万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2297)―

●歌は、「新しき年の初めはいや年に雪踏み平し常かくもが」である。

石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)万葉歌碑(大伴家持) 
20230704撮影

●歌碑は、石川県羽咋郡宝達志水町臼が峰往来(石仏峠)にある。

 

●歌をみていこう。

 

 題詞は、「天平勝宝三年」<天平勝宝(てんぴやうしようほう)三年>である。

 (注)天平勝宝三年:751年

 

◆新 年之初者 弥年尓 雪踏平之 常如此尓毛我

       (大伴家持 巻十九 四二二九)

 

≪書き下し≫新(あらた)しき年の初めはいや年に雪踏(ふ)み平(なら)し常(つね)かくにもが

 

(訳)新しき年の初めは、来る年も来る年も、雪を踏みならして、いつもこのように賑々(にぎにぎ)しくありたいものです。

(注)あらたし【新たし】形容詞:新しい。 ⇒参考:「あらたし」が中古以後、音変化を起こして(「ら」と「た」とが逆になって)「あたらし」の形が現れ、「あたらし」に統一されていった。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)いや年に:いよいよ年を重ねて。(伊藤脚注)

(注)雪踏み平し:多くの人が訪れて雪を踏みならし。(伊藤脚注)

(注)かくにもが:このように賑々しく集まりたいものだ。雪は瑞兆。国守として正月の賀宴の盛んなさまを寿いだもの。(伊藤脚注)

(注の注)もが 終助詞《接続》体言、形容詞・助動詞の連用形、副詞、助詞などに付く。:〔願望〕…があったらなあ。…があればなあ。 ⇒参考:上代語。上代には、多く「もがも」の形で用いられ、中古以降は「もがな」の形で用いられた。⇒もがな・もがも(学研)

 

左注は、「右一首歌者 正月二日守舘集宴 於時零雪殊多積有四尺焉 即主人大伴宿祢家持作此歌也」<右の一首の歌は、正月の二日に、守(かみ)が館(たち)に集宴す。時に、降る雪ことに多(さは)にして、積みて四尺有り。すなはち主人(あろじ)大伴宿禰家持この歌を作る>である。

 

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感想(1件)

「あらたし」の意味は上述の通りであるが、「あたらし」を調べてみよう。

weblio古語辞典 学研全訳古語辞典(以下、学研」によると、「あたらし【惜し】形容詞:もったいない。惜しい。」とあり、さらに「『あたらし』と『をし』の違い」は、「『を(惜)し』が自分のことについていうのに対し、『あたらし』は外から客観的に見た気持ちをいう。」と書かれている。

さらに、「あたらし【新し】形容詞:新しい。」とあり、さらに「語の歴史」として「上代には『あらたし』といったが、中古以降音変化で『あたらし』の形が現れ、『あたら(惜)し』とも混同されて定着した。」と書かれている。

「あらたなり」は定着しているのである。「あらたなり【新たなり】形容動詞:新しい。(学研」

 

 

 改めて歌にもどろう。

 越中国守であった家持は、天平勝寶二年正月二日に、次の歌を詠んでいる。

 

 題詞は、「天平勝寶二年正月二日於國廳給饗諸郡司等宴歌歌一首」<天平勝寶(てんびやうしようほう)二年の正月の二日に、国庁(こくちょう)にして饗(あへ)を諸(もろもろ)の郡司(ぐんし)等(ら)に給ふ宴の歌一首>である。

(注)天平勝寶二年:750年

(注)国守は天皇に代わって、正月に国司、郡司を饗する習い。(伊藤脚注)

 

 律令では、元日に国守は同僚・属官や郡司らをひきつれて庁(都の政庁または国庁)に向かって朝拝することになっており、翌日に、新年を寿ぐ宴が開かれたのである。

 

◆安之比奇能 夜麻能許奴礼能 保与等里天 可射之都良久波 知等世保久等曽

       (大伴家持 巻十八 四一三六)

 

≪書き下し≫あしひきの山の木末(こぬれ)のほよ取りてかざしつらくは千年(ちとせ)寿(ほ)くとぞ

 

(訳)山の木々の梢(こずえ)に一面生い栄えるほよを取って挿頭(かざし)にしているのは、千年もの長寿を願ってのことであるぞ。「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

(注)ほよ>ほや【寄生】名詞:寄生植物の「やどりぎ」の別名。「ほよ」とも。(学研)


左注は、「右一首守大伴宿祢家持作」<右の一首は、守大伴宿禰家持作る>である。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その822)」で高岡市伏木古国府 勝興寺越中国庁碑の裏面に刻された歌とともに紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 



