●歌は、「山菅の実ならぬことを我に寄そり言はれし君は誰れとか寝らむ」である。
●歌碑(プレート)は、茨城県石岡市小幡 ライオンズ広場万葉の森にある。
●歌をみていこう。
五六三・五六四歌の題詞は「大伴坂上郎女歌二首」<大伴坂上郎女が歌二首>である。
◆山菅之 實不成事乎 吾尓所依 言礼師君者 与孰可宿良牟
(大伴坂上郎女 巻四 五六四)
≪書き下し≫山菅(やますげ)の実ならぬことを我(わ)れに寄(よ)そり言はれし君は誰(た)れとか寝(ぬ)らむ
(訳)山に生える菅には実(み)がならないと言いますが、所詮(しょせん)実らぬ間柄なのに、私と結びつけられて世間から取り沙汰(ざた)されている君は、今頃どこのどなたと寝ているのかしら。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)やますげの【山菅の】[枕]:① 山菅の葉が茂り乱れている意から、「乱る」「背向 (そがひ) 」にかかる。② 山菅の実の意で、「実」にかかる。③ 山菅の「やま」と同音の、「止まず」にかかる。(goo辞書)
(注)我れに寄そり言はれし君:私と結びつけて噂されたあなた。この歌、百代の第四首に応じる。(伊藤脚注)
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1159)」で、「山菅」を詠んだ歌十三首とともに紹介している。
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上記「伊藤脚注」にあるように、大伴百代の五五九から五六二歌から大伴坂上郎女の五六三・五六四歌を通してみてみよう。
題詞は、「大宰大監大伴宿祢百代戀歌四首」<大宰大監大伴宿禰百代が恋の歌四首>である。
(注)恋の歌:老いらくの恋。歌の主題。(伊藤脚注)
◆事毛無 生来之物乎 老奈美尓 如是戀乎毛 吾者遇流香聞
(大伴百代 巻四 五五九)
≪書き下し≫事もなく生き来(こ)しものを老いなみにかかる恋にも我(あ)れは逢へるかも
(訳)これまで平穏無事に生きて来たのに、年寄りだてらに、何とまあこんな苦しい恋に私は出くわすはめになってしまいました。(同上)
(注)こともなし【事も無し】分類連語:①何事もない。平穏無事だ。②難点がない。ちょっと好ましい。③(事をするのに)たやすい。 ※「事無し」の強調表現。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは①の意
(注)老いなみにかかる恋:老境。老いを明示する句はこの冒頭歌のみに見える。(伊藤脚注)
(注の注)おいなみ【老い次・老い並】名詞:老年のころ。老境。(学研)
◆孤悲死牟 後者何為牟 生日之 為社妹乎 欲見為礼
(大伴百代 巻四 五六〇)
≪書き下し≫恋ひ死なむ後は何せむ生ける日のためこそ妹を見まく欲りすれ
(訳)恋い死にに死んでしまったら何の意味がありましょう。生き長らえている今の日のためにこそあなたの顔を見たいと思うのに。(同上)
(注)生ける日:以下、老残の身をさらして恋焦がれなければならぬ嘆き。(伊藤脚注)
◆不念乎 思常云者 大野有 三笠社之 神思知三
(大伴百代 巻四 五六一)
≪書き下し≫思はぬを思ふと言はば大野なる御笠(みかさ)の杜(もり)の神し知らさむ
(訳)あなたのことを思ってもいないのに思っているなどと言ったら、いつわりに厳しい大野の御笠の森の神様もお見通しで、私は祟りを受けなければなりますまい。(同上)
(注)御笠(みかさ)の杜(もり):福岡県大野城市山田の社。(伊藤脚注)
(注)神し知らさむ:神様がお見通しでしょう。(伊藤脚注)
◆無暇 人之眉根乎 徒 令掻乍 不相妹可聞
(大伴百代 巻四 五六二)
≪書き下し≫暇(いとま)なく人の眉根(まよね)をいたづらに掻かしめつつも逢はぬ妹かも
(訳)手を休める暇もなく、人の眉根をむやみやたらと掻(か)かせておきなげら、いっこうに逢おうとしないあなたなのですね。(同上)
(注)眉のつけ根がかゆいのは思う人に逢える前兆とされた。(伊藤脚注)
五五九から五六二歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1806)」で大伴百代の歌とともに紹介している。
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続いて、大伴坂上郎女の歌である。
五六三・五六四歌の題詞は「大伴坂上郎女歌二首」<大伴坂上郎女が歌二首>である。
(注)歌二首:前の歌群が披露された場で、仮の相手となって返した歌。(伊藤脚注)
◆黒髪二 白髪交 至耆 如是有戀庭 未相尓
(大伴坂上郎女 巻四 五六三)
≪書き下し≫黒髪に白髪(しろかみ)交(まじ)り老ゆるまでかかる恋にはいまだ逢はなくに
(訳)黒髪に白髪が入り交じり、こんなに年寄るまで、私はこれほど激しい恋にでくわしたことはありません。(同上)
(注)老ゆるまで:以下、百代の第一首の言葉をそのまま取っている。老女の恋。(伊藤脚注)
この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その1992)」で「髪」を詠んだ歌とともに紹介している。
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(重複しますが、歌と訳を記します。)
◆山菅之 實不成事乎 吾尓所依 言礼師君者 与孰可宿良牟
(大伴坂上郎女 巻四 五六四)
≪書き下し≫山菅(やますげ)の実ならぬことを我(わ)れに寄(よ)そり言はれし君は誰(た)れとか寝(ぬ)らむ
(訳)山に生える菅には実(み)がならないと言いますが、所詮(しょせん)実らぬ間柄なのに、私と結びつけられて世間から取り沙汰(ざた)されている君は、今頃どこのどなたと寝ているのかしら。(同上)
「かかる恋にはいまだ逢はなくに」と百代の歌の手の中で泳ぎながら、肯定しつつ、「我れに寄そり言はれし君は誰れとか寝らむ」と見事に切り返している。郎女ならではの歌である。
五五九から五六四の歌群で、一つの恋物語を作っている。書き手も「戀」と「孤悲」を使い分けたり、「黒髪二 白髪」と「二」を当てたり、「不相妹可聞」と「相聞」と使ったり、「三笠社之 神思知三」と「さむ」に「三」をと楽しんでいるように思える。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」