万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その53改)―奈良県天理市櫟本町和爾下神社―万葉集 巻十六 三八二四

●歌は、「さす鍋に湯沸かせ子ども櫟津の檜橋より来む狐に浴むさむ」である。

 

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奈良県天理市櫟本町和爾下神社境内万葉歌碑(長忌寸意吉麻呂)

●この歌碑は、奈良県天理市櫟本町和爾下(わにした)神社にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆刺名倍尓 湯和可世子等 櫟津乃 檜橋従来許武 狐尓安牟佐武

                  (長忌寸意吉麻呂 巻十六 三八二四)

 

≪書き下し≫さし鍋(なべ)に湯沸(わ)かせ子ども櫟津(いちひつ)の檜橋(ひばし)より来(こ)む狐(きつね)に浴(あ)むさむ

 

 

(訳)さし鍋の中に湯を沸かせよ、ご一同。櫟津(いちいつ)の檜橋(ひばし)を渡って、コムコムとやって来る狐に浴びせてやるのだ。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)さすなべ【(銚子)】:柄と注口(つぎぐち)のついた鍋、さしなべ。(weblio辞書)

(注)長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ):持統・文武朝の歌人。物名歌の名人。

 

 題詞は、「長忌寸意吉麻呂歌八首」とある。(三八二四~三八三一)

左注は、「右一首傳云 一時衆集宴飲也 於時夜漏三更 所聞狐聲 尓乃衆諸誘奥麻呂曰關此饌具雜器狐聲河橋等物 但作謌者 即應聲作此謌也」<右の一首は、伝へて云はく、ある時、衆(もろもろ)集(つど)ひて宴飲す。時に、夜漏三更(やらうさんかう)にして、狐の声聞こゆ。すなはち、衆諸(もろひと)意吉麻呂(おきまろ)を誘(いざな)ひて曰はく、この饌具、雜器、(ざうき)狐聲(こせい)河橋(かけう)等の物の関(か)けて、ただに歌を作れ といへれば、すなはち、声に応へてこの歌を作るといふ>

 

(注)やろう【夜漏】:夜の時刻をはかる水時計。転じて、夜の時刻。(weblio辞書 デジタル大辞泉

(注)さんかう【三更】名詞:時刻の名。「五更(ごかう)」の第三。午後十二時。また、それを中心とする二時間。「丙夜(へいや)」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 このような事物の名を歌の意味とは無関係に詠み込んだ遊戯的な和歌のことを物名歌という。

 

 

 八首の中から他の二つをあげてみる。

 

◆一二之目(いちにのめ) 耳不有(のみにはあらず) 五六三(ごろくさむ) 四佐倍有来(しさへありける) 雙六乃佐叡(すぐろくのさえ)

                  (長忌寸意吉麻呂 巻十六 三八二七)

 

(訳)一、二の黒目だけじゃない。五、六の黒目、三と四の赤目さえあったわい。双六の賽ころには。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

 

 

◆玉掃(たまばはき) 苅来鎌麻呂(かりこかままろ) 室乃樹(むろのきと) 與棗本(なつめがもとと) 可吉将掃為(かきはかむため)

                   (長忌寸意吉麻呂 巻十六 三八三〇)

 

(訳)鎌麿よ、玉掃を刈り取って来なさい。むろの木と棗の木の下を掃こうと思うから。

 

 この歌については、「ザ・モーニングセット190213(万葉の小径シリーズ―その35なつめ)」で取り上げている。

「(前略)それにしても風変わりな歌である。確かに刈り来(カリコ)鎌麿(カママロ)かき掃かむ(カキハカム)には、カ音のリズムはあるけれど、歌の内容は何もなく、ただ命令口調で伝えているだけの歌に過ぎない実はこの歌には条件がついていて、「玉掃、鎌、天木香、棗」を詠むことを指示され、この互いに無関係の四つのものを、ある関連をつけて即座に歌うのが条件であった。長意吉麿(ながのおきまろ)は、鎌を人名の鎌麿とし、玉掃の枝を鎌という名を持つ男に刈り取ってくるように命じ、それで作った箒(ほうき)で、天木香(むろ)と棗の木の下を掃こうと歌ったのである。その点では意味が一応通っており、リズム感もある即興歌と言えよう。作者長意吉麿は、正しくは長忌寸意吉麿(ながのいみきおきまろ)といい、忌寸(いみき)という姓から渡来系の人と見られ、実に手慣れた歌人である。」(万葉の小径歌碑 なつめ)

 

  • 物名歌(ぶつめいか)

和歌の分類の一つ。「もののな」の歌、隠題(かくしだい) の歌ともいう。事物の名を歌の意味とは無関係に詠み込んだ遊戯的な和歌。動植物名,地名,食品名などが多い。物名は1つに限らず,十二支を2首の歌に詠み入れた例 (「拾遺集」) もあり,また「をみなへし」を折句にした例 (「古今集」) など特異なものもある。その萌芽は『万葉集』巻十六の長忌寸意吉麻呂 (ながのいみきおきまろ) の歌にみられる。(中略)

また『古今集』『拾遺集』『千載集』には「物名」の部立が設けられた。鎌倉時代以降は衰えた。(コトバンク ブリタニカ国際大百科事典 )

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「別冊國文學 万葉集必携」稲岡耕二 編 (學燈社

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書」

★「コトバンク ブリタニカ国際大百科事典」

 

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