万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2462)―

●歌は、「小筑波嶺の嶺ろに月立し間夜はさはだなりのをまた寝てむかも」である。

茨城県つくば市大久保 つくばテクノパーク大穂万葉歌碑(作者未詳) 20230927撮影

●歌碑は、茨城県つくば市大久保 つくばテクノパーク大穂にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆乎豆久波乃 祢呂尓都久多思 安比太欲波 佐波太奈利努乎 萬多祢天武可聞

       (作者未詳 巻十四 三三九五)

 

≪書き下し≫小筑波の嶺ろに月立(つくた)し間夜(あひだよ)はさはだなりのをまた寝てむかも

 

(訳)小筑波の天辺(てっぺん)に月が立ち、そうさ、あの子の月が経ち、逢えぬ夜はずいぶん積ってしまったんだもの、ぼつぼつまた寝てもいいじゃないのかな。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)月立し:ツキ立チの訛り。新月が出る意。「月経(た)し」を懸ける。(伊藤脚注)

(注の注)つきたつ【月立つ】分類連語:①月が現れる。月がのぼる。②月が改まる。月が変わる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)あひだよ【間夜】〘名〙: 男女が会う夜と次に会う夜との間。男女が会わないでへだてられた夜。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)さはだ【多だ】副詞:たくさん。多く。 ※「だ」は程度を表す接尾語。(学研)

(注)かも 終助詞《接続》体言や活用語の連体形などに付く。:①〔感動・詠嘆〕…ことよ。…だなあ。②〔詠嘆を含んだ疑問〕…かなあ。③〔詠嘆を含んだ反語〕…だろうか、いや…ではない。▽形式名詞「もの」に付いた「ものかも」、助動詞「む」の已然形「め」に付いた「めかも」の形で。④〔助動詞「ず」の連体形「ぬ」に付いた「ぬかも」の形で、願望〕…てほしいなあ。…ないかなあ。 ⇒参考:上代に用いられ、中古以降は「かな」。(学研)

 

 使われている「月立」、「間夜」、「さはだ」といった言葉が詠まれている歌をみてみよう。

 

 

■「月立」■

月立而 直三日月之 眉根掻 氣長戀之 君尓相有鴨

        (大伴坂上郎女 巻六 九九三)

 

≪書き下し≫月立ちてただ三日月(みかづき)の眉根(まよね)掻(か)き日(け)長く恋ひし君に逢へるかも

 

(訳)月が替わってほんの三日目の月のような細い眉(まゆ)を掻きながら、長らく待ち焦がれていたあなたにとうとう逢うことができました。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)三日月の眉:漢語「眉月」を踏まえる表現。

(注)眉根掻く:眉がかゆいのは思う人に逢える前兆とされた。娘大嬢の気持ちを寓していると思われる。

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その7改)」で紹介している。

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◆荒玉之 月立左右二 来不益者 夢而見乍 思曽吾勢思

       (大伴坂上郎女 巻八 一六二〇)

 

≪書き下し≫あらたまの月立つまでに来(き)まさねば夢(いめ)にし見つつ思ひぞ我がせし

 

(訳)月が改まってもおいでにならないので、毎夜あなたを夢に見ては、思い暮れていたのですよ。(伊藤 博 著 「萬葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その119)」で紹介している。

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◆高御座 安麻乃日継登 須賣呂伎能 可未能美許登能 伎己之乎須 久尓能麻保良尓 山乎之毛 佐波尓於保美等 百鳥能 来居弖奈久許恵 春佐礼婆 伎吉乃可奈之母 伊豆礼乎可 和枳弖之努波无 宇能花乃 佐久月多弖婆 米都良之久 鳴保等登藝須 安夜女具佐 珠奴久麻泥尓 比流久良之 欲和多之伎氣騰 伎久其等尓 許己呂都呉枳弖 宇知奈氣伎 安波礼能登里等 伊波奴登枳奈思

       (大伴家持 巻十八 四〇八九)

 

≪書き下し≫高御倉(たかみくら) 天(あま)の日継(ひつぎ)と すめろきの 神(かみ)の命(みこと)の きこしをす 国のまほらに 山をしも さはに多みと 百鳥(ももとり)の 来(き)居(ゐ)て鳴く声 春されば 聞きのかなしも いづれをか 別(わ)きて偲(しの)はむ 卯(う)の花の 咲く月立てば めづらしく 鳴くほととぎす あやめぐさ 玉貫(ぬ)くまでに 昼暮らし 夜(よ)わたし聞けど 聞くごとに 心つごきて うち嘆き あはれの鳥と 言はぬ時なし

 

