万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2217)―名古屋市千種区東山元町 東山動植物園―万葉集 巻四  七一二

●歌は、「味酒を三輪の祝が斎ふ杉手触れし罪か君に逢ひかたき」である。

名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道 20210216撮影

●歌碑は、名古屋市千種区東山元町 東山動植物園万葉の散歩道にある。

 

●歌をみていこう。

 

 題詞は、「丹波大女娘子歌三首」<丹波大女娘子(たにはのおほめをとめ)が歌三首>である。

 

◆味酒呼 三輪之祝我 忌杉 手觸之罪歟 君二遇難寸

        (丹波大女娘子 巻四 七一二)

 

≪書き下し≫味酒(うまさけ)を三輪の祝(はふり)が斎(いは)ふ杉手(て)触(ふ)れし罪か君に逢ひかたき

 

(訳)三輪の神主(かんぬし)があがめ祭る杉、その神木の杉に手を触れた祟(たた)りでしょうか。あなたになかなか逢えないのは(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)うまさけ【味酒・旨酒】分類枕詞:味のよい上等な酒を「神酒(みわ)(=神にささげる酒)」にすることから、「神酒(みわ)」と同音の地名「三輪(みわ)」に、また、「三輪山」のある地名「三室(みむろ)」「三諸(みもろ)」などにかかる。 ※ 参考枕詞としては「うまさけの」「うまさけを」の形でも用いる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)はふり【祝】名詞:神に奉仕することを職とする者。特に、神主(かんぬし)や禰宜(ねぎ)と区別する場合は、それらの下位にあって神事の実務に当たる職をさすことが多い。祝(はふ)り子。「はうり」「はぶり」とも。(学研)

(注)か 係助詞《接続》種々の語に付く。「か」が文末に用いられる場合、活用語には連体形(上代には已然形にも)に付く。(一)文中にある場合。(受ける文末の活用語は連体形で結ぶ。)①〔疑問〕…か。②〔反語〕…か、いや…ではない。(二)文末にある場合。①〔疑問〕…か。②〔反語〕…か、いや…ではない。▽多く「かは」「かも」「ものか」の形で。(学研)

(注)手触れし罪か:手を触れたはずはないのにの意がこもる。(伊藤脚注)

 

新版 万葉集 一 現代語訳付き (角川ソフィア文庫) [ 伊藤 博 ]

価格:1,056円
(2023/7/3 09:38時点)
感想(1件)

 この歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その950)」で、他の二首もあわせて紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 


 手を触れると祟りがあるといわれる「神木」、この歌では三輪の杉がまさにそれである。他には、天理市石上神宮の杉もよく詠われている。

 これらをみてみよう。

 

 神社にご神木が必ずあるのは、社殿などのない時代にはこの神木を中心に祭りが営まれていたからである。

 

◆三諸之 神之神須疑 巳具耳矣自得見監乍共 不寝夜叙多

       (高市皇子 巻二 一五六)

 

≪書き下し≫みもろの神の神杉(かむすぎ)巳具耳矣自得見監乍共(第三、四句、訓義未詳)寝(い)ねる夜(よ)ぞ多き

 

(訳)神の籠(こも)る聖地大三輪の、その神のしるしの神々しい杉、巳具耳矣自得見監乍共、いたずらに寝られない夜が続く(伊藤 博著「万葉集 一」角川ソフィア文庫より)

(注)第三、四句は訓義未詳ではあるが、次のような説がある

           ①こぞのみをいめにはみつつ

           ②いめにだにみむちすれども

           ③よそのみをいめにはみつつ

           ④いめにのみみえつつともに

(注)みもろ【御諸・三諸・御室】名詞:神が降臨して宿る神聖な所。磐座(いわくら)(=神の御座所)のある山や、森・岩窟(がんくつ)など。特に、「三輪山(みわやま)」にいうこともある。また、神座や神社。「みむろ」とも。 ※「み」は接頭語。(学研)

 

  題詞「十市皇女薨時高市皇子尊御作歌三首」<十市皇女(といちのひめみこ)の薨(こう)ぜし時に、高市皇子尊(たけちのみこのみこと)の作らす歌三首>のうちの一首である。

 この歌についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その944)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

◆何時間毛 神左備祁留鹿 香山之 鉾椙之本尓 薜生左右二

       (鴨君足人 巻三 二五九)

 

≪書き下し≫いつの間(ま)も神(かむ)さびけるか香具山(かぐやま)の桙杉(ほこすぎ)の本(もと)に苔生(こけむ)すまでに(巻三 二五九)

 

(訳)いつの間にこうも人気がなく神さびてしまったのか、香具山のとがった杉の大木の、その根元に苔が生(む)すほどに。(同上)

(注)ほこすぎ【矛杉・桙杉】:矛のようにまっすぐ生い立った杉。(広辞苑無料検索)

 

 