 天平宝字三年(759年)正月に、因幡国司として家持は次の歌を詠んでいる。

 

 題詞は、「三年春正月一日於因幡國廳賜饗國郡司等之宴歌一首」<三年の春の正月の一日に、因幡(いなば)の国(くに)の庁(ちやう)にして、饗(あへ)を国郡の司等(つかさらに)賜ふ宴の歌一首>である。

(注)三年:天平宝字三年(759年)。

(注)庁:鳥取県鳥取市にあった。(伊藤脚注)

(注)あへ【饗】名詞※「す」が付いて自動詞(サ行変格活用)になる:食事のもてなし。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注の注)あへ【饗】:国守は、元日に国司・郡司と朝拝し、その賀を受け饗を賜うのが習い。(伊藤脚注)

 

◆新 年乃始乃 波都波流能 家布敷流由伎能 伊夜之家餘其騰

     (大伴家持 巻二十 四五一六)

 

≪書き下し≫新(あらた)しき年の初めの初春(はつはる)の今日(けふ)降る雪のいやしけ吉事(よごと)

 

(訳)新しき年の初めの初春、先駆けての春の今日この日に降る雪の、いよいよ積もりに積もれ、佳(よ)き事よ。(「万葉集 四」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)上四句は実景の序。「いやしけ」を起す。正月の大雪は豊年の瑞兆とされた。(伊藤脚注)

(注)よごと【善事・吉事】名詞:よい事。めでたい事。(学研)

 

左注は、「右一首守大伴宿祢家持作之」<右の一首は、守(かみ)大伴宿禰家持作る>である。

 

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感想(1件)

この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1953)」で紹介している。

➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 



伊藤 博氏は同歌の脚注で「将来への予祝をこめるこの一首をもって万葉集は終わる。天皇と娘子との成婚を通して御代の栄えを与祝する巻一の巻頭歌に応じて、万葉集が万代の後までもと伝わることを祈りながら、ここに据えられたらしい。」と、さらに、「この時、家持、従五位上、四二歳。以後、数奇な人生をたどって、延暦四年(785年)八月二十八日に、中納言従三位、六八歳をもって他界。その間、いくつか歌詠をなしたらしい。だが、万葉集最終編者と見られる家持は、万代予祝の右の一首をもって、万葉集を閉じた。」と書かれている。

 

 万葉集で、国守として名前があげられるのは、大伴家持山上憶良、門部王である。

 国守として現地で詠った歌が収録されているのをみてみよう。山上憶良伯耆国で詠った歌は収録されていない。

 

 題詞は、「出雲守門部王思京歌一首 後賜大原真人氏也」<出雲守(いづものかみ)門部王(かどへのおほきみ)、京を思(しの)ふ歌一首 後に大原真人の氏を賜はる>である。

 

◆飫海乃 河原之乳鳥 汝鳴者 吾佐保河乃 所念國

        (門部王 巻三 三七一)

 

≪書き下し≫意宇(おう)の海の川原(かはら)の千鳥汝(な)が鳴けば我(わ)が佐保川の思ほゆらくに)

 

(訳)意宇(おう)の海まで続く川原の千鳥よ、お前が鳴くと、わが故郷の佐保川がしきりに思いだされる。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より) 

(注)おう【意宇・淤宇・飫宇】:出雲国北東端の古地方名。現在の島根県松江・安来の両市、能義・八束の両郡にあたる。(広辞苑無料検索 日本国語大辞典

(注)意宇(おう)の海:ここは島根県の中海。(伊藤脚注)

(注)おもほゆ【思ほゆ】自動詞:(自然に)思われる。 ※動詞「思ふ」+上代の自発の助動詞「ゆ」からなる「思はゆ」が変化した語。「おぼゆ」の前身。(学研)

(注の注)思ほゆらくに:「思ほゆ」のク活用。

(注の注の注)【ク活用】:文語形容詞の活用形式の一。語尾が「く・く・し・き・けれ・○」と変化するもの。これに補助活用のカリ活用を加えて、「く(から)・く(かり)・し・き(かる)・けれ・かれ」とすることもある。「よし」「高し」など。連用形の語尾「く」をとって名づけたもの。情意的な意を持つものの多いシク活用に対し、客観的、状態的な意味を表すものが多い。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

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 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1962)」で島根県松江市東出雲町 阿太加夜神社の歌碑とともに紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 


 門部王の歌五首については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1261)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」(國學院大學「万葉の花の会」発行)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉

★「広辞苑無料検索 日本国語大辞典