(訳)高い御位にいます、日の神の後継ぎとして、代々の天皇が治めたまう国、この国のまっ只(ただ)中(なか)に、山が至る所にあるからとて、さまざまな鳥がやって来て鳴く声、その声は、春ともなると聞いてひとしお身にしみる。ただとりわけどの鳥の声を賞(め)でるというわけにはゆかない。が、やがて卯の花の咲く夏の四月ともなると、懐かしいも鳴く時鳥、その時鳥の声は、菖蒲(あやめ)を薬玉に通す五月まで、昼はひねもす、夜は夜通し聞くけれど、聞くたびに心がわくわくして、溜息(ためいき)ついて、ああ何と趣深き鳥よと、言わぬ時とてない。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)たかみくら【高御座】名詞:即位や朝賀などの重大な儀式のとき、大極殿(だいごくでん)または紫宸殿(ししんでん)の中央の一段高い所に設ける天皇の座所。玉座。(学研)

(注)あまつひつぎ【天つ日嗣ぎ】名詞:「天つ神」、特に天照大神(あまてらすおおみかみ)の系統を受け継ぐこと。皇位の継承。皇位。(学研)

(注)きこしおす【聞こし食す】[動]《動詞「聞く」の尊敬語「きこす」と、動詞「食う」の尊敬語「おす」の複合したもの》:「治める」の尊敬語。お治めになる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)まほら 名詞:まことにすぐれたところ。まほろば。まほらま。 ※「ま」は接頭語、「ほ」はすぐれたものの意、「ら」は場所を表す接尾語。上代語(学研)

(注)つきたつ【月立つ】分類連語:①月が現れる。月がのぼる。②月が改まる。月が変わる。(学研) ここでは②の意

(注)あやめぐさ 玉貫(ぬ)くまでに:菖蒲を薬玉に通す五月まで。

(注)くらす【暮らす】他動詞:①日が暮れるまで時を過ごす。昼間を過ごす。②(年月・季節などを)過ごす。月日をおくる。生活する。(学研)

(注)よわたし【夜渡し】[副]一晩中。夜どおし。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)心つごきて:心が激しく動いて

 

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その855)」で紹介している。

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◆安遠邇与之 奈良乎伎波奈礼 阿麻射可流 比奈尓波安礼登 和賀勢故乎 見都追志乎礼婆 於毛比夜流 許等母安利之乎 於保伎美乃 美許等可之古美 乎須久尓能 許等登理毛知弖 和可久佐能 安由比多豆久利 無良等理能 安佐太知伊奈婆 於久礼多流 阿礼也可奈之伎 多妣尓由久 伎美可母孤悲無 於毛布蘇良 夜須久安良祢婆 奈氣可久乎 等騰米毛可祢氐 見和多勢婆 宇能婆奈夜麻乃 保等登藝須 祢能未之奈可由 安佐疑理能 美太流々許己呂 許登尓伊泥弖 伊波婆由遊思美 刀奈美夜麻 多牟氣能可味尓 奴佐麻都里 安我許比能麻久 波之家夜之 吉美賀多太可乎 麻佐吉久毛 安里多母等保利 都奇多ゝ婆 等伎毛可波佐受 奈泥之故我 波奈乃佐可里尓 阿比見之米等曽

      (大伴池主 巻十七 四〇〇八)

 

≪書き下し≫あをによし 奈良を来離(きはな)れ 天離(あまざか)る 鄙(ひな)にはあれど 我が背子(せこ)を 見つつし居(を)れば 思ひ遣(や)る こともありしを 大君(おほきみ)の 命(みこと)畏(かしこ)み 食(を)す国の 事取り持ちて 若草の 足結(あゆ)ひ手作(たづく)り 群鳥(むらとり)の 朝立(あさだ)ち去(い)なば 後(おく)れたる 我(あ)れや悲しき 旅に行く 君かも恋ひむ 思ふそら 安くあらねば 嘆かくを 留(とど)めもかねて 見わたせば 卯(う)の花山の 霍公鳥 音(ね)のみし泣かゆ 朝霧(あさぎり)の 乱るる心 言(こと)に出でて 言はばゆゆしみ 礪波山(となみやま) 手向(たむ)けの神に 幣(ぬさ)奉(まつ)り 我(あ)が祈(こ)ひ禱(の)まく はしけやし 君が直香(ただか)を ま幸(さき)くも ありた廻(もとほ)り 月立たば 時もかはさず なでしこが 花の盛りに 相見(あひみ)しめとぞ

 