◆三幣帛取 神之祝我 鎮齋杉原 燎木伐 殆之國 手斧所取奴

       (作者未詳 巻七 一四〇三)

 

≪書き下し≫御幣(みぬさ)取り三輪(みわ)の祝(はふり)が斎(いは)ふ杉原 薪伐(たきぎこ)りほとほとしくに手斧(てをの)取らえぬ

 

(訳)幣帛(へいへく)を手に取って三輪の神官(はふり)が斎(い)み清めて祭っている杉林よ。その杉林で薪を伐(き)って、すんでのところで大切な手斧(ておの)を取り上げられるところだったよ。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)三輪の祝(はふり):三輪の社の神職。女の夫の譬え。(伊藤脚注)

(注)ほとほとし【殆とし・幾とし】形容詞:もう少しで(…しそうである)。すんでのところで(…しそうである)。極めて危うい。(学研)

(注)斎(いは)ふ杉原:人妻の譬え。上三句は親が大切にする深窓の女性の譬えとも解せる。(伊藤脚注)

(注)「薪伐(たきぎこ)りほとほとしくに手斧(てをの)取らえぬ」:手を出してひどい目にあいかけたの意を喩える。(伊藤脚注)

 

◆石上 振乃神杉 神備西 吾八更ゝ 戀尓相尓家留

     (作者未詳 巻十 一九二七)

 

≪書き下し≫石上(いそのかみ)布留(ふる)の神杉(かむすぎ)神(かむ)びにし我(あ)れやさらさら恋にあひにける

 

(訳)石上の布留の社(やしろ)の年経た神杉ではないが、老いさらばえてしまった私が、今また改めて、恋の奴(やっこ)にとっつかまってしまいました。(同上)

(注)上二句は序。「神(かむ)びにし」を起こす。

(注)さらさら【更更】副詞:①ますます。改めて。②〔打消や禁止の語を伴って〕決して。(学研) →今また新たに。(伊藤脚注)

(注)神び<かむぶ【神ぶ】(動):年月を経て神々しくなる。また、年老いる。(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

 

新版 万葉集 二 現代語訳付き (角川ソフィア文庫) [ 伊藤 博 ]

価格:1,100円
(2023/7/3 09:40時点)
感想(0件)

 

◆石上 振神杉 神成 戀我 更為鴨 

      (作者未詳 巻十一 二四一七)

 

(書き下し)石上 布留の神杉(かむすぎ) 神さびて 恋をも我(あ)れは さらにするかも

 

(訳)石上の布留の年古りた神杉、その神杉のように古めかしいこの年になって、私はあらためて苦しい恋に陥っている。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)上二句は序。「神(かむ)さびて」を起こす。(伊藤脚注)

(注)かむさぶ【神さぶ】自動詞:①神々(こうごう)しくなる。荘厳に見える。②古めかしくなる。古びる。③年を取る。(学研)ここでは③の意。

 

新版 万葉集 三 現代語訳付き (角川ソフィア文庫) [ 伊藤 博 ]

価格:1,068円
(2023/7/3 09:41時点)
感想(1件)

 一九二七、二四一七歌については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その54改)」で紹介している。

 ➡ 

tom101010.hatenablog.com

 

 

 

これとは逆に、大伴安麻呂(旅人の父)の場合は、祟りがあるという神木に手ぐらい触れるが、ただ人妻というだけで手出しもできないと詠っている。

 

◆神樹尓毛 手者觸云乎 打細丹 人妻跡云者 不觸物可聞

         (大伴安麻呂 巻四 五一七)

 

≪書き下し≫神木(かむき)にも手は触(ふ)るといふをうつたへに人妻といへば触れぬものかも

 

(訳)懼(おそ)ろしい神木にさえ手ぐらい触れることもあるというのに、ただもう、人妻というだけでまるっきり手出しもできないものなのかなあ。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)しんぼく【神木】名詞:神社の境内にあり、神霊が宿るとして祭られる樹木。(学研)

(注)うつたへに 副詞:〔下に打消・反語の表現を伴って〕ことさら。まったく。②〔肯定の表現を下に伴って〕きっと。(学研)ここでは①の意。

(注)かも 終助詞:《接続》体言や活用語の連体形などに付く。〔詠嘆を含んだ反語〕…だろうか、いや…ではない。 ▽形式名詞「もの」に付いた「ものかも」、助動詞「む」の已然形「め」に付いた「めかも」の形で。(学研)

 

 「神」よりも「人のかみさん」の方が祟りは大きいのか、この万葉の時代に流石安麻呂というべきか。

 

新版 万葉集 一 現代語訳付き (角川ソフィア文庫) [ 伊藤 博 ]

価格:1,056円
(2023/7/3 12:53時点)
感想(1件)

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版」

★「広辞苑無料検索」

 

※歌碑の写真が、20210216撮影とあるのは、紹介し忘れていたためで改めての紹介となります。ご容赦ください。