万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その181改)―京都府木津川市山城町 山城郷土資料館―万葉集 巻六 一〇五八

●歌は、「狛山に鳴くほととぎす泉川渡りを遠みここに通はず」である。

 

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京都府木津川市山城町 山城郷土資料館 万葉歌碑(作者未詳)


●歌碑は、京都府木津川市山城町 山城郷土資料館駐車場 にある。      

 

●歌をみていこう。

 

◆狛山尓 鳴霍公鳥 泉河 渡乎遠見 此間尓不通 一云渡遠哉不通有武

                         (田辺福麻呂 巻六 一〇五八)

 

≪書き下し≫狛山(こまやま)に鳴くほととぎす泉川渡りを遠みここに通はず<一には「渡り遠みか通はずあるらむ」とある>

 

(訳)狛山で鳴いている時鳥、その時鳥は、泉川の渡し場が遠いせいか、ここまでは通って来ない。<渡し場が遠いので通って来ないのか>(伊藤 博 著 「万葉集 二」(角川ソフィア文庫より)

(注)狛山:鹿背山の対岸の山

(注)泉川:木津川の古名

 

題詞は、「讃久迩新京歌二首幷短歌」<久邇(くに)に新京を讃(ほ)むる歌二首 幷(あは)せて短歌>である。長歌(一〇五〇歌)と反歌二首(一〇五一、一〇五二歌)の歌群と

長歌(一〇五三歌)と反歌五首(一〇五四~一〇五八歌)の歌群で構成されている。

 

この短歌が含まれている歌群(一〇五三~一〇五八歌)の長歌をみていこう。

 

◆吾皇 神乃命乃 高所知 布當乃宮者 百樹成 山者木高之 落多藝都 湍音毛清之 鸎乃 来鳴春部者 巌者 山下耀 錦成 花咲乎呼里 左壮鹿乃 妻呼秋者 天霧合 之具礼乎疾 狭丹頬歴 黄葉散乍 八千年尓 安礼衝之乍 天下 所知食跡 百代尓母 不可易 大宮處

                 (田辺福麻呂 巻六 一〇五三)

 

≪書き下し≫我(わ)が大君(おほきみ) 神の命(みこと)の 高知(たかし)らす 布当(ひたぎ)の宮は 百木(ももき)もり 山は木高(こだか)し 落ちたぎつ 瀬の音(おと)も清し うぐひすの 来鳴く春へは 巌(いはは)には 山下(やました)光り 錦なす 花咲きををり さを鹿の 妻呼ぶ秋は 天霧(あまぎ)らふ しぐれをいたみ さ丹(に)つらふ 黄葉(もみぢ)散りつつ 八千年(やちとせ)に 生(あ)れ付(つ)かしつつ 天(あめ)の下(した) 知らしめさむと 百代(ももよ)にも 変るましじき 大宮ところ

 

(訳)われらの大君、尊い神の命が高々と宮殿を造り営んでおられる布当の宮、このあたりには木という木が茂り、山は鬱蒼(うっそう)として高い。流れ落ちて逆巻く川の瀬の音も清らかだ。鴬(うぐいす)の来て鳴く春ともなれば、巌(いわお)には山裾も輝くばかりに、錦を張ったかと見紛う花が咲き乱れ、雄鹿が妻を呼んで鳴く秋ともなると、空かき曇って時雨が激しく降るので、赤く色づいた木の葉が散り乱れる・・・。こうしてこの地には幾千年ののちまでも次々と御子が現われ出で給い、天下をずっとお治めになるはずだとて営まれた大宮所、百代ののちまでも変わることなどあるはずもない大宮所なのだ、ここは。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)大君:ここは聖武天皇

(注)布当(ふたぎ)の宮:久邇京の皇居

(注)ましじき>ましじ:助動詞特殊型 活用{○/○/ましじ/ましじき/○/○}

〔打消の推量〕…ないだろう。…まい。

 

 

 ひとまず、明日香の万葉歌碑めぐりは終了である。これからは京都を中心に近隣市町村の歌碑を巡っていきたい。

 ネット検索しながら、木津川市山城郷土資料館➡和束町活道ケ丘公園➡加茂町恭仁大橋北詰の3箇所を見て回ることにした。

 山城郷土資料館は何度か行ったことがあったが駐車場の万葉歌碑はこれまで気が付かなかった。

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山城郷土資料館

 最近では、江戸時代の信楽焼の茶壷の字が読めないので、来館し、資料館の学芸員の方に読んでいただいたのである。当時は、今のような送り状のようなものはなく、茶壺に直接送り先を書いたそうである。写真の文字は、「城州上こま 椿井 綿屋忠右衛門」である。壷の後ろは、送り主の名「善右衛門」とある。「城州(じょうしゅう)」とあるが、「コトバンクデジタル大辞泉の解説)」にあるように「山城(やましろ)国の異称」である。宇治、和束等今では茶業が盛んでるが、それ以前は「綿業」が盛んであった。茶壺の宛名も「綿屋忠右衛門」とあるが、元々は名のとおり「綿屋」であったと思われる。

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信楽焼の茶壷

これについては、ブログ拙稿「ザ・モーニングセット181221(信楽焼の茶壷が語る山城国の歴史:綿業から茶業へ)に書いているのでそちらを参考にしていただければと思います。

➡ 

tom101010.hatenablog.com

  

 

歌群の反歌については、次回のブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その182改)」でみていくことにしたい。

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「ふるさとミュージアム山城ー京都府立山城郷土資料館ー」HP

★「コトバンクデジタル大辞泉の解説)」

★「信楽焼歴史図録―時代別 製品の推移―」

 

※20210705朝食関連記事削除、一部改訂

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