万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう―万葉歌碑を訪ねて(その2463)―

●歌は、「我が面の忘れもしだは筑波嶺を振り放け見つつ妹は偲はね」である。

茨城県つくば市大久保 つくばテクノパーク大穂万葉歌碑(占部小竜) 20230927撮影

●歌碑は、茨城県つくば市大久保 つくばテクノパーク大穂にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆阿我母弖能 和須例母之太波 都久波尼乎 布利佐氣美都々 伊母波之奴波尼

       (占部小竜 巻二十 四三六七)

 

≪書き下し≫我(あ)が面(もて)の忘れもしだは筑波嶺(つくはね)を振(ふ)り放(さ)け見つつ妹(いも)は偲(しぬ)はね

 

(訳)おれの顔を忘れそうな時には、筑波の嶺、この峰を振り仰いではお前さんはおれのことを偲(しの)んでおくれ。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)忘れもしだは:忘れそうな時には。「忘れも」は「忘れむ」の東国形。(伊藤脚注)

(注の注)しだ【時】名詞:とき。ころ。 ⇒参考:上代東国方言。現代でも用いる「寝しな」などの「しな」の古形という。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)偲はね:シノフ(思慕する)の訛り。

 

 

 前稿まで巻十四の「常陸の国の歌」を見てきたが、つくばテクノパーク大穂には十首のうち筑波山に関わる歌碑が九基あるのだが、そのうち二基は残念ながら見つけることができなかった。

 三三九二歌と三三九六歌である。この二首、せめて歌だけでも、また残り一首の三三九七歌についてもみてみよう。

 

■三三九二歌■

◆筑波祢乃 伊波毛等杼呂尓 於都流美豆 代尓毛多由良尓 和我於毛波奈久尓

       (作者未詳 巻十四 三三九二)

 

≪書き下し≫筑波嶺の岩もとどろに落つる水よにもたゆらに我(わ)が思(おも)はなくに

 

(訳)筑波嶺の岩もとどろくばかりに流れて落ちる水、その水のように、私はちらっとでもゆらぐ気持など持っているわけではないのに。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)上三句は序。「たゆらに」を起す。(伊藤脚注)

(注)たゆらなり 形容動詞:ゆれ動いて定まらない。「たよらなり」とも。(学研)

 

 

■三三九六歌■

◆乎都久波乃 之氣吉許能麻欲 多都登利能 目由可汝乎見牟 左祢射良奈久尓

       (作者未詳 巻十四 三三九六)

 

≪書き下し≫小筑波の茂(しげ)き木(こ)の間(ま)よ立つ鳥の目ゆか汝(な)を見むさ寝(ね)ざらなくに

 

(訳)小筑波の茂った木の間から飛び立つ鳥が網目にかかっているのを見るように、お前さんを目で見るだけでいなければならないのか。抱き合わなかった仲でもないのにさ。(同上)

(注)上三句は序。「目ゆ見む」を起す。(伊藤脚注)

(注)目ゆか汝を見む:お前を目でみているだけなのか、(伊藤脚注)

(注の注)ゆ 格助詞《接続》体言、活用語の連体形に付く。:①〔起点〕…から。…以来。

②〔経由点〕…を通って。…を。③〔動作の手段〕…で。…によって。④〔比較の基準〕…より。 ⇒参考:上代の歌語。類義語に「ゆり」「よ」「より」があったが、中古に入ると「より」に統一された。(学研)ここでは③の意。

(注)さ寝ざらなくに:共寝をしなかった仲でもないのに。(伊藤脚注)

 

 

 

■三三九七歌■

◆比多知奈流 奈左可能宇美乃 多麻毛許曽 比氣波多延須礼 阿杼可多延世武

       (作者未詳 巻十四 三三九七)

 

≪書き下し≫常陸(ひたち)なる浪逆(なさか)の海の玉藻(たまも)こそ引けば絶(た)えすれあどか絶えせむ

 

(訳)常陸にある浪逆(なさか)の海の玉藻なら、引けば絶えもしよう、が、二人の仲はどうして絶えたりなどしよう。(同上)

(注)浪逆:利根川下流、北浦のお南方、外浪逆浦のあたり。(伊藤脚注)

(注)あど [副]《上代東国方言といわれる》:①疑問を表す。どのように。いかに。②(あとに係助詞「か」を伴って)反語を表す。どうして…なのか。(weblio辞書 デジタル大辞泉)ここでは②の意

 

 撮影した「常陸の国の歌十首」の歌碑七基の歌(書き下し)を整理してみる。

■三三八八歌:筑波嶺の嶺ろに霞居過ぎかてに息づく君を率寝て遣らさね

■三三八九歌:妹が門いや遠そきぬ筑波山隠れぬほとに袖ば振りてな  

■三三九〇歌:筑波嶺にかか鳴く鷲の音のみをか泣きわたりなむ逢ふとはなしに

■三三九一歌:筑波嶺にそがひに見ゆる葦穂山悪しかるとがもさね見えなくに

■三三九三歌:筑波嶺のをてもこのもに守部据ゑ母い守れども魂ぞ合ひにける

■三三九四歌:さ衣の小筑波嶺ろの山の崎忘ら来ばこそ汝を懸けなはめ

■三三九五歌:小筑波嶺の嶺ろに月立し間夜はさはだなりのをまた寝てむかも

常陸の国の歌十首」の歌碑七基 20240927撮影

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 デジタル大辞泉