万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉集の世界に飛び込もう(その2765)―書籍掲載歌を中軸に(Ⅱ)―

●歌は、「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(額田王 1-20)」ならびに「紫草のにほえる妹を憎くあらば人妻故に我れ恋ひめやも(大海人皇子 1-21)」である。

【蒲生野】

 「額田王(巻一‐二〇)・大海人皇子(巻一‐二一)(いずれも歌は省略)この贈答歌は、天智七年(六六八)五月五日、近江『蒲生野(かまふの)』での薬猟(くすりがり)のときの歌である。・・・額田王大海人皇子との間にはやく十市皇女(とおちのひめみこ)を生みいまは天智の後宮にある人、複雑な事情に加えて代表的な名歌であるだけに人々の関心も深く、解釈も・・・各論各説の姿であり、年齢、・・・どういう形で贈答がなされたかも問題になっている。<町名変更により、 “蒲生野”は東近江市の小脇町・糠塚町・小今町・市辺町・野口町、近江八幡市安土町内野蒲生野、末広町武佐町あたり(同著脚注)>にわたる広野がそれであろう。東北方に箕作(みつくり)山(太郎坊山)、北方に老蘇(おいそ)の森をへて観音寺山を望む・・・」(「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 平凡社ライブラリーより)

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(注)「蒲生野」については、下記の地図を参考にしてください。

「万葉の旅 上 大和」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー)より引用させていた だきました

 

 

 巻一 二〇歌ならびに二一歌をみていこう。

■巻一 二〇歌■

題詞は、「天皇遊獦蒲生野時額田王作歌」<天皇(すめらみこと)、蒲生野(かまふの)の遊狩(みかり)したまふ時に、額田王が作る歌>である。

(注)天皇天智天皇

(注)みかり【遊獦】:天皇が狩りをされた、すなわち、薬猟り(くすりがり)をされたこと。薬猟りとは、不老長寿の薬にするために、男は鹿の袋角(出始めの角)を、女は薬草をとる、という行事をいう。

 

 

◆茜草指 武良前野逝 標野行 野守者不見哉 君之袖布流

      (額田王 巻一 二〇)

 

≪書き下し≫あかねさす紫野行き標野(しめの)行き野守(のもり)は見ずや君が袖振る

 

(訳)茜(あかね)色のさし出る紫、その紫草の生い茂る野、かかわりなき人の立ち入りを禁じて標(しめ)を張った野を行き来して、あれそんなことをなさって、野の番人が見るではございませんか。あなたはそんなに袖(そで)をお振りになったりして。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)あかねさす【茜さす】分類枕詞:赤い色がさして、美しく照り輝くことから「日」「昼」「紫」「君」などにかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)むらさき 【紫】①草の名。むらさき草。根から赤紫色の染料をとる。②染め色の一つ。①の根で染めた色。赤紫色。古代紫。古くから尊ばれた色で、律令制では三位以上の衣服の色とされた。(学研)

(注)むらさきの 【紫野】:「むらさき」を栽培している園。(伊藤脚注)

(注)しめ【標】:神や人の領有区域であることを示して、立ち入りを禁ずる標識。また、道しるべの標識。縄を張ったり、木を立てたり、草を結んだりする。(学研)

(注)野守:天智天皇を寓したもの。額田王が天智妻であることを匂わせる。(伊藤脚注)

(注の注)のもり【野守】名詞:立ち入りが禁止されている野の番人。(学研)

 

 

 

■巻一 二一歌■

 題詞は、「皇太子答御歌 明日香宮御宇天皇謚曰天武天皇」<皇太子(ひつぎのみこ)の答へたまふ御歌 明日香(あすか)の宮に天の下知らしめす天皇、謚(おくりな)して天武天皇(てんむてんのう)といふ>である。

(注)皇太子:大海人皇子天智天皇の同母弟。(伊藤脚注)

 

 

◆紫草能 尓保敝類妹乎 尓苦久有者 人嬬故尓 吾戀目八方

       (大海人皇子 巻一 二一)

 

≪書き下し≫紫草(むらさき)のにほへる妹(いも)を憎(にく)くあらば人妻(ひとづま)故(ゆゑ)に我(あ)れ恋(こ)ひめやも

 

(訳)紫草のように色美しくあでやかな妹(いも)よ、そなたが気に入らないのであったら、人妻と知りながら、私としてからがどうしてそなたに恋いこがれたりしようか。(伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)紫草の:「にほふ」の枕詞。前の歌の語をとるのは問答や贈答の作法。(伊藤脚注)

(注)にほふ【匂ふ】自動詞:①美しく咲いている。美しく映える。②美しく染まる。(草木などの色に)染まる。③快く香る。香が漂う。④美しさがあふれている。美しさが輝いている。⑤恩を受ける。おかげをこうむる。(学研)ここでは④の意

(注)人妻故に:恋焦がれてはならぬ人妻なのに。前歌の第四句に対応する掛合い。宴での座興。事実ではない。(伊藤脚注)

(注)めやも 分類連語:…だろうか、いや…ではないなあ。 ⇒なりたち:推量の助動詞「む」の已然形+反語の係助詞「や」+終助詞「も」(学研)

 

 

 

 左注は、「紀曰 天皇七年丁卯夏五月五日縦獦於蒲生野 于時大皇弟諸王内臣及群臣皆悉従焉」<紀には、「天皇の七年丁卯(ひのとう)の夏の五月の五日に、蒲生野(かまふの)に縦猟(みかり)す。 時に大皇弟(ひつぎのみこ)・諸王(おほきみたち)・内臣(うちのまへつきみ)また群臣(まへつきみたち)、皆悉(ことごと)に従(おほみとも)なり>である。

(注)七年:天智七年(668年)

(注)大皇弟:皇太弟で、大海人皇子。(伊藤脚注)

(注)内臣:ここは、藤原鎌足。(伊藤脚注)

 

 

 

 

 この両歌については、犬養著の解説にあるように「複雑な事情に加えて代表的な名歌であるだけに人々の関心も深く」二〇歌・二一歌の歌碑(プレートを除く)も結構立派なものがある。これまで見てきた歌碑については、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その2235)」で紹介している。

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tom101010.hatenablog.com

 

 

 



 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉の旅 中 近畿・東海・東国」 犬養 孝 著 (平凡社ライブラリー

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」