」は相手を尊ぶ接頭語。(伊藤脚注)

(注の注)ぎょくい【玉頤】〘名〙: (「玉」は美称) 相手を敬って、その下あごをいう語。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

 

◆波流能波奈 伊麻波左加里尓 仁保布良牟 乎里氐加射佐武 多治可良毛我母

       (大伴家持 巻十七 三九六五)

 

≪書き下し≫春の花今は盛りににほふらむ折りてかざさむ手力(たぢから)もがも

 

(訳)春の花、その花は今はまっ盛りに咲きにおうていることであろう。手折って挿頭(かざし)にできる手力があったらよいのに。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)前文の「春花」「筋力怯軟」を承ける歌。(伊藤脚注)

(注)もがも 終助詞《接続》:体言、形容詞・断定の助動詞の連用形などに付く。〔願望〕…があったらなあ。…があればいいなあ。 ※上代語。終助詞「もが」に終助詞「も」が付いて一語化したもの。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

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―その2278―

●歌は、「うぐひすの鳴き散らすらむ春の花いつしか君と手折りかざさむ」である。

石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)万葉歌碑(大伴家持)  
20230704撮影

●歌碑は、石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)にある。

 

●歌をみていこう。

 

 

◆宇具比須乃 奈枳知良須良武 春花 伊都思香伎美登 多乎里加射左牟

       (大伴家持 巻十七 三九六六)

 

≪書き下し≫うぐひすの鳴き散らすらむ春の花いつしか君と手折(たを)りかざさむ

 

(訳)鶯が鳴いては散らしているであろう春の花、その花を一日も早くあなたと手折ってかざしたいものだ。(同上)

(注)前文の「春朝の春花」以下を承ける。(伊藤脚注)

 

左注は、「二月廿九日大伴宿祢家持」<二月の二十九日、大伴宿禰家持>である。

 

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 伊藤 博氏は、三九六二~三九六四歌の左注の脚注で、「十二月・一月の歌がない。前年の暮頃から病気だったらしい。次の歌の前文にも「累旬」とある」と書かれている。

 

 三九六二~三九六四歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1348表②)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「コトバンク 平凡社『普及版 字通』」