(訳)あをによし奈良の都をあとにして来て、遠く遥かなる鄙(ひな)の地にある身であるけれど、あなたの顔さえ見ていると、故郷恋しさの晴れることもあったのに。なのに、大君の仰せを謹んでお受けし、御国(みくに)の仕事を負い持って、足ごしらえをし手甲(てつこう)をつけて旅装(たびよそお)いに身を固め、群鳥(むらとり)の飛びたつようにあなたが朝早く出かけてしまったならば、あとに残された私はどんなにか悲しいことでしょう。旅路を行くあなたもどんなにか私を恋しがって下さることでしょう。思うだけでも不安でたまらいので、溜息(ためいき)が洩(も)れるのも抑えきれず、あたりを見わたすと、彼方卯の花におう山の方で鳴く時鳥、その時鳥のように声張りあげて泣けてくるばかりです。たゆとう朝霧のようにかき乱される心、この心を口に出して言うのは縁起がよくないので、国境の礪波(となみ)の山の峠の神に弊帛(ぬさ)を捧(ささ)げて、私はこうお祈りします。「いとしいあなたの紛れもないお姿、そのお姿に、何事もなく時がめぐりめぐって、月が変わったなら時も移さず、なでしこの花の盛りには逢わせて下さい。」と。(同上)

(注)おもひやる【思ひ遣る】他動詞:①気を晴らす。心を慰める。②はるかに思う。③想像する。推察する。④気にかける。気を配る。(学研)ここでは①の意

(注)わかくさの【若草の】分類枕詞:若草がみずみずしいところから、「妻」「夫(つま)」「妹(いも)」「新(にひ)」などにかかる。(学研)

(注の注)「若草の」は「足結ひ」の枕詞。懸り方未詳。(伊藤脚注)

(注)あゆひ【足結ひ】名詞:古代の男子の服飾の一つ。活動しやすいように、袴(はかま)をひざの下で結んだ紐(ひも)。鈴・玉などを付けて飾りとすることがある。「あよひ」とも。(学研)

(注)てづくり【手作り】名詞:①手製。自分の手で作ること。また、その物。②手織りの布。(学研)

(注の注)足結ひ手作り:足首を紐で結び、手の甲を覆って。旅装束をするさま。(伊藤脚注)

(注)嘆かくを:嘆く心を。「嘆かく」は「嘆く」のク語法。(伊藤脚注)

(注)「見わたせば 卯(う)の花山の 霍公鳥」は季節の景物を用いた序。「音のみ泣く」を起こす。(伊藤脚注)

(注)ね【音】のみ泣(な)く:(「ねを泣く」「ねに泣く」を強めた語) ひたすら泣く。泣きに泣く。また、(鳥などが)声をたてて鳴く。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)あさぎりの【朝霧の】分類枕詞:朝霧が深くたちこめることから「思ひまどふ」「乱る」「おほ(=おぼろなようす)」などにかかる。(学研)

(注)礪波山:富山・石川県の境の山。倶利伽羅峠のある地。この地まで家持を見送るつもりでの表現。(伊藤脚注)

(注)「君が直香(ただか)を ま幸(さき)くも ありた廻(もとほ)り 月たてば」:あなたの紛れもないお姿に、何の不幸もなく時がずっとめぐって、の意か。(伊藤脚注)

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1348表④)」で紹介している。

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 「月立」はそこそこ市民権を得ているようである。

 

 次に「間夜」を探してみよう。

どうやら「間夜」の言葉は、この一首のみに使われているようである。

 「さはだ」はどうであろうか。

 

■さはだ■

◆伎倍比等乃 萬太良夫須麻尓 和多佐波太 伊利奈麻之母乃 伊毛我乎杼許尓

      (作者未詳 巻十四 三三五四)

 

≪書き下し≫伎倍人(きへひと)のまだら衾(ぶすま)に綿(わた)さはだ入(い)りなましもの妹(いも)が小床(をどこ)に

 

(訳)伎倍人(きへひと)の斑(まだら)模様の蒲団(ふとん)に真綿がたっぷり。そうだ、たっぷり入りこみたいものだ。あの子の床の中に。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)伎倍:所在未詳。(伊藤脚注)

(注)まだらぶすま【斑衾】:まだら模様のある夜具。(コトバンク デジタル大辞泉

(注)上三句は序。「入り」を起こす。(伊藤脚注)

(注)さはだ【多だ】副詞:たくさん。多く。 ※「だ」は程度を表す接尾語。(学研)

(注)なまし 分類連語:①〔上に仮定条件を伴って〕…てしまっただろう(に)。きっと…てしまうだろう(に)。▽事実と反する事を仮想する。②〔上に疑問語を伴って〕(いっそのこと)…たものだろうか。…してしまおうか。▽ためらいの気持ちを表す。③〔終助詞「ものを」を伴って〕…してしまえばよかった(のに)。▽実現が不可能なことを希望する意を表す。 ⇒注意:助動詞「まし」の意味(反実仮想・ためらい・悔恨や希望)に応じて「なまし」にもそれぞれの意味がある。 ⇒なりたち:完了(確述)の助動詞「ぬ」の未然形+反実仮想の助動詞「まし」(学研)ここでは③の意

(注) をどこ【小床】〘名〙: (「お」は接頭語) 床。寝床。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

 

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1510)」で紹介している。

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 歌に詠まれている言葉を探るのもまた一興である。

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「コトバンク デジタル大辞泉