万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その7改、8改)―奈良市法蓮町 佐保川堤―万葉集 巻六 九九三、九九四

―その7―

●歌は、「月立ちてただ三日月の眉根掻き日長く恋ひし君に逢えるかも」である。

 

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佐保川堤 万葉歌碑(大伴坂上郎女

●歌碑は、奈良市法蓮町 佐保川堤にある。

 

●歌をみてみよう。

 

 題詞は、「同坂上郎女初月歌一首」<同じき坂上郎女が初月(みかづき)の歌一首>である。

 

◆月立而 直三日月之 眉根掻 氣長戀之 君尓相有鴨

               (大伴坂上郎女 巻六 九九三)

 

≪書き下し≫月立ちてただ三日月(みかづき)の眉根(まよね)掻(か)き日(け)長く恋ひし君に逢へるかも

 

(訳)月が替わってほんの三日目の月のような細い眉(まゆ)を掻きながら、長らく待ち焦がれていたあなたにとうとう逢うことができました。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)三日月の眉:漢語「眉月」を踏まえる表現。

(注)眉根掻く:眉がかゆいのは思う人に逢える前兆とされた。娘大嬢の気持ちを寓していると思われる。

 

 

―その8―

●歌は、「ふりさけて三日月見れば一目見し人の眉引き思ほゆるかも」である。

 

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佐保川堤 万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、同じく奈良市法蓮町 佐保川堤にある。

 

●歌をみてみよう。

 

 題詞は、「大伴宿祢家持初月歌一首」<大伴宿禰家持(おほとものすくねやかもち)が初月(きかづき)の歌一首>である。

 

◆振仰而(ふりさけて) 若月見者(みかづきみれば) 一目見之(ひとめみし) 人乃眉引(ひとのまよびき) 所念可聞(おもはゆるかも)

                   (大伴家持 巻六 九九四)

 

≪書き下し≫振り放(さ)けて三日月(みかづき)見れば一目(ひとめ)見し人の眉引(まよび)き思ほゆるかも

 

(訳)遠く振り仰いで三日月を見ると 一目見たあの人の眉根がしきりに思われます。(同上)

(注)眉引き:眉墨で眉を書くこと。書いた眉。

(注)三句以下、坂上大嬢への思いを寓していると思われる。

 

 この二首は巻第六 雑歌に分類されている。大伴坂上郎女とその甥大伴家持が、 「初月(みかづき)」を詠題とする席で歌ったものと考えられる。家持が当時十六才であったことを考えれば、このような席を歌の教育の場としていたのかもしれない。

 郎女と家持の名がなければ、相聞歌に分類されていたであろう。しかし家持の十六才とは思えぬ思いはさすがである。

 

 この歌碑は、写真のように佐保川堤に二つ並べて建てられている。 

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佐保川堤 万葉歌碑(大伴坂上郎女<手前>と家持)

 

 郎女の歌にある「眉根掻き」は、万葉の時代に、眉がかゆかったりするのは、思う人に逢える予感、相手から思われている兆しだと言われていた。同様に、「鼻ふ」すなわちくしゃみをすることなどがあったという。今でも、くしゃみをすれば、誰かに噂されているのではと言うのと同じである。紐が解けるのも相手に慕われているという歌もある。問答歌に、これらを詠った歌があるので紹介してみる。

 

◆眉根掻(まよねかき) 鼻水紐解(はなひひもとけ) 待八方(まてりやも) 何時毛将見跡(いつかもみむと) 戀来吾乎(こひこしあれを)

                     (作者未詳 巻十一 二八〇八)

 

(略訳)眉根を掻いたりくしゃみをしたり衣の紐を解いて待っててくださいよ いつも逢いたいと恋い焦がれている私のことを

 

◆今日有者(けふなれば) 鼻火鼻火之(はなひはなひし) 眉可由見(まよかゆみ) 思之言者(おもひしことは) 君西在來(きみにしありける)

                     (作者未詳 巻十一 二八〇九)

(略訳)今日だったのですね くしゃみくしゃみの連続で 眉もかゆくなってきた 思い当たります あなたのことだったのですね

 

 次のような歌もある。

◆眉根掻(まよねかき) 下言借見(したいふかしみ) 思有尓(おもへるに) 去家人乎(いにしえびとを) 相見鶴鴨(あひみつるかも)

                  (作者未詳 巻十一 二六一四)

(略訳)眉根を掻いていたら好きな人に逢えるというけれど、本当だろうかといぶかしく思っているが、昔の思っていた人に逢えるかなあ。

(注)いふかし:いぶかしの上代語。物事が不明であることを怪しく思うさま

(注)かも: ①(感動・詠嘆)~なことよ。 

       ②(詠嘆を含んだ疑問)~かなあ   

       ③(詠嘆を含んだ反語)~だろうか、いや~ではない

        

或本歌日 眉根掻(まよねかき) 誰乎香将見跡(たれをかみむと) 思乍(おもひつつ) 氣長戀之(けながくこひし) 妹尓相鴨(いもにあへるかも)

 

(略訳)眉根を掻いて誰かに逢いたいと思っている 長い間恋しく思っているあの娘に逢えないかな

 

一書歌日 眉根掻(まよねかき) 下伊布可之美(したいふかしみ) 念有之(おもへりし) 妹之容儀乎(いもがすがたを) 今日見都流香母(けふみつるかも)

 

(略訳)眉根を掻いていたら逢えるなんてといぶかしく思いながらも あの娘の姿を今日は見かけることができるかな

 

◆吾妹兒之(わぎもこし) 阿乎偲良志(あをしのぶらし) 草枕(くさまくら) 旅之丸寐尓(たびのまろねに) 下紐解(したひもとけぬ)

                   (作者未詳 巻十二 三一四五)

 (注)丸寝(まろね):衣服を着たまま寝ること。独り寝や旅寝をいうこともある

 万葉の時代には、紐が自然に解けるのは相手が自分を思っているからだという魂の活動の予兆としての紐の俗言が生まれたそうである。

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・ 森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著  (角川ソフィア文庫

★「萬葉集相聞の世界」 伊藤 博 著 (塙書房

★「万葉の人びと」 犬養 孝 著 (新潮文庫

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

 

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