●歌は、「春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子」である。
●歌をみていこう。
題詞は、「天平勝寶二年三月一日之暮眺矚春苑桃李花作二首」<天平勝宝(てんぴょうしょうほう)三年の三月の一日の暮(ゆうへ)に、春苑(しゆんゑん)の桃李(たうり)の花を眺矚(なが)めて作る歌二首>である。
(注)天平勝宝(てんぴょうしょうほう)三年:750年
◆春苑 紅尓保布 桃花 下照道尓 出立▼嬬
(大伴家持 巻十九 四一三九)
※▼は、「女」+「感」、「『女』+『感』+嬬」=「をとめ」
≪書き下し≫春の園(その)紅(くれなゐ)にほふ桃の花下照(したで)る道に出で立つ娘子(をとめ)
(訳)春の園、園一面に紅く照り映えている桃の花、この花の樹の下まで照り輝く道に、つと出で立つ娘子(おとめ)よ。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)
(注)桃花の咲く月に入ってその盛りを幻想した歌か。春園・桃花・娘子の配置は中国詩の影響らしい。(伊藤脚注)
(注)にほふ【匂ふ】自動詞:①美しく咲いている。美しく映える。②美しく染まる。(草木などの色に)染まる。③快く香る。香が漂う。④美しさがあふれている。美しさが輝いている。⑤恩を受ける。おかげをこうむる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意
この歌は、巻十九の巻頭歌である。
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その825)」で、高岡市万葉歴史館の玄関わきの家持と大嬢の仲睦まじいブロンズ像とともに紹介している。
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この歌はこれまでも幾度となく紹介してきた。美しい絵画的な歌である。
今回この稿を書くにあたって、歌を読み返してみると、絵画的と表現していたが、何と鮮やかなしかも「下照(したで)る道に出で立つ娘子(をとめ)」も躍動的で、桃の花にも負けない艶やかな色味で輝いている。
家持の波乱に満ちた政治的な駆け引きのどろどろした歌や有間皇子、柿本人麻呂の自傷歌、大津皇子の辞世歌などなど数多くを見て来たからか、今回は今までとちがう単なる絵画にとどまらない躍動感あふれる生き生きとした歌が目の前にあることに気づかされたのである。
鄙離かる越の国で、いわゆる単身赴任の寂しさから都にいる大嬢を思い、昇華的行動から中国文学を学び、都に戻れる日を思い描き、歌の極意を極めて行った。
そうした中、大嬢が都から越中に来ていたようである。
しかも、翌年には都に帰れるという喜びも重なり、心の充実感あふれる、というより爆発させた歌というのがふさわしいであろう。
「下照(したで)る道に出で立つ娘子(をとめ)」は、まさに妻大嬢そのものである。
こう見てみると、これまで絵画的な美しい歌であったが、何と生き生きとした絵画的な娘子が躍り出すような感覚にとらわれる。
がっちりと蓄積された中国文学の素養が根底にあり、そこから開花した歌。
この充実感は、「題詞、三月の一日の暮(ゆふへ)」から「四一五一~四一五三歌の歌群の題詞、『三日に、守(かみ)大伴宿禰家持が館(たち)にして宴(うたげ)する歌三首』」まで十五首を、三月一日から三日の間に作っているのでことからもうかがえる。
三日の四一五一~四一五三歌は「宴する歌」であるから、家持としては「公的領域」の歌となろう。四一三九~四一五〇歌は、「私的領域」ととらえれば、なおさらその充実感があふれているととらえることができるのである。
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四一四〇歌もみてみよう。
◆吾園之 李花可 庭尓落 波太礼能未 遣在可母
(大伴家持 巻二〇 四一四〇)
≪書き下し≫我(わ)が園の李(すもも)の花か庭に散るはだれのいまだ残りてあるかも
(訳)我が園の李(すもも)の花なのであろうか、庭に散り敷いているのは。それとも、はだれのはらはら雪が残っているのであろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)
(注)詩語「桃李」に導かれて、前歌の「桃」に「李」を詠み継ぐ。紅と白との対比もある。(伊藤脚注)
(注)はだれ【斑】名詞:「斑雪(はだれゆき)」の略。(学研)
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その497)」で紹介している。
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四一三九、四一四〇歌に関して、藤井一二氏は、その著「大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯」(中公新書)のなかで、「芳賀紀雄(はがのりお)氏が『三月一日という暦法に対する敏感な意識と『桃』『李』の二首創作の手法には、家持の詩の表現(詩的感興)の摂取が裏打ちされている』(『萬葉集における中國文學の受容』)と評価する点にも共感を覚える。」と書いておられる。
本稿でもって、臼が峰山頂公園地蔵園地の歌碑10基の紹介は終わります。
次稿以降、富山市や魚津市の歌碑の紹介をいたします。引き続きよろしくお願い申し上げ上げます。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯」 藤井一二 著 (中公新書)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」