万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その54改)―石上神宮外苑―万葉集 巻十 一九二七

●歌は、「石上布留の神杉神びにし我れやさらさら恋にあひにける」である。

 

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石上神宮外苑万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、石上神宮外苑にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆石上 振乃神杉 神備西 吾八更ゝ 戀尓相尓家留

                 (作者未詳 巻十 一九二七)

 

≪書き下し≫石上(いそのかみ)布留(ふる)の神杉(かむすぎ)神(かむ)びにし我(あ)れやさらさら恋にあひにける

 

(訳)石上の布留の社の年経た神杉ではないが、老いさらばえてしまった私が、今また改めて、恋の奴にとっつかまってしまいました。(伊藤 博著「万葉集 二」角川ソフィア文庫より)

(注)石上布留の神杉:奈良県天理市石上神宮一帯。上二句は序。「神びにし」を起す。(伊藤脚注)

(注)神びにし:下との関係では年老いるの意。(伊藤脚注)

(注)さらさら【更更】副詞:①ますます。改めて。②〔打消や禁止の語を伴って〕決して。(学研)ここでは①の意

 

●「石上」は、奈良県天理市石上付近に布留の地が属して「石の上布留」と並べて呼ばれたことから、布留と同音の「古(ふ)る」「振る」などにかかる枕詞として使われている。ちなみに石上神宮奈良県天理市布留町384にある。

 天理市の万葉歌碑には、「石上 振る」の歌い出しの歌が多いのでどのくらいあるのかと万葉集を繰ってみた。全部で8首が収録されていた。しかし、うち1首は、地名の石上でなく、人名であった。左大臣石上麻呂の第三子の石上乙麻呂が女性問題で土佐に流されたときに作られた歌である。 石上氏の卿であるから、「石上 振乃尊(みこと)」と詠ったのである。

 

◆石上 振乃山有 杉村乃 思過倍吉 君尓有名國  

         (丹生王 巻三 四二二)

 

≪書き下し≫)石上 布留の山なる 杉群(すぎむら)の 思ひ過ぐべき 君にあらなくに

 

(訳)石上の布留の山にある杉の木の群れ、その杉のように、私の思いから過ぎ去って忘れてしまえるお方ではけっしてないのに。(伊藤 博著「万葉集 一」角川ソフィア文庫より)

 

◆石上 零十方雨二 将關哉 妹似相武登 言義之鬼尾 

        (大伴宿祢像見 巻四 六六四)

 

≪書き下し≫石上 降るとも雨に つつまめや 妹に逢はむと 言ひてしものを

 

(訳)石上の布留というではないが、いくら降りに降っても、雨などに閉じこめられていられるものか。あの子に逢おうと言ってやったんだもの。(伊藤 博著「万葉集 一」角川ソフィア文庫より)

(注)つつむ【恙む・障む】:障害にあう。差し障る。病気になる。

 

◆石上 振之早田乎 雖不秀 縄谷延与 守乍将居 

       (作者未詳 巻七 一三五三)

  

 一三五三歌は、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その52改)」で紹介している。

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◆石上 振乃早田乃 穂尓波不出 心中尓 戀流比日

               (抜気大首 巻九 一七六八)

 

≪書き下し≫石上(いそのかみ)布留(ふる)の早稲田(わさだ)の穂(ほ)には出(い)でず心のうちに恋ふるこのころ

 

(訳)石上の布留の早稲田の稲が他にさきがけて穂を出す、そんなように軽々しく表に出さないようにして、心の中で恋い焦がれているこのごろだ。(同上)

(注)いそのかみ【石の上】分類枕詞:今の奈良県天理市石上付近。ここに布留(ふる)の地が属して「石の上布留」と並べて呼ばれたことから、布留と同音の「古(ふ)る」「降る」などにかかる。「いそのかみ古き都」(学研)

(注)上二句は序。「穂に出づ」を越す。

 

 

◆石上 振神杉 神成 戀我 更為鴨 

      (作者未詳 巻十一 二四一七)

 

≪書き下し≫石上 布留の神杉(かむすぎ) 神さびて 恋をも我(あ)れは さらにするかも

 

(訳)石上の布留の年古りた神杉、その神杉のように古めかしいこの年になって、私はあらためて苦しい恋に陥っている。

 

◆石上 振之高橋 高ゝ尓 妹之将待 夜曽深去家留 

        (作者未詳 巻十二 二九九七)

この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その51改)」で紹介している。

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 次の歌は、歌い出しは「石上 振乃」であるが、題詞にあるように「石上乙麻呂卿(いそのかみおとまろのまへつきみ) 土佐の国に配(なが)さゆる時の歌三首」とあり、石上布留の殿様が女性問題で土佐に流されたことを物語風に仕立てたものである。

 

◆石上 振乃尊者 弱女乃 或尓縁而 馬自物 縄取附 肉自物 笑圍而 王 命恐 

天離 夷部尓退 古衣 又打山従 還來奴香聞 

        (作者未詳 巻六 一〇一九)

 

≪書き下し≫石上 布留の命(みこと)は、たわや女(め)の 惑(まど)ひによりて 馬じもの 綱取り付け 鹿じもの 弓矢囲みて 大君の 命(みこと)畏(かしこ)み 天離(あまざか)る 鄙(ひな)辺に罷(まか)る 古衣(ふるころも) 真土山(まつちやま) より 帰り來ぬかも

 

(訳))石上布留の命は、たわやかな女子(おなご)の色香に迷ったために、まるで、馬であるかのように縄をかけられ、鹿であるかのように弓矢で囲まれて、大君のお咎めを恐れ畏んで遠い田舎に流されていく。古衣をまた打つという真土山、その国境の山から、引き返してこないものだろうか。(伊藤 博著「万葉集 二」角川ソフィア文庫より)

 (注)まつちやま【真土山/待乳山】:奈良県五條市和歌山県橋本市との境にある山。吉野川(紀ノ川)北岸にある。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク

 